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※乙女ちっくセネセネ注意




訪れたさよならの日に、ユーリの姿は無かった。


船を出る日。セネルはまだ船に残っている面々に挨拶に回っていた。ひとり、またひとりと挨拶を済ませて廊下を歩く。途中、セネルはアドリビトムに加入した当時のことを思い出していた。あの頃の自分ならこうして挨拶に回ったりしなかったのだろうと考えて、自分がこの場所を予想以上に気に入っていたことを知る。泣いたりといったことはしない。けれど、胸に浮かんだ感情に暫し瞼を閉じた。

そうして歩くうち、意識的に避けていた部屋が近づいてくる。この部屋で最後だ。フレンやエステル、そして、ユーリが居る場所。まさか別れを告げないわけにもいかない。意を決して一歩前に出る。自動扉が開いた。

「……え」

自分に気付いてくれたのはフレンとエステル、それとジュディスだった。あの黒は居なかった。

「あら、セネル。そろそろ出発なの?」
「あ、ああ……だから、挨拶しに来たんだ、が……」
「そうなのかい。寂しくなるね」

フレンとジュディスが声を掛けてくれているのに、セネルは先程から何度も繰り返している筈の挨拶の言葉を探しているせいで、上手く受け答えが出来ない。頭が真っ白になってしまったかのようだ。それほどまでに衝撃だった。単に他の場所に居るだけなのかもしれないのに。

「セネル?どうしたんです?」

エステルの声にセネルは我に返った。まだ頭は真っ白のままで言葉は思い出せないが、何か言わなければ。セネルは思い切ってひとつの疑問を口にした。

「あのさ、ユーリは何処に行ったんだ?」

なんでもない問いに、何故かフレンとエステルは揃って唇を引き結んだ。そんな二人の代わりにジュディスが教えてくれる。

「ユーリなら、朝早くから出かけてるわ」
「……そう、なのか」
「すまない、勝手なやつで」

今日船を発つということは事前に伝えてあった。セネルはその際に言ってしまった我儘を思い出す。ユーリはあれをどう捉えたのだろうか。あれが原因で、ユーリは今ここに居ないのだろうか。自分が迷わずに故郷に戻れるように、姿を隠してくれたのか。フレンの言うように勝手な奴だ。セネルはユーリのことを思考の隅に追いやって、ようやく三人に別れを告げる。そうして踵を返し部屋を出る寸前に、エステルに呼び止められた。

「あの、これからもユーリと仲良くしてあげてくださいね。ユーリ、本当にセネルが大好きですから」
「……会うことが有ったら、努力するよ」


大好き、か。今更誰かに教えてもらわなくったって自分が一番よく知っているとセネルは思う。それを知っているから別れたくないと思ってしまったのだ。だから、辛くなるとわかっていても最後に顔を見たかった。自分だってそうだったということをほんの少しでも伝えたかったと、考えたところでまた瞼を閉じる。今度は先程より長く。


アンジュに声を掛けて、甲板へ出る。ウィルたちは見当たらない。おそらくはもう船を下りてしまっているのだろう。随分と遅くなってしまったから、皆怒っているかもしれない。ゆっくりとタラップへ向かう。ふと、がんがんと足音が上ってきた。

「よう」

手を上げてにかっと笑ったのは会えない筈のユーリだった。思わず目を疑う。

「もう皆下で待ってんぞ」
「……そうか」

いつもと変わらない調子のユーリに、セネルは調子が狂う。ユーリの行動や言動の意図が読めないのは今に始まったことではないが、最後までこれかと溜息を吐きたくなった。

「ほれ、行くぞ」
「ああ……」

伸ばされた手を取ろうとしてはっとする。今の言葉がおかしいことにセネルは数瞬遅れて気付いた。

「ってなんでお前に連れて行ってもらわなきゃいけないんだよ!」
「?今更照れてんなよ」
「てっ……違う!!そういうことじゃない!」
「じゃあなんだよ」
「どうしてお前が一緒に行く必要があるんだっ」

ユーリは目を丸くした後、噴き出した。

「どうしてってお前が言うのかよ」
「は?」
「この前言ってただろ?『行きたくないって言ったらお前はどうする』って」

これがオレの答えだよ、とユーリは言う。

「お前がそんなこと言うってことは、オレと少しでも離れたくないって思ってくれたからじゃねえの?」

だったらオレはその我儘を尊重したいんだよ。そう続けられた言葉に返せるものが無かった。離れたくない。それは確かにセネルが抱いた感情だった。はっきりと明言しないにしても、不器用に仮定として口をついた。ユーリはあっさり見抜いて、自分に着いてきてくれると言う。素直に嬉しいと言えればいいのだが、セネルは生憎そこまで器用な人間でなかった。
「いいのかよ、お前、自分のことは」

複雑な感情のせいで眉間には皺が寄っているだろうし、眦も吊り上がっているだろうし、今の声色は誰が聞いてもきっと不機嫌なときのそれにしか聞こえないだろう。毎度のことながらかわいくない人間だ。セネルは自分をまたひとつ嫌いになった。

「オレは大丈夫だぜ。フレンに居ない方が助かるって言われてっしな」
「……わからないでもないが」
「ほー、言うじゃねえの」

ユーリはセネルとの距離を詰めて、白銀の髪をわしわしとかき混ぜた。

「ま、とりあえず行こうぜ。いい加減怒られそうだ」
「……お前だけ怒られてくれ。遅くなったのはお前のせいなんだから」
「そりゃ無理な相談だな」

手を引かれて、セネルは歩き出す。ユーリの居る生活はどうやら終わらないらしい。物事には当然終わりがついて回る以上、必ずさよならを言う時が来るのだろうが、それは今ではなかった。だったら、いつかやってくるその時までは、こうして一緒に。セネルは握られた手を見つめて、やっぱり不器用に笑った。





(いつかのさよならまで)一緒に歩いていこうか





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六年間有難うございました!





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