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そうして彼が一面を熟読し終えた頃、ようやく待ち人の気配が近くに戻ってくる。
 だが同時に、複数の他人の気や足音も感じ取り、カストルは「おやおや…」と呟き顔を上げた。
 ややあって、生垣の間から現れた者たちの賑やかな声が、広間に木霊す。

「あっ、カストルさん!」
「おはようございます、カストル司教」
 良く知る受験生コンビからの挨拶に、カストルも何時もの穏和な笑顔で応じてみせる。
「ああ、テイト君にハクレン君、そして君は確か…」
「ウィーダです、おはようございます!」
 きちんと一礼する、落ち着いた印象の少年にもにっこりと頷く。
「そうでした失礼、確か弟君とも一緒にご挨拶しましたね。皆さん、おはようございます」
 そうして彼らの背後からようやく最後に姿を見せたラブラドールへ、二人きりのつもりでしたが…と、視線で苦笑してみせるカストルだ。

 それに対しラブラドールは、
「みんな、掃除当番を頑張ってきたんだよ」
 と少しだけ申し訳なさそうに補足説明しながらも、少年たちへ慈しむ眼差しを向ける。
 さすがに植物に続き、子供相手にも嫉妬したと思われては大人気ないので軽く咳払いをし、ひとまずカストルも気を取り直すことにした。
「それはご苦労様ですね。これから朝食ですか?」
 年下相手でも丁寧な口調を崩さない彼に、はい、と元気に揃った声が返ってくる。

「カストルさん達はここで何を?」
 自棄になりかけていた一時期に比べて、随分と前向き思考に、翡翠の瞳にも明るい輝きが戻ってきたテイトの素朴な問いかけに、
「ああ、それは…」
「もしやお二人も朝食でいらっしゃいましたか」
 その浮上の力強い原動力となっているハクレンが、カストルが応じるよりも早く聡い応えを出す。

「ええ、まあ」
「実はそうなんだ。みんなの分もあるといいんだけど…」
 もっと持ってくれば良かったな、と細い顎へ指を添えて心底残念そうに呟くラブラドールに、複雑な本音を噛み締めつつ視線を向けたカストルが、「おや」とばかりに軽く眉を上げる。
 一方で受験生達と花使いの司教は、わきあいあいとお喋りを続けていく。
「そんな、とんでもありません!」
「気になさらないで下さい、ラブラドール司教」
「そうですよ!俺たちは食堂で…」
「せめてお茶でも飲んでいく?」
 顔から離した手で、ティーポットを持ち上げてみせるラブラドールに、やはりとカストルの視線が険しくなった。眼鏡の奥で、赤褐色の虹彩がすっと細くなる。

「うわぁ、いい香り」
「ラブラドール司教のお手製ですか?」
「うん、ウィーダ君には初めてだよね」
「はい!」
 興味津々の子供たちに囲まれてふんわりと微笑み、ちょっと淹れてみようか…とティーポットを置き、籠から茶器を出そうと伸ばしかけた腕を、おもむろにカストルが掴む。

「えっ?」
「ラブラドール、この傷はどうしました?」
「傷!?」
 何、と振り返ったラブラドールと、慌てて覗き込む少年たちの視線が一斉に集中する。
 ラブラドールの司教衣と黒い手袋との間、覗く素肌に這うように細長く、紅い筋が滲んでいて。

「うわ」
 まるで自分が負傷したような顔で、テイトが眉間を寄せる。軽度の引っ掻き傷のようだが、日焼けを知らない雪白の肌だけに、それはとても鮮やかに痛々しく目立つ。
「大丈夫ですか?」
「念のため、ちゃんと消毒した方が…」
 大事は無いとホッとしつつ、ハクレンとウィーダも揃って心配げな声を掛けるのに、
「あ、これ?平気、ちょっと枝先で引っ掻いただけ…って、か、カストル!?」
 全然大丈夫だからと苦笑したラブラドールであったが、同僚からの突然の行為に目を見開く。

 掴まれた手を強く引かれて、怪我をした腕にぴりりと軽い痛みが奔る。同時に、今やその身で覚えてしまった感触が傷跡へ触れ、そっと這わされるのに思わず身を竦めていた。
「…っ!」
 つまりこの感触はカストルの唇と舌によるもので、今素肌にされているのは口付けで…と遅まきながら頭でも認識したラブラドールが、たちまち頬を染めて慌てて訴える。
「だ、大丈夫だから…!離してカストルっ」
「駄目です」
 椅子に腰掛け、奪った細い腕に唇を押し当てて、上目遣いにカストルが視線を合わせる。ラブラドールはといえば真っ赤になって硬直したまま、その傍らで立ち尽くしていて。
 鮮やかに咲き揃い始めた庭園の花々を背に、見つめ合う二人――そんな目の前の光景に。


「えっと?」
「ふむ」
「………!!」
 ぽかんとしばらく見つめた後で、状況が把握できてないテイト、何故か頷くハクレン、つられたように赤くなるウィーダと、三者三様な反応を見せる受験生たちだ。

「あっ、みんな」
 やはり少し視線と状況に気付いたラブラドールが、慌てて戒めを解こうと身を捩るものの、がっちりと手錠のように絡んだカストルの指先が、それを赦さない。
 更には腰にまで手を回されて、これ以上は引き寄せられないように踏ん張るのが精一杯だ。

「その…っ」
 カストルへの抵抗と怒りたい衝動をかろうじて抑えて、子供たちの手前、何か言い訳しなくてはとますます焦るラブラドールであったが。
「テイト、そろそろ行かねば朝食とフラウ司教が」
 彼が口を開くよりも早く、ハクレンが冷静な指摘を相棒に向ける。

「あっ、いけね!俺ら、今日は午前中フラウと孤児院の慰問だったっけ」
「そうだ、さては忘れていたなお前?」
「そんなんじゃねぇよ!!あっ、それじゃ…!」
 たちまち賑やかな空気が戻り、今にも駆け出そうとしたテイトが慌てて司教たちに振り返る。

「カストルさん、ラブラドールさん!俺達はこれで…」
「お邪魔しました、カストル司教。ラブラドール司教、怪我はお大事に」
「あ……」
「ええ、今日もしっかりと学んでいらして下さいね」
「はい、カストル司教」
「あっラブラドールさん、お茶はまた今度!」
「う、うん」
「では失礼します。待て、テイト!」
 じゃあまた、と既に随分先のほうで手を振るテイトと、丁寧に一礼してから駆け出して行くハクレンの背を見送って、はぁと深い溜め息を吐くラブラドールだ。



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