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Zayin:楓木空様より/相互記念小説


Morning Sweet

 黎明の兆しが地平線を染めはじめる頃、今日も新しい朝を迎えたバルスブルグ大教会――その司教塔の一角で。
 最初の鐘が鳴るのとほぼ同時に開かれた扉から、二人の司教が姿を現した。

 夜もまだ明けきらぬ時分から、当番の者たちが掃除に精を出す回廊を並んで歩いていく。
 聖帽のベール越しに、しばしば見つめあっては何事かを囁き、楽しげな笑みを交わす彼らの所作に添って、純白の司教衣が美しい弧を描いて翻る。
 周囲へも柔和な挨拶を欠かさず優雅な足取りで進む姿に、道を譲る幾人もの受験生たちが憧れの眼差しで見送り、あるいはすれ違って後わざわざ振り返っては、そっと賛美の溜め息を吐く。
 その様子を別の場所から眺めるシスター達の中にも、まぁ今日も仲が宜しいわねと微笑ましく、あるいは黄色い歓声を挙げて眺める者まであった。

 最も、当事者たちをより間近で良く知る者にとっては、
「…ったく朝っぱらからバカップルめが、また見せ付けてんじゃねェよ…」
 と、げんなりくる馴染みの光景であったが。




 一方、そんな周囲の注目度を知ってか知らずか。
 今日も良く晴れそうな天気の話題から、昨夜の睦言を思わせる囁きまでも交えつつ、二人の司教――カストルとラブラドールは回廊を抜け、常緑の芝生を踏みしめて歩を進める。
 その先に広がる花園が、特別な任務でも無い限り彼らが足繁く通う目的地だ。

 ラブラドールが丹精をこめて育てている花々や植物たちが、昇る陽に浮かび上がり、朝露で一斉に煌めきはじめる幻想的な時間。
 夢幻のように美しい景色の中を、これまた花の妖精か女神もかくやと見紛うラブラドールがふわふわと、柔らかな髪と衣をなびかせて歩く様は、幾度見つめても飽きることなくカストルの目を奪う。
 時折、花々に声をかけ手で触れては立ち止まる恋人に合わせて、彼もまたゆっくりと束の間の散策を楽しむ。

「良かった、今朝もみんな元気そう」
 但し、嬉しげな声を上げるラブラドールが、その身を意志ある蔦たちに遠慮なく触らせ放題なのには、実のところ少々面白くない気もするのだが。
「当然でしょう。ともすれば貴方の時間と愛情を、私以上にたっぷりと頂けている子たちですからね」
「え…?何か今、含みのある言い方しなかった?カストル」
 だからついチクリと棘のある口を滑らせたカストルに、立ち止まって振り返ったラブラドールが珍しく察しの良い反応を返す。
「おや、そうですか?気のせいですよ、別にいちいち植物たちにまで嫉妬はしていません」
「そう……でも笑顔が怖いよ?」
 そんな会話を交わしながら進むうち、程なく二人は中心部の広場へと出た。ぐるりと四方を花々や生垣に取り囲まれ、庭園の中でもひときわ美しい場所の一つだ。

 手近な休憩所に腰を落ち着けてから程なく、持参した新聞を眺めているカストルの前に、ラブラドールが湯気の立つ茶器をカチャンと置く。
「はい、カストル。朝の定番ローズマリーとレモングラス、スペアミント…あと隠し味にオレンジピールも加えてみたけど、どうかな?」
「ありがとうございます、ラブ」
 新妻さながら甲斐甲斐しく給仕してくれる恋人に、いつ見ても見事な腕前ですね…それに今朝も堪らなく愛らしい、などと目を細めて眺めていたカストルであったが、ひと口茶を飲むなり更に笑みを深める。

「これはまた爽やかに美味だ…さすがですね!ますます貴方の淹れるお茶以外、飲みたく無くなりますよ」
 毎度のことながら過剰なほど熱い賛辞を受けて、ラブラドールがくすぐったげに笑う。
「ふふ、ありがとう。おかわりも沢山あるから、朝食と一緒に召し上がれ?僕は昨日気になったお花さんの様子、ちょっと先に見てくるね」
 ほんのりと頬を染め、「すぐ戻るから先に食べてて」…とパタパタ駆け出していく華奢な背中を見つめるカストルの眼差しは、自慢の人形たちやラゼットに向けるそれよりも一段と甘く、柔らかい。

 ラブラドールの背丈よりも高く組まれた生垣の向こうへ、淡い色彩が見えなくなるのを見送って、お先にと勧められた食事…正しくはそれが納められたバスケットを一瞥したものの、カストルは手をつける事もなくのんびりとお茶だけを味わう。
 それこそ日中は各々の仕事が忙しく、離れ離れも多い二人である。
 一緒に居られる朝食ぐらい、なるべく共に食べてこそ味わいも増せば恋仲の意義もある、が彼の主張だからだ。

 ついでに言えば新聞は教会内の売店でも買えるが、あらかじめ頼めば司教塔の私室まで毎朝配られる。今朝はそれと共に、お手製の朝食もここまで持参してきたという訳で。
 中身はパンと食用花のサラダ、豆類のスープに幾つかの果物も入っている。
 それというのも昨夜は随分と遅く…否、夜明け近くまで愛を確かめ合っていた為に、今朝は食堂でなく花園で極力ゆっくり過ごすつもりで、カストルが用意したものだ。

「我ながらフラウに似てきた気もしますが…やはり食材を買い込んでおいて正解でしたね」
 おかげで暫くはまだ二人きりで過ごせそうですと、満足げに独りごちるカストルはつまり、言うなれば夕べ計画的にラブラドールを押し倒していた確信犯だとも言えるが。
 幸いというかいっそ不幸というべきか、当のラブラドールがまるで魂胆に気付いていない為、今朝も円満にカストルの目論みは成功している。

「そんな所も気に入ってますけどね」
 関係が進んでも、どこか初心さを残した愛らしい恋人の面影に囁き、さて待つ間に目を通しておきますかと、カストルは手元の新聞に視線を戻した。






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