『聞きたかったとか』
その日はどうしたことか、俺は黙って授業というクソ喰らえな時間を、意識がある状態で過ごしていた。
長々とした文章を読み、解読し、板書する。ワンパターン化された授業を、やはり2年も受けていれば慣れてしまうもので。
ところが、そんなクソつまらない話の中に一つ気に掛かった話があった。
『本当の心許した者というのは、例え大事なことを口に出さなくてもわかり合えるものだ』と。
さらにそれが友達なんかに限らず家族や恋人にも当てはまるときたから俺は驚いて、思わず聴き入ってしまっていた。
その晩、黙々といつものように飯を食う流川を前に、俺はアノ話をしてやった。
もちろん「恋人にも当てはまる 」を強調して。
「…あぁ、で?」
案の定、流川の反応は薄かった。
「…でって、すげぇって思わねぇ?」
「テレパシーだとか言いてぇの?」
俺は一瞬拳を握った。
「や、違くてよ。もっと特別なもんがあんじゃねーかなって」
「どあほうが言わなくても俺に分かることってことだろ?」
チラッとテレビに目をやり、すぐ手元に戻される流川の視線。
「何かねーの?おまえ」
「…言わないでわかるって…、何でも言葉に出すようなどあほうに何がある」
「ッ?!そんなに喋ってるかよ俺?」
自分は、どこかで期待していたんだろう。聞きたかったんだ、恋人からの一言が。
「天才はわかんぞ!おめーが寝てぇとき、腹減ったとき、機嫌わりーとき…」
「それ、てめーが言ってたこととは違うだろ」
俺は流川と顔を見合わせ「もういい、諦めた」と苦笑してやった。
――――
じんわりと滲む汗が頬を伝う。
夏の性交を、流川は好まない。
合わせた唇の味も「しょっぱい」と微笑まれる度、俺は手の甲で口元を拭った。
最中に重なり合った手を離さないのは流川の方だと思う。
初体験を通り越した3度目のあの夜。流川は初めて涙を流した。
それは、ただ夢中だったあのころが、「愛」を知った今の自分に問い掛ける姿だったと後悔した。
それ以来、俺は終始に流川を気遣うようになってしまった。気遣いすぎてうるせぇと拒否されることも多々ある。
それでも無意識に気にかけるのは己の本能か。
荒くなる息を整えながら、流川と顔を合わせたときだった。
反動で漏れる流川の吐息混じりな声が、言葉に変わった。
「…っ、ど、あほう」
「ん、ごめん。なに」
重なる手が少し強く握られた気がした。
「どあほうが、さっき、言ってたこ、と」
「ぉ…おう」
「今、わかっ、た」
俺は突然の言葉に動きが止まる。
「…ほんとに言ってんのか?」
「っいいから、止まんなあほッ」
視線を反らされながらも、俺は次の言葉を待っていた。変に出る汗が酷く熱くて。
「…ど、あほうが」
「…あぁ」
「俺を、愛、してるっ、てこと…?」
「―――…ッ、疑問にする必要、ねぇからそれ」
「っん、」
思わず流川の首元に頭を埋め、言ってやる。
「おう。おまえのこと、愛してる」
好きとか、そんな言葉じゃおさまらない一言。
少し、涙が出てた。
流川は瞳を閉じ、応えたような小さい吐息を零した。
-End-
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