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*この手をすり抜ける



  03 どっちかなんて



その呼ばれた声が、彼のあくびを中途半端にさせたらしい。

それは4度目の呼び声であったことが、彼女の何を不安にさせたのか。

彼にはまだ分かっていなかった。


「…茂吉くん、だよね…?」

見上げる円を前にして、茂吉はようやく状況を理解した。

あくび途中、教室の外から自分を呼び出したのは彼女で、なかなか気付かなかったのを目の前で心配しているのも彼女で。


「すみません、気付かなかなくて」と、茂吉は軽く円に頭を下げた。

気にしないでと、寧ろよびだしたあたしがごめんねと謝り返した。


一息ついてすぐ、円が口を開く。

「今日もだよね?休んでるのって。…大丈夫かな?ってさ」
「…連絡とれなくて」

静かに返された返事に円はゆっくり俯いた。


あの元気な空が、今日で3日目の休みになる。


茂吉くんならと思ったんだけど、と笑いながら携帯を握り、円は教室の窓の向こう側を見詰めていた。
その視線はすご茂吉へと戻され、静かに腕をポンと叩いた。

ボーっとしていた茂吉は叩かれた拍子に無意識に「ハイ」の言葉な出る。

「あたしね、ちょっと心当たりあるんだ」

「…そうなんですか?」
「うん。部活来るでしょ?」
「…行きます」
「その時話すからさ。ちゃんと来てね」

言葉の意味を考えながら、茂吉は円の後ろ姿を見送る。

窓から入ってくる風が、頬を撫でた。



――――――――


彼女は言っていた通り、すぐ終わるからと、放課後の居残り練習をする茂吉の隣にいた。

シンとした体育館の沈黙を先に破ったのは茂吉だった。

「…あの、心当たりというのはつまり、欠席原因が風邪意外にあるということですか?」

円は大事そうに抱えていたボールをゴールに放りなげながら「そうだよ」と返した。


「勝手かもしれないけどさ、空くん悩みがあるみたい」
茂吉の動きが止まる。
「悩んでるってだけで、あたしには話してもらえなかったから、茂吉くんなら聞いてあげられるんじゃないかなって…」


話しながら宙に浮かぶボールが、何度か茂吉の上を通っていた。


円は手を休めると、反応しない茂吉を見上げた。

「…もしかしてさ、」
「…なんでしょう」
「もうその悩み聞いたりした?」
「…いいえ。知りませんでした」
と茂吉が答えると、だったらよかったと少しばかり安心して見せた。

「明日も休みだったら、車谷くんのところへ行ってみます」
茂吉は礼をして頭まで下げるものだから、円も再度軽い礼で返した。



再び静かな体育館に戻り、バッシュの擦れる音とボールの弾む音だけが響いた。

茂吉は次第に、空の心情に気付てあげられなかった悔しさ、何も出来ないでいる自分に腹が立った。

そして何より、けじめを付けなければならない恋心をどうにもできない苛立ちだけが残る。



荒々しく投げ入れられたボールが、強く床に弾んだ。









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