響くボール音。
擦れるシューズの高音。
すでに体育館にはいつもの部活動の風景はない。もちろん、九頭高(クズこう)バスケ部を除いて。
そしてその中に1人、特別背が低い者の姿。
先輩達と共に、笑顔がたえない。
ねぇ、空?
僕にも笑って―――?
『独占力』
しとしとと降る雨は、やがて館内を湿らしだす。
湿気で進みずらいモップを無理矢理押し出す百春を横に、茂吉も同じく苦戦していた。
百春はゲーム負けし、茂吉は途中途中の休んでいた分を補う為、このモップがけの仕事が回ってきていた。
「百春くん!茂吉くん!」
2人の身体が同じように反応する。
振り向けば、遠くに車谷 空の姿があった。
「僕、半分だけどまだコート使うからモップ軽くでいいよ?」
空が叫ぶ。
毎日の1000本シュートを欠かさない彼にとって、まだコート整理は必要なかった。
そうだった…と、百春は少しばかり後悔しているようだった。
「じゃぁ、この往復が終わったらで…」
茂吉の提案に百春も素直に承諾して、また重いモップを押す。
ふと、百春が口を開いた。
「茂吉よう、あいつとどうなんだよ」
前触れもなく質問され、茂吉は咳ばらいをした。
「…なんで、ゴホッ…そんなこと」
「別に、どうってことねぇんだけどよ。そういえばってぇか」
あぁ…と、少し置いて納得する茂吉。
元々茂吉と空の交際は、部内の認証済みだ。
始めは、百春と夏目健二、通称トビには好評ではなかったものの、あっさりと茂吉はそれを交わして、空と今に至る。
「先輩」
モップがけを終え、ロッカーにガタガタとモップを放り込む百春に、茂吉はボソリと問い掛ける。
「…僕と空のこと…」
「………答えんのか?」
百春が静かに、その答えを待つ。
「…空を、見てもらえば分かるかと」
「…あぁ。聞くなってか」
どうせそんなことだろうと苦笑すると、百春は部室に入っていった。最初から話すつもりはなかった茂吉は内心安心したが――。
そしてそのあと、一足遅れて部室に戻ると、茂吉は自分の言葉に後悔する。
"空を、見てもらえば――"
その言葉とは反対に、確実に少しずつ空と自分との距離を感じていた。
トビや百春、千秋やヤス達の前にある笑顔と、茂吉の前にあった笑顔。
その差が見せた現実から逃げるように、茂吉は静かに部屋を出る。
茂吉が部室を出てから数分後、空が彼の姿がないことに気が付く。
「…あれ?百春くん、モキチくんは…?」
ハァ?と一瞬表情を変え、周りを見渡す百春。
「俺一緒に終わってきたはずなんだけどな…。来なかったか?」
百春の様子に気がついて、帰ろうとしていたヤス達も気に止める。
「…この音、じゃね?」
ドアの近くにいたナベが示したのは体育館からの音。
ダンダンと、強く打たれるボールの音。
「…モキチく――― 」
ナベ達をよけて壊れかけのドアを開いた先には、あの高身長で撫で肩の細い者の姿があった。
「どうしたんだろ…」
コートにはボールがいくつも無造作に転がる。ゴール下では息があがった茂吉がいた。
様子を見ていたマネージャーの七尾も空と同じく、彼の異変に気付いていた。
「車谷くん…!」
近づいてきた七尾の表情は、空に似ていた。
「七尾さん…あれ…」
「うん。止めた方が、いいと思う」
それから七尾は、静かに”車谷くんにしかできないから”と言い残すと、体育館を出ていった。他のメンバーも、頑張っとけと頭やら背中やらに拳で喝を入れて出ていった。
残されたのは空と、茂吉。
カバンから取出したタオルを持つと、空はゆっくり茂吉へ歩み寄った。
「おつかれ」
それを差し出しながら、空の視線はしっかりと茂吉に向けられる。自然に止まったボール音。また彼も、空を見下ろす。
「空は、僕のこと、どう思ってるの…?」
茂吉はまだ整っていない呼吸をゆっくりながらに静める。
空は、タオルを差し出したまま答えた。
「…好きだよ。かっこいいとも、うらやましいとも思ってる」
「…僕は、先輩のようにずっとここにいたわけじゃない。だから、欲を言っても、仕方ないと思う」
茂吉は手に持っていたボールを足元に置くと、静かに膝を折った。
それでもなお高い茂吉へと、また一歩寄り、空はゆっくりと持っていたタオルを頭に被せた。
抱き寄せた身体は小さかった。軽く柔らかい黒髪と、細いその身に腕を回す。
「好きだよ 空。だから、もっと僕にも笑って」
力を少しずつ強めてしまう自分の行動を、茂吉は止められないでいた。
「僕も、モキチくんのこと好きだよ?…ごめん。ごめんねモキチくん―――」
小さな腕が、広い背中にしっかりまわる。
静かに、唇が重なるのはそのすぐあとのこと。だんだんと深くなる口づけに、少しずつ呼吸も乱れてくる。
「……ね、モキチくん?」
「…ハイ」
「あの、ちょっと…苦しいかも」
赤く染まった顔が茂吉を見つめる。ごめん…と笑みを浮かべ、最後にもう一度軽く、唇に触れた。
それから2人が体育館を出たのは、空の1000本シュートを終えたあとだった。
途中まで、外で静かに2人を見守っていたトビの存在を知る者は、まだいない。
end.
文章を書くっていうのも難しいものですね(いまさら!
こう…妄想はできているのに、上手く伝えきれないって…辛い_| ̄|○ だから、文才のある方がほんとにうらやましいです。
こんなところまで読んでいただきありがとうございます。
実は、この小説だけは別サイトで取り扱っていましたが、キレイに移動してきましたm(__)m
作品について。
茂吉はヤキモチ焼きだと思ってます私。このネタでこれから何度かやりそうです(笑
ありがとうございました。
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