誰もいなくなった体育館。 鍵を閉める為に来た黒子は電気を消そうと体育館の中に入る。 静かな体育館はどこか慣れず、いつもと違う雰囲気に浸っていれば視界に入るボール。 片付けくらい満足に出来ないなんて…。と呟きながら黒子は放られているボールに向かう。 歩き出して思い出すのは片付けを任せた明るい髪に明るい性格で、キセキの世代と呼ばれている同級生だ。 放られたままのボールを手に取ると黒子は一度だけため息をいてセンターラインに立つ。 そしてボールを持ち上げると何げなしに力をこめてリングへと放る。 ひ弱な黒子から放られたとは思えない程力強いそれは吸い込まれるようにネットをくぐる。 リングに阻まれることなくシュッと軽やかな音をたてるそれを見ながら、黒子は喜ぶのではなく、まるで当然と言ったような顔をしながらバウンドを繰り返すボールを見続けていた。 それでも未だ、 「緑間も真っ青なシュートだな。」 シュートしたボールに手を伸ばし、片付けようとすれば聞こえた声。 声の主が誰だかわかっている黒子は厄介な事になったと感じながら声のした方に顔を向ける。 そこには扉に寄りかかっていた青峰がいた。 「青峰君、いつからいたんですか?」 「お前がボール持ってため息ついたところから。」 「要は最初からですね。声をかけてくれればいいのに。」 「そしたらお前シュートすんのやめるだろ。」 的確な青峰の言葉に黒子は確かに。と思いながら落ちていたボールを拾う。 「さっきのはたまたまですよ。でなきゃ、パス回し以外なんの取り柄もない僕がシュートを決められるわけないじゃないですか。」 「よく言うぜ。」 嘲笑う様に言いながら青峰は黒子へと近付いてくる。 その目はとても好戦的で、今にも勝負を仕掛けてきそうだ。 普通の人ならば引くようなところだが、黒子は一歩も引かず青峰を見据えている。 「実力隠してプレーしてるくせに。」 「何のことですか?」 「今更取り繕うなよ。」 「バカな事言ってないでさっさと片付けて帰りましょう。」 言いながら黒子は青峰の横をすり抜けようとするが、さすがにすんなりと行くわけもなく、腕を捕まれてしまう。 貧弱な手首は青峰が力を込めれば簡単に痛みを訴える。 けれども黒子はそれに顔色を変えることはない。 「今の俺にそれが通じると思うなよ。」 呟く声は低く、纏う空気も仲間に向けるものではない。 ただ目の前にいる強者を倒したいと言う敵視のみだ。 「そこまで成長した貴方に僕のことを隠せるなんて本気で思っていませんよ。」 「ハッ、言うじゃねぇか。」 「貴方と僕は同種ですから。」 幻の6人目と呼ばれ、パスのみに特化した選手。 それが黒子だった。 けれど今は青峰によってその仮面が剥がされている。 パス以外何も出来ない、コート上一番最弱だと思っていた黒子の違和感に青峰が気付いたのは能力が開花したあの時からだ。 誰も自分には勝てない。 勝とうとすらしない。 そんな周りに嫌気がさすと同時に自分の影としてずっと傍にいた黒子が気になっていた。 弱いはずなのに、どこか自分と同じ様な存在。 それに違和感を感じながら今まで一緒にプレーしてきたが、先程見せたあのシュートで青峰は全て悟った。 緑間レベルのあのシュートを難なく、しかも決まるのが当然という態度で見ていたあの姿。 それは自分達が時折見せる強者の態度だ。 普段の黒子なら絶対にしない事。 それはつまり黒子がそれを意図的に隠していたと言う事だ。 何故隠していたのか青峰にはわからないが、それよりも誰とも対等に戦えない青峰にとって黒子の存在はいい腕試しの相手としか映らない。 「1ON1しようぜ、テツ。」 掴んでいる黒子の手首を離すと、引ったくるように持っていたボールを奪う。 そんな青峰を見ながら黒子は今まで掴まれて赤くなった手首をさする。 「すみませんが、お断りします。」 「何でだよ。」 黒子の返事が気に入らなかった青峰は眉を寄せる。 一層重くなる雰囲気。 けれども黒子はそれに臆する事はない。 「強大すぎる力はただの暴力です。だからやりたくありません。」 「俺がお前より弱いって言うのかよ。」 「君と僕とではまだまだ力量差があるのは事実です。」 「言ってくれるじゃねぇか。」 ただ淡々と話す黒子に青峰は頭に血を上らせて奪ったボールを右手でバウンドさせる。 黒子と青峰しかいない体育館に響く音。 まるで奪ってみろと言うような青峰の態度に黒子はため息をつくと腰を落とす。 来る、と青峰が思った瞬間、黒子は青峰の視界から消えてしまう。 ミスディレクションだと気付いた時には既に遅く、消えた黒子を追うのは不可能だ。 視界で追うのを諦め本能的に右手から左手にボールを移し替えそうとするが、そこで手に感じていたボールの感覚がなくなった。 まさかと思って青峰が自分の両手を見れば今まであったボールはそこにはない。 「だから言ったでしょう。」 背後から聞こえた声につられて後ろを見れば、青峰が先程まで手にしていたボールを持っている黒子がいた。 抜かれた時も、ボールを奪われた時も青峰は全く気付かなかった。 黒子相手とは言え手を抜いていたわけではなかったし、目の前にいた相手にボールを奪われる程気を抜くわけがない。 つまりそれは黒子が青峰が認識するよりも早く動き、ボールを奪ったと言う事だ。 パスのみに特化し、そのパスを出す際の要であるミスディレクションは40分フルには使えない。 それすら、今の青峰にとって黒子の嘘ではないかと思っていた。 どうしてそんな嘘をつくのかはわからない。 けれどそんな事より自分より強者が見つかった事に青峰は喜んでいた。 「喜んでいるところ悪いのですが、僕は君とは戦いませんよ。」 「ふざけんなよ、テツ」 「ふざけてなんかいません。ただ君にまで勝ってしまったら僕はバスケをする事が嫌になって辞めてしまいます。それでもいいのならどうぞ。」 「意味わかんねぇよ。」 「今の君なら意味をわかってくれるはずですよ。だって僕はずっと今の君と同じ状況にいたんですから。」 本気を出したところで対等に戦える相手はいない。 誰も自分には勝てない。 青峰には痛い程その意味がよくわかっていた。 「でも、能力を開花させた君が僕にとって唯一対等に戦える相手かもしれないんです。」 「だったら、」 「でもそれは今じゃない。」 言い募る青峰の言葉を一蹴する声はどこか冷たく、いつもの黒子とは違っていた。 「さっきでわかったと思いますが今の君ではどうやったって僕にはまだ勝てない。」 「今は、な。先の事なんかわかんねぇだろ。」 それは暗にいつか黒子を倒す。 そう青峰は言っているのだ。 「確かに貴方の才能は未知数ですからいつかは僕に勝てるかもしれない。だけど絶対に勝てるとわかっている勝負をそう何度も受けますか?」 黒子の問いに青峰は答えを返さず悔しそうに唇を噛み締める。 格下の相手と勝って募るのは喜びではなく、落胆と失望だけだ。 相手のバスケの才能の無さに落胆し、そして自分一人だけでバスケをしているという事実に失望する。 だから青峰はこれ以上強くならない為に練習も試合も手を抜いていた。 それは黒子とて同じだからこそ今まで実力を隠していたのだと青峰はやっと気付いた。 「勝てば勝つほど、僕はたった一人だけでバスケをしている気になるんです。君達と、仲間とするバスケが好きなのに、この才能のせいで自分一人だけでいいと傲った考え方になっていく。そんな自分に嫌気がさします。」 言葉を紡ぎながら、黒子は持っていた大切なボールをギュッと抱きしめる。 「今青峰君に勝ってしまったら僕は本当に一人になってしまいます。それはとても詰まらなくて、哀しいんです。」 自嘲の笑みを浮かべる黒子のその姿は青峰が一度も見た事もない哀しそうな相棒の姿だった。 以前だったらどうして黒子がそんな哀しそうな顔をするか青峰が理解することはなかっただろう。 だけど能力が開花し、誰も自分の相手にならないと言う同じ様な立場にいる事でわかる。 たった一人でするバスケ。 好きで始めた事なのに、たった一人にされてしまう哀しみ。 理解出来ないわけがない。 けれどだからと言って青峰が黒子に出来る事など何一つないのだ。 勝負をしても、強者と戦う事によって敗北し満たされるのは青峰だけで、挑まれた黒子は勝者となり更に一人になるだけだ。 挑むことすら出来ない程弱い自分に、哀しそうに嘲う相棒に何も出来ない自分に青峰は苛立つがそれで何が変わるわけでもない。 だったら青峰がする事はただ一つだ。 「俺の才能を甘く見んなよ。精々驕って待ってろ。いつかお前を頂点から引きずりおろしてやっからよ。」 今はまだ口先だけでしか黒子を挑発できないけれど、いつか正面からぶつかり『敗北』と言う2文字を叩き突きつけてやろう。 そう決意しながら青峰は宣戦布告の様に笑って告げる。 まさか真っ向から喧嘩を売られると思っていなかった黒子は青峰の言葉に驚く。 けれどそれはとても青峰らしくて喧嘩を売られたはずの黒子は場違いにどこか嬉しそうに笑う。 「楽しみに待っています、青峰君。」 呟くと黒子は青峰に背を向けて、持っていたボールを片付けるために体育倉庫へと向かう。 ゆっくりと青峰から離れていく黒子。 その距離はまるで自分たちの実力差や心の距離の様な気がして青峰は思わず手を伸ばすがそれが届くわけがないし、黒子が気付くわけもない。 伸ばした手を下ろし、何も掴めなかった右手を見て思い出すのは黒子の哀しい笑顔だ。 「お前を一人になんかさせねぇよ。」 孤高の強者なんて黒子には似合わない。 今までは強くなっていく自分が嫌で練習をサボる事ばかり考えていた青峰だが、その考えも今この瞬間から一新されるされる事になった。 一人が嫌だと言って黒子が哀しむのならば青峰は喜んで同じ存在になるだろう。 それこそ今以上に誰一人自分に勝てず、詰まらないバスケが続く事になってもだ。 大切な相棒をたった一人で泣かせ続けるよりマシである。 何も握られなかった右手を決意するようにギュッと握りしめると、青峰は黒子に背を向けて体育館から出て行く。 能力が開花していくキセキ達。 それと同時にお互いを思うことをやめ、自分だけの力でプレーをしていく。 それはもう、チームではなかった。 バラバラになっていく事を感じながらもそれでも黒子は最後まで実力を隠して影であり続けた。 そして青峰は最後まで黒子に追いつこうと周りを見ずに自分だけを信じてバスケを続けた。 それでも未だ、孤高の勝者は泣きそうな顔をしながら挑戦者をただ待ち続けている。 END 》遅くなりましたが、スレ黒さん企画参加ありがとうございました! BACK |