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ラ ン キ ラ イ ザ ↓ ホ リ ッ ク 「ワタルー、客」 興味があるんだかないんだかよくわからないような顔で、小村が亘を呼んだ。 美鶴が目の前にいると言うのに、二組の新入り、だなんて言ってくれる。 亘を間に挟んで距離的には十分近い関係にあるはずなのに、美鶴と小村には未だにちゃんとした交友関係がなかった。 もっとも小村にしてみれば、いきなり転校してきたばかりの美鶴がなぜ亘とこんなにも親しいのか、その方が疑問なのだろうけど。 「あれ、ミツルー、どうしたの!?」 「ばか、走るな」 美鶴の姿を認め、亘がまろぶように駆けてくる。 会えて嬉しい、と満面の笑顔で伝えてくれるのはいいのだけれど、狭い教室の中で走ればそれだけ危ない。 亘はひょこひょこ走るから余計に心配だ。 案の定、机の角に体をぶつけたらしく、美鶴の三メートルほど手前で見事につんのめった。 「ワタル!」 (く、届かないっ) 「あっ」 「おまっ、ワタルー!」 一連の動きを見ていた女子の小さな悲鳴をバックに、亘の体がスローモーションでバランスを崩していく。 思わず身を乗り出すけれど、胸まで壁の窓越しに離していた美鶴には助ける方法がない。 だめだ、と思った瞬間、寸前で間に合った小村がぐいっと亘の腕を引いた。 「…ッ!」 「って〜」 亘はどうにか頭から机の角にダイブせずに済んだけれど、小村もろともロッカーと机の間のスペースに転がり落ちた。 あだっ、と聞こえた潰れたような悲鳴は小村のもので、亘は背中からスライディングした小村に抱えてこまれるようにして守られている。 どうやら怪我もしていないようだ。 「いった〜ッ、このばかワタル、ちょっとは考えろよな」 「ご、ごめん」 亘が怪我をしなくてよかったと、そう思わなければいけない場面だろう、普通なら。 けれどつっ立ったままの美鶴は、不機嫌な表情を隠すことができなかった。 近くにいたのに亘を助けられなかった自分が悔しくて、それから、当然のように亘を助けた小村の存在が不愉快で。 「…ミツル、それでどうしたの?」 「あ、ああ」 じんじんと目の裏側が熱を持っていた。 亘に尋ねられても、しどろもどろに今日の帰りうちに寄らないか、と告げるのが精一杯で、あとはもうそそくさと退散するしかできなかった。 一日ごとに、亘の存在が大きくなっていく。 けして目一杯幸福だとは言えない境遇に置かれた美鶴を助けてくれたのは、夢とも言えない夢の中の亘だ。 アヤの存在と亘の記憶 が、いつもささくれた心を優しく包んでくれた。 大切な大切な夢の欠片。 それがいきなり現実になったとき、美鶴の中で亘と言う存在が体温を得たとき、絶対に亘を大事にしよう、と美鶴は思った。 なのに、だんだんひとりよがりな独占欲ばかりが大きくなっていく。 亘の一番近くにいたい。 いくな、と言って抱きしめた腕の強さで、亘にも美鶴を欲しがって貰いたい。 でも亘の好きはもっと優しい好きで、参ってしまう。 暴走してしまいそうになるんだ。 どうしたらいい? 亘…あのときみたいに、また助けてくれないのか…? 仕事が休みになった叔母とアヤがクッキーを焼くから、一緒に食べて欲しい、と言うのが本当の目的だった。 妙にぎこちない態度の美鶴をいぶかしんで、さっきからちらちらと亘がこっちを見ているけれど、何も言えない。 幼なじみの存在に嫉妬しただなんて、言えるはずもない。 亘はたぶん美鶴のことを自分より大人だと思っていて、しかもきっと、自分の方が多く相手を好きだと思っている。 それは一面では当たっているかもしれないけれど、トータルで計れば絶対にそんなことはないのだ。 きっとこんなどろどろした感情、亘はまだ知りもしないに決まってる。 美鶴だって、亘を汚したくなんかない。 でも亘しか欲しくないのだ。 まだ、気づかれたらだめだ、きっと亘は逃げてしまう…とうつうつと考えていた、そのとき。 「ワタルッ!」 「ひゃっ!」 路側帯ギリギリを車が突っ込んできて、美鶴は条件反射で亘を抱きこんでいた。 冷静に考えれば亘の方が奥にいたのだから、美鶴ひとりが避ければいいのだけれど、アヤといるときの癖が出たのだろうか、気がつけばギュッと抱きしめて、大丈夫か、と言うように頭を撫でていた。 「び、っくりした〜」 亘は素直に驚いて腕の中に収まっているけれど、直前にもてあそんでいた思考の内容が内容な美鶴は気が気でない。 どくどくとうるさい心臓の音をどうやって隠そう、と思いながらも、美鶴の忍耐もまだまだ未熟で、最初はそっと、次第に強く、亘を抱きしめる腕に力をこめた。 「ミツル?…ミツルもびっくりしたの?」 何も知らない亘は下心のない腕に慣れているから、もちろん美鶴のことも裏切らない。 いつもの心配性?と聞きながら、逆になだめるように美鶴の腕を撫でてきた。 「…ワタル、」 「大丈夫だよ…大丈夫…」 (………大丈夫じゃ、ないんだ) でも、離れられない。 何もしな い。 これ以上は何もしないから。 (今だけ、もう少しこうしていたい…) 亘の背中は柔らかくて、骨が細くて、これ以上力を入れたら壊れてしまいそうだ。 それなのに相変わらず夢の中と同じように美鶴を抱きとめてくれる。 (…本当に、お人好しだな) 美鶴なんて、いつ牙を剥くか分からないのに。 今だってこんなに体が熱くなっているのに。 亘が優しいから、美鶴はいつか言ってしまうだろう。 亘を縛る言葉を、口にしてしまうだろう。 そうしたら、亘はどうするんだろうか。 今と同じに笑ってくれるか、それとも嫌だと拒絶するか。 美鶴は自分が怖かった。 亘に拒まれたら、きっと美鶴は壊れてしまう…肝心なところで変われなかったと言うよりも、それがたぶん、美鶴の本質だから。 好きだから許せない。 好きだから許さない。 (…ワタル、言ってもいいか?) 20060817 8888打リク・貴咲さまへ 「嫉妬する美鶴さま」と言うお題だったのですが、ちょっと、温いですね…読んでいただければ嬉しいです! [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |