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Please, kiss me!



優しくしたいだけじゃない。許せないことの方が、きっと多い。自分の都合で振り回したい。
そんなふうに執着してしまう他人のことを、なんて呼べばいいんだろう。
すごく好きで、かわいくて、自分以外の誰とも関わって欲しくない。美鶴だけを見て欲しい。
独り占めしていたいと言う想いが募って、いつか、亘を壊してしまうかもしれない。
…亘は、たぶん、そうなってしまっても同じように笑うんだろうけど、美鶴はもしかしたら、嬉しさのあまりおかしくなってしまうかもしれない。
そんな自分がいることに、美鶴は気づいている。
気づいていながら、やっぱり亘を逃してはやれないのだ。

(………)

図書館で借りてきた本から視線を上げると、ソファに寄りかかって眠る亘が目に入った。さっきまでやれ相手をしろ、やれ外へ出かけよう、とうるさくしていたのだが、突然静かになったと思ったらこれだ。
赤ん坊のような寝付きの良さに苦笑し、顔にかかった前髪をよけてやる。うん、と唸るのが聞こえたけれど、亘が目を覚ますことはなかった。

「ワタル……、」

思わず漏れた呼びかけの、自分らしからぬ甘さに苦笑し、指先で頬のラインを辿る。相変わらず、幼いままだ。いくらか固さの出てきた自分の輪郭を思い出し、美鶴は密かに満足する。
結果として何かが変わるわけではないのだけれど、亘よりも先に成長することは、美鶴にとっては喜ばしいことだ。心だけでなく、力でも優位に立てる。
いざとなれば、そんなものは全部乗り越えてそっくり美鶴を包んでくれる亘を知っているからこそ、普段は少しでも、自分の方が亘のことを守ってやれる存在でいたかった。
でもそれと同じくらい、自分は亘をいじめてもいいと思ってもいる。わがままだとは思わない。
好きって言うのは、きっとそう言うことなのだ。

「ワタル、寝るならちゃんと横になれよ」

今の姿勢だと、きっと起きた時には体が痛むだろう。せめてソファに横になるように、と肩を揺らして覚醒を促す。
けれど、亘のためを思って起こそうとしながら、美鶴は次第に正反対の気持ちが心の中で生まれてくるのを感じていた。

「うー………」
「ワタル、ほら、起きろってば…、」
「………」
「………起きないと、」

酷いのはワタルだぞ、と言いかけてやめる。何も、せっかくの二人きりの時間を無為に過ごさなくてもいい。亘だけじゃなく、美鶴にだってしたいことはたくさんあるのだから。

美鶴は亘のそばに座 りこむと、柔らかい頬におもむろに噛みついた。

「いっ!」
「おまえの言う通り、二人で遊ぼうか」
「ちょ……み、ミツル?」

にっこり、と自分でも珍しいほどの笑みが溢れるのが分かった。
遊ぶ、と言っても、ゲームやスポーツでなしに転げ回って楽しい年齢はふたりとも過ぎている。寝ぼけたままの亘は珍しい美鶴の笑みも相まって余計にそう思うだろう。
亘ご所望のテレビゲームは、部屋に戻って取って来なければならないのだし。
美鶴はやわやわと亘の耳たぶをこね回し、手始めに目尻にキスをした。

「んっ」

炎天下を歩いてきたせいで、亘の肌は少し塩辛い。

「遊ぶって…ちょっと、ミツルー!」
「うるさいな。ワタルが遊びたいって言ったんじゃないか」
「それは言ったけど〜、なんでこんなに、近いの?」

美鶴はいつの間にか亘を抱き込むようにしてソファに押し倒していた。しかも、すごく楽しそうに。亘がびっくりしないわけがない。

「…それに、なんで、」
「キスしようか、ワタル」
「な、んで…?」
「キスしたいから。ワタルだって俺が本ばかり読んでたらつまんないんだろ?」
「………そう、だけど、」

亘の頬は、もう真っ赤だ。美鶴の唇が「キス」と紡いだだけで、もう恥ずかしくて仕方がないらしい。
真っ赤になってもぞもぞと落ち着かなげに身体を動かす亘に、美鶴の笑みが深くなる。

「ワタルって、オコサマだな」
「なっ!!」
「そうだろ?キスくらいでこんなに真っ赤になって、かわいい…」
「み、みつ、ミツルー!誰が、オコサマだー!」
「ワタルが。ほら、首まで真っ赤になってる」

至近距離で叫ばれると、さすがに耳が痛い。お返しとばかりに鼻先をつまんでやって、あとは赤くなった顔がよく見えるように撫でるようにして髪をよける。そうすると、広い額が露になって余計に幼く見えた。

「どうする?キスなんて、できない?」
「んなー!」
「叫ぶなよ」
「………ミツルの、バカ」
「できるの、できないの」
「それっくらい、できるよ!」

変なふうにつっかえながら、美鶴の思惑通りに勝利宣言をかましてくれる。それがひっかけだとも気づかずに。
美鶴は亘が思った通りに動いたのが嬉しくて、じゃあ、して…と囁くようにそそのかした。

「う…」
「ワタル、どうしたんだよ。あ、目…つむろうか?」

勿論そんなつもりはさらさらない。おっかなびっくり唇を近づけてくる亘を眺めずに、何がキスだと言うんだ。
相変わらず真っ赤になったまま、どけて、と押しやってくるので、美鶴は素直によけ、亘が起き上がるのに手を貸してやった。すると亘は膝立ちになって、ふるふると美鶴に手を伸ばしてくる。

「ワタル?」
「黙ってて!」
「………………」
「…………………」
「………………………ワタル?」

暫くは言われたままに黙っていた美鶴だけれど、亘のあまりに必死な様子に思わず吹き出してしまった。盛大に傷ついた顔をするのですら、かわいくて仕方がない。

「…ミツル、ひどい…」
「今頃気づいたのか?ワタル、全然動かないんだもんな…やっぱり、俺がしてやろうか?」
「〜〜〜ッ!!」

あ、泣く。
けして泣き虫と言うわけではないけれど、亘の大きな瞳は感情が高ぶるとうるんでくる。悔しいのか、恥ずかしいのか、瞬時に水を張った瞳は、今にも溢れてしまいそうだ。
もう少しだ。もう少しで、美鶴のせいで亘が泣くところが見れる。
この時ばかりは自分もその辺の不良ぶった連中と変わらないな、と思う。意味もなく亘の泣くところが見たかった。

「オコサマじゃないんじゃなかったのか?できるって言ったくせに、口だけ?」
「………っ、」
「真っ赤だぞ。できないならできないって最初から………、」
「み、ミツルのバカ!バカ、バカ、ばか!」!」
「う、わっ、」

どん、と亘の両手が美鶴の胸を叩く。そのつもりだったのだけれど、どうやら思ったよりもいじめ過ぎたようだ。うつ向きがちの亘の両目から、壊れたんじゃないか、と思うくらいに涙がぼろぼろと溢れ落ちている。

「…ワタル、泣いてるのか?」
「ッ!!………ミツルなんて、ミツルなんて…」



「好きだ」
「大嫌いだ!」



言葉を発したのは、二人同時だった。



「え…?」
「なに?」



また、一緒。
それでも、お互いに何を言ったかは分かっていて。
美鶴はと言えば、嫌いだと罵られたはずなのに、どこか達成感の滲む顔をしていた。例え嫌いだと言われても、亘の感情なら嬉しい。

「…すまない、ワタル…言いすぎた」
「いまさらっ、謝ったって遅いよ…!」
「うん…でもごめん。許して欲しい」
「………わがまま!」
「うん…ワタルの泣くところが見たかったんだ」
「なんだよ、それ…」

ひっ、ひっ、としゃくりあげながら、亘は精一杯美鶴を睨んでくる。その剣のある表情すら愛しくて、美鶴はふわりと亘の頬を包むように撫でた。

「かわいい…ワタル」
「 わ、かんないよ…!ほんとに、ほんとに恥ずかしかったんだからな…!」
「だってそれは、俺のことが好きだから恥ずかしかったんだろう?ワタルは嫌なら嫌だって言うはずだ………俺とキスしたくて、そんな自分が恥ずかしかったんじゃないのか…?」
「あ……」
「………当たりだったら、すごく嬉しいのにな…」

贅沢過ぎる考えだろうか…。
自分で言っておきながら、少し不安で、美鶴はそっと指先を亘の唇に滑らせた。自分もだけれど、亘の唇はまだまだ子供のそれで、けれど他の誰よりも美鶴の心を浮き立たせる。

「………なんで、ミツルは僕のこと分かるの…?」
「え、」
「子供だって、ミツルに思われるのは嫌なんだ…でも、やりかたなんて、上手なやりかたなんて分からないし…ミツルは僕のこと見てるし…だから、僕、僕…ッ」
「ワタル!!」

ひく、と亘が息を飲んだ。
壊してしまう。
そんなふうに思うほど、きつくきつく抱きしめる。

「上手なんかじゃなくていいんだ…ワタル、それは俺が悪いんだから」
「ミツル、が?」
「そう、俺が悪い。だって、ワタルからのキスのやり方なんて、俺はまだ教えてないだろう?」

生意気な言いぐさかもしれない。でも、亘の始めてのキスは美鶴のものだったし、二回目も三回目も勿論そうだ。
そのどれもが美鶴自身好き勝手に楽しむばかりで、亘に手管なんか教えてやらなかった。だから未だに、亘ができるのは押しつけるだけの幼いキスだけ。
美鶴が教えてやった以外のことはできないと、今さっき亘が自分で言ったのだ。
どんな欲求なのか曖昧な、いろいろなものが雑多に入り混じって凝った想いが美鶴の背筋を這上がる。嬉しくて、一瞬おかしくなるかと思った。
独占欲とか、その類のものがいっぺんに満たされて、満たされすぎて溢れて出す。

「ワタル、ワタル…好きだよ…だから、今度は俺がキスしてもいい…?」
「でも…、」
「………だめ?」
「でもさ、ミツル、」

さっき泣かせすぎたことが、今になって悔やまれる。今拒まれたら、亘に今すぐキスしたいと言うこの気持ちをどうしたらいいんだろう。

「ワタル?」

だめか?と媚びる口調で伺いを立てた美鶴を見上げ、亘は言いにくげに数秒悩んでいるようだった。
けれどすぐに、意を決したように口を開く。

「………オコサマのままでも、ミツルはいいの?」

それを聞いて、美鶴は一瞬何を言うのか、と聞き返しそうになってしまった。勿論それはすんでのと ころで飲み込む。これ以上追い討ちをかけたら、今度こそ本当に逃げられてしまいそうだから。

「…ワタル、好きだよ」

そのかわり、身体が感じたままを言葉にする。

「…そうじゃなくて、ミツル?」
「俺が全部教えてやる…だから、ワタルはワタルのままでいいんだ」
「…でも、」
「いいから、黙れよ…後で教えてやるから、今は俺の好きにさせて………すごく、ワタルにキスしたいんだ」

亘が頷いてくれたのかどうか、美鶴は確認しないままだった。
すぐに、亘の唇を貪ることに夢中になってしまったから…。



泣かせたい。抱きしめたい。キスしたい。
多分全部、根っこは一緒の気持ちなんだろう。
亘を泣かせて、抱きしめて、キスして…亘の心の中が全部美鶴で埋まればいい。
美鶴のことだけ、考えているようになればいい。
そう思わずにはいられないのだ。
それはきっと、美鶴が亘以外のことを考えられなくなっているから。
同じ場所まで、来て欲しいから。



20060805


あきゅろす。
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