いちばんに貴方にあいたい (スザルル) 声が聞きたいなと思った時にはいつも電話がかかってきて あいたいと思っていた時にはいつも隣にいた そんな魔法の人 「ルルーシュ、今日ちょっと付き合って」 「…ん」 授業の終わりを告げるチャイムが鳴って放課後がやって来た。 クラスメートたちが鞄に荷物を詰めて教室を後にしていく中、スザクが笑顔のまま俺の机に足を運んだ。 一年前と何ひとつ変わらぬ、優しい人という仮面をつけた笑顔のまま。 その笑顔に頷いた。頷くしか、なかった。 言われたままにスザクの後ろを付いて行けば、その道のりは俺もよく知る場所への道であった。生徒会室への道順。階段を登って、廊下を歩いて。そういえばス ザクとこうして二人で生徒会室へ出向くことは久しぶりだなといやに冷えた頭の片隅で思った。何しろ一年間全く連絡をとっておらず突然現れたかと思えば以前 と何ら変わらぬ態度で接してきて、しかも相手は俺からナナリーを奪った憎き敵。そんな奴に笑顔を向けるなんてことは正直難しい。 だが俺はなんだってやってやる。ナナリーを取り戻すまでは、絶対に。 「今日は寒いな、手がかじかむ」 一年前は確かこんな感じ。そう手探りに思い返して以前と同じ態度で話しかけてみた。生徒会室までの長い距離の間、会話がひとつもないというのは明らかに一 年前なら有り得なかったことだ。俺がナナリーの自慢話をして、スザクがそれに微笑む。そんなやり取りをしていたはずだ。 …記憶とは案外、曖昧なんだなと思いながら寒さに真っ白になった両手に息を吹き掛ける。すると前を歩いていたスザクが急に振り返った。何かスザクに怪しま れるようなことでもしただろうかと俺も足を止める。するとスザクはまたあの優しい笑顔で笑い、俺の両手を握り締めてきた。 「これなら、寒くないよね」 言われるであろう言動とは違う行動に、ただただ目を見張った。 季節は冬を巡り、十二月に入った。この辺りではもう雪が降っていて寒さはいよいよ本格的になってきた時期である。いくら暖房設備の整っているアッシュフォ ード学園といえど廊下は寒い。その感想を述べただけなのに、このスザクの行為には深い意味でもあるのだろうか。模索しながらうつ向きがちに生返事をした。 手を繋いだままスザクは再び歩きだす。温かい人の温度に目頭が僅かに熱くなった。 「会長、ルルーシュ連れてきました」 「ご苦労さーん!」 シュンッ、というドアの開く音と共に姿を現したのはいつもの生徒会メンバー。 新しく生徒会に入ったジノやアーニャまでいる。一体何の用なんだ。今日は折角部活動もなくて早く家に帰れると思っていたのに。 部屋に一歩足を踏みしめると同時に手の温もりが放れていく。当たり前なことなのだが、さすがに生徒会室の中でまで手は繋いでいられない。 瞬間に思わずスザクの制服の裾をくい、と掴んでしまった。スザクも俺も、俺のわけのわからない行動に固まってしまう。 「…え、」 スザクが俺に何してるのと呟く前に、パンパンパンパン!騒々しい音にぎゅっと目を閉じた。頭にひらひらと舞い降りてくる色とりどりのヒモたち。それがクラ ッカーなのだと気付くのに時間はかからなかった。 驚いたせいで少なからず心臓が縮まったことに対しては、大きく抗議したい。 「っ、何なんだ一体っ」 「今日はルルーシュの誕生日だろ」 「………え」 やっぱりな、そうじゃないかと思ってたよと口々に言われて生徒会室の壁にかけてあるカレンダーに目をやった。真っ赤な花丸がつけられた本日の日付、そして ようやく今日は十二月五日なのだと思い出した。 誕生日すらをも忘れるほど切羽詰まってたなんて、信じたくはない。スザクにばかり気をとられていただなんて、認めたくない。 「…ありがとうございます会長」 いつもの愛想笑いのような貼り付けた笑顔でにこりと笑った。内心はそれどころではなかったが。 一刻も早くここから去りたい、いなくなりたい、――消えてしまいたい。スザクを引き留めたりなんかして、俺は一体どうしてしまったのだ。 (こいつは敵、敵なんだから) 自分にそう言い聞かせることでしか、抑えがきかなくなってきている。このままではいずれ爆発してしまいそうな感情に焦りを感じて、ぎゅ、と握り拳をつくっ た。 やはりここにいては駄目だ、こんな温かいところにいては駄目、だ――早く逃げないと。 「ルルーシュ、今日はこの後時間ある?」 「すみません会長、この後はロロと二人っきりで用事があるんです」 うそをつくことにも、もうなれた。 ここにロロがいなかったことが唯一の救いであった。(ロロは今日は黒の騎士団の用事を任せてあるから学校には来ていないのだ) そうでなければ、うそがばれてしまう。 貼り付けた笑顔が、剥がれてしまう。 大切な大切な弟のロロとの用事なのであれば仕方ないと諦めたのか、やけにあっさり会長は身を引いた。それはそうだ、ロロの今の居場所はナナリーのいた所だ 。ナナリーのいた場所、すなわち日だまりの中心。俺にとっての救いがナナリーだけであったように、今ははたから見ればロロが俺の全てとなっている。 だからこそ、会長はあっさり「このブラコン!」とだけ言い放つのだ。 これでこの吐き気がするような温かな場所から、逃げられる。 誕生日を祝ってもらったことへのお礼だけを簡単に済ませて部屋を出ようとした。 「ルルーシュ、ちょっと」 しかし、それは叶わなくなった。 「スザ、」 俺がドアノブを握るよりも早く、別の誰かがそれを握って回す。 同時に腕も痛いぐらいに掴まれて、口論する間もなく廊下に引っ張り出されてしまった。 窓口から入りこむ乾燥して冷え冷えとした空気を吸って、ひゅっと喉が唸る。 目の前のスザクの顔は、クラスで見せていたような優しい人の表情ではなかった。 「…ね、せっかくの誕生日なのに、ロロと過ごすの?」 「…あぁ」 「……ふーん」 あっそ、なんて口を尖らせて背中を向けるスザクの意図がわからなくて、眉をひそめる。これもまた、こいつの作戦なのか? どれが嘘で、どれが本当なのか、もう何も信じられない。 自分すら、何を考えているのかわからなかった。 「ルルーシュ」 視線を反らしていたが不意にスザクに呼びかけられて、はっとしたように目の前の男を見た。 するとそこには親に叱られて拗ねてしまった子供みたいな、珍しいスザクの表情があった。いつぶりだろう、こいつの、負以外の年相応である感情を目の当たりにするのは。 「…ルルーシュ、…僕も、ルルーシュと、」 スザクが何かを言いかけた瞬間、「あ」と呟いて弾かれたようにスザクは俺の横を通り抜けて走りだしていた。それこそわけがわからなくて今のうちに逃げてや れ、と足を進めたが十秒と経たぬうちに帰ってきたスザクに逃げ道は断たれてしまう。 「ちょっと来て」 理由も話さずに手首を力強く握られて思わず片目を閉じる。 強引に引っ張ったまま生徒会室の隣の誰もいない空き部屋に俺を押し込んだ。予期しないイレギュラーに足がもつれて、転けそうになる。 なんだかだんだん苛々してきて、背後でガラガラと教室のドアを閉めるスザクを本気で睨みつけた。 「なんなんだっ」 「これ」 刹那ぶわっ、と甘い匂いを漂わせる何か、が俺の前で舞い上がった。 スザクに一言文句を言ってやらねば気が済まない、と向き直った瞬間に鼻孔に香しいものがたちこめる。 俺の胸に押し付けられたものが真っ赤な薔薇の花束だと気付くのにそう時間はかからなかった。 「なん、だ、これ」 「おめでとう、ルルーシュ」 「っ、そうじゃない!」 ――ゼロの俺に祝いを送るなど、どういうつもりなのかと聞いているんだ! まさかそんなことは言えずにそれは途中で飲み込んだ。代わりにごくんと唾液を飲む音が乾いた部屋に響く。 当のスザクは顔色ひとつ変えずに俺から視線を反らした。 「なんで、迷惑だった?」 「…ちが、」 「じゃあいいじゃない」 ズボンのポケットに手を突っ込んで俺に横顔を向けながら話すスザクの纏う空気はやはり、どこか殺伐としたものがあった。 これが友人を売って地位を手にいれたことによる、ゼロであった事実による境界線か。今こんなにも近くにいるのに、俺とスザクの間には越えられない一線が引 いてあるのだ。今更になってその線が目に見えて浮き出てきた。 「……、…」 怒る気力も失せて、薔薇の花束を突き渡されて反射的に受け止めた右手をゆっくり下ろした。同時に薔薇の真紅の花びらもひらりと散る。 (何で、薔薇なんだ…) ゼロだから、どうだから、なんてことを一人で考えていることがあほらしくなったからかもしれない。今度は何故贈り物が薔薇なのか不思議で仕方なくなってき た。 伏し目がちにスザクの様子を窺うと、相変わらずそっぽを向いたように横を向いていた。 特に会話があるわけでもない。なら、もう帰ってもいいだろうか。このままずっとここにいても居心地が悪いだけだ。 気まずい沈黙の中、口を開こうと顔を上げた瞬間に、ぐいっと腕を掴まれた。 「ス、」 手から花束が抜け落ちる。 バサ、と真っ赤な花びらたちが床に落ちた。 スザクに抱き締められているのだとわかると、身体が石のように全く微動だにしなくなっていた。 固まってしまった俺の身体を包み込むように、けれど力強く掻き抱くスザクの顔は見えない。見なくてもわかるほどまでに俺の後頭部を支える手のひらは震えて いた。 「すざ、く…?」 「……ずっと、……」 最後の方の言葉が耳に入ってきて、悲しくもないのに泣きたくなった。 あぁ、俺たちはあんなにも憎しみ合っていたのに、なのに、こんなにも、 (……愛していたなんて) こわごわとスザクの背中に手を回す。まるで壊れ物にそっと触れるように。 震える体をたどたどしく、情けないぐらいに、確かに抱き締めた。 * 「ルルーシュ!」 「スザク、」 犬みたいに尻尾を振って笑顔で走ってくるのは、かつての友、そして現騎士。皇帝となった今でも、二人きりの時だけは変わらぬ態度で接してくれる。 そんな騎士がにこにこしながらこちらに来るのだ。何かあるとしか考えられなくて、眉間に深いシワを刻む。 「あっ何その微妙な顔」 「…お前、何を企んでるんだ」 「えへへ、」 そしてやはりまた唐突に、ぶわっと花が舞った。 驚いて目を丸くする俺を見て、スザクは悪戯が成功した子供のような満面の笑みを湛える。 舞い散るのはやっぱり、赤い赤い、深紅の赤だった。 「おめでとう!」 嬉しそうに笑うスザクに、つられて笑みが溢れる。 あぁ、 「ずっと、きみにあいたかった!」 『ルルーシュ、この赤いのなんだ?』 『バラ…薔薇だよ』 『ば、ら…?』 『そう。こっちでは珍しいのか?』 『向日葵ぐらいしか見たことねーや』 『…勿体無いな、僕は好きなのに』 『そうなのか?』 『あぁ。母上も、大好きな花なんだ』 『…』 『なんだ?』 『べ、べつに』 『ああそうだ、花言葉は』 声が聞きたいなと思った時にはいつも電話がかかってきて あいたいと思っていた時にはいつも隣にいて 寂しいと感じた時は力いっぱいに抱き締めてくれた 会えない時もずっと、あいたかった 「薔薇の花言葉は、覚えているか?」 手に受け取った真っ赤な薔薇がそよそよと風に揺らぐ。 微笑むと、スザクも照れくさそうにはにかんだ。 「愛」 どんな時も あなたにあいたい ABC@/夜兎様 お題元:確かに恋だった ← |