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太陽の下、私とオレンジ、シトラスの香り
記憶がない、とその少女は言った。
なら、これから作ればいい、とその男は答えた。


何を思ったのか、ジェレミア・ゴットバルトという男は広大な土地でオレンジの栽培を始めることにしたらしい。
何故それに自分も付いていったのかは、今となっては最早忘却の彼方、さして重要なことではない。
アーニャにとっての目下最重要事項は、オレンジを育て、その生長を日々記録することだった。


「ああ、そういえば昔やったわ、ミニトマトの栽培とか観察記録とか。小学校の理科の授業だったわね」

これまたどういうわけか、オレンジ農園にカレンとジノがやってきた。
日本でいう『夏休み』を利用して、ブリタニアの知人に会いに来たらしいカレンと、ジノが連れ立ってやってきたのは少々珍しい組み合わせのような気もするが、「偶然行き先が同じだっただけよ」とカレンは素っ気無い。
もっとも、ジノは全く気にしていない。
いつも通り屈託の無い笑顔で

「そうなんだ? 俺はわかんないけど」
「あーあんたはそーでしょーよ」

名門貴族の子弟は学校に行って集団で勉強するのではなく、家庭教師を招いて教育を受けることも少なくない。
アーニャも黙って頷いた。
アールストレイム家も、宮廷に娘を行儀見習いに出せるほどの家だ。
ナイトメアフレームを自在に操るナイトオブラウンズのメンバーだったとは言え、この二人は本来であれば良家の子女というものだったのだ。
たぶん、彼らには、カレンのように友達と一緒に走り回ったり、机を並べて勉強するということには縁がなかったのだろう。
仮に学校生活を送ったことがあったとしても、一般庶民のそれとは大きく違うものだ。
少なくとも植物の栽培の経験などはないだろう。

「そう。だから、こんなことしたことなかった」

アーニャの手には相変らず携帯電話が収まっている。表示して見せたのはオレンジの木だ。

「毎日変わってる」

スライドショーにした画像は同じアングルで撮影したものだが、画像が変わるたびに、木の様子が違う。
まるで生長をそのまま収めたように、画像は刻々と変化し、最後には鮮やかなオレンジ色の果実を付けていた。
次いで表示されたのは、画像に添付された形でのメモだった。
短いが、毎日所見が綴られている。

「すご……。これ立派に観察記録よ」

小学生の観察日記とはわけが違う。
克明な記録だ。

「……植物は、毎日育つものだから、きちんと記録をつけなさいって」

あの人が言った、とアーニャはいつものように表情に乏しい顔で呟く。
ただ、声だけがわずかに起伏を見せていた。

「これを記録したのは私だから、この記録は、私の記憶でもある」

ギアスによる干渉が解除されたといっても、『記憶を改変された』事実は残る。
けれど、このオレンジの生長を記録したのは、間違いなくアーニャが自分自身で、自分の意思でしたことだ。

「よかったじゃん、アーニャ楽しそうで」

ジノの能天気なくらい明るい声に、

「……楽しそう?」

アーニャは訝る。

「ん。ナイトメアに乗ってるときより良い顔してると思うぜ」

そうなのだろうか。
自分の表情は自分では見ることができない。
だからアーニャはそんなことはわからない。
けれど

「オレンジを育てて、収穫して、食べるのはおいしい」

そう答えた。

「そりゃ違いない」

ははは、と声に出してジノは笑う。
その笑い声につられたかのように、畑の主が、籠いっぱいのオレンジを持ってやってきた。

艶やかなその皮からは、爽やかな柑橘の匂いが漂っていた。
それは、穏やかな世界に生まれた果実そのものだった。


081212 陸
ほんとはアーニャとジェレミアの話だったのに、あまりにも動かなかったので、ジノ+カレンにお出で願った。皆元気にやってればいいよ。


あきゅろす。
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