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幸福の在り処
神聖ブリタニア帝国皇帝の血を受け継ぐといっても、母親は庶民の出であり、それゆえに父と呼ぶべき男の他の妻たちからは疎まれ、嘲笑を浴びせられることもあった。
自身も第11皇子にして第17皇位継承者と、随分半端な身分に甘んじていたが、それでもルルーシュは母と妹がいればそれでよかった。
他の異母兄弟に何を言われようと、欺瞞と陰謀渦巻く皇室に置かれていても、帰る場所はいつだって用意されていた。



「ねえ、おにいさま、ほんとうにこっちにあるの?」
「ほんとだよ! もうすぐしたら出るから!」

おようふくがよごれないかしら、とおそるおそる足を進めるナナリーが自分の後ろを付いてきていることを確かめながら、ルルーシュは少しだけ駆け足になる。ナナリーが自分を見失わない程度の速さで。

がさがさと道なき道、あるいは茂みや植木の隙間を掻き分けてあの場所に出たのは、全くの偶然だった。


母が本に挟んでいたしおりは相当年季の入ったものらしく、ところどころに皺が寄っていたが、押し花にされていた葉はまだ青かった。

『四葉のクローバーを見つけると、幸せになれるって言われているのよ』

まだ若い頃に見つけたクローバーを大事に押し花にしてまで持っている母は、少しだけ照れて笑っていた。

じゃあ、新しい四葉のクローバーを見つけて持って帰れば、母さんは喜ぶだろうか、とルルーシュは行動することを許された範囲を歩き回った。
帝都ペンドラゴンの象徴とも言うべき皇宮は冗談のような広大さを誇っていたが、マリアンヌ母子に与えられたアリエス宮は、その広大な敷地のほんの僅かな部分でしかない。
それでもまだ十に満たないルルーシュの足で行けるところなど高が知れている。
上質の生地で仕立てられた服を小枝に引っ掛けながら、品良く切り揃えられた髪に葉がくっつくのも無視して、ただがむしゃらに歩く。
そしてあの白と緑に満たされた場所に出られたのは、本当に幸運なことだった。


 
「ほら!」
「うわぁ……」

兄が指差した光景に、ナナリーは息を飲んだ。

「すごい、これぜんぶクローバーなの?」

敷き詰められたように群生する緑の葉に、シロツメクサの花がそこここに咲いている。
皇宮に数居る皇妃たちが好む丹精された庭園ではないが(きっと彼女達は雑草などには目もくれないだろう)、そこは確かに幼い二人にとっての秘密の花園に他ならなかった。

「そうだよ、僕が見つけたんだ!」

得意気に笑うルルーシュに、ナナリーは「おにいさますごいー!」と無邪気に抱きつく。
けれど、よくよく見渡せば、その場には先客がいた。

「ナナリー?」

舌足らずな呼び声は、ルルーシュたちにとっても聞き覚えがあった。その鮮やかな髪の色も。

「ユフィ」

ルルーシュは驚いたように異母妹を見遣った。
母親は違えど、彼女もまたルルーシュにとって妹だ。
歳が近いこともあり、良い遊び相手でもあった。
きょうだいの大半が、母親の出自からルルーシュたちを低く見ている中で、ユーフェミアはそんなことを気にせず手を取ってくれる数少ないきょうだいの一人だった。
長い髪を風に遊ばせながら、二人のところへ駆けてくる。

「ルルーシュも来てたのね!」

嬉しそうに笑うユーフェミアを、ナナリーが見上げる。

「ユフィねえさまも、よつばのクローバーさがしにきたの?」
「ナナリーたちも? おんなじね!」

そう言ったユーフェミアに、ルルーシュも表情を和らげる。
この場所が自分とナナリーだけのものではなかったことに、ほんの少しがっかりしながらも、ルルーシュはユーフェミアと一緒に居られることの方が嬉しかった。 

「ユフィは一人なのかい?」
「ううん、あっちにコーネリアお姉様がいるわよ」
「だと思った」

ユーフェミアもまた皇位継承権を持つ皇女だ。
一人で歩き回ることは、彼女の母親が許さないだろう。
それでもユーフェミアがこうして太陽の下で遊びまわれるのは、優秀な護衛が付いているからだ。

「ユフィ、私からあまり離れないように……何だルルーシュとナナリーもいたのか」

そして今のところ、ユーフェミアが最も信頼する護衛役といえば、他ならぬ彼女の姉姫であるコーネリアなのだった。
淑やかな他の皇女たちとは違い武道に長けた戦姫だが、歳の離れた妹の可愛がり様は有名な話だ。

「コーネリア姉上はユフィのいるところにいるんだから」

少し呆れるようにルルーシュはコーネリアに向き直る。成長期を迎えてもいないルルーシュよりもよほど背の高い彼女は笑ってみせた。

「おまえだって、ナナリーの姿が見えなくなったら心配するだろう?」

年長者の余裕で、コーネリアは生意気な口を利く異母弟に切り返した。

「そうですけど……」

不服そうなルルーシュをよそに、ナナリーもコーネリアに懐いている。

「コーネリアおねえさまも、いっしょによつばのクローバーみつけてくれる?」

おかあさまにプレゼントしたいの、と、はにかむ幼い妹に、コーネリアは優しく頭を撫でる。

「そうだな、マリアンヌ様もきっと喜ぶ」

それからユーフェミアとナナリーは、きゃあ、と声を上げて、先を争うように膝をついてクローバーの群生を覗き込んだ。

「ルルーシュ、おまえは?」
「……探すに決まっているでしょう」

妹達に遅れを取った弟に声をかけて、その妙に意地を張っている様に、コーネリアは小さく笑う。
きっと早く自分で見つけたかったのだろう。
歳に似合わず聡いところがあるが、こうして見るとまだまだ子供だ。

「心配しなくても、クローバーはこんなにたくさんある。四人で探しても、四葉を見つけるのは骨だぞ」
「そんな心配してません!」

言いながらも、ルルーシュは躍起になって緑の絨毯に目を向けている。
意地っ張りだな、とコーネリアは口に出さず、苦笑した。
 
空は高く、陽射しは暖かく、風は優しかった。




「もうそんなに昔のことだったのか……」
 
皇帝の装束を纏ったルルーシュは、再びこの場所に立った。

あの時は、結局四人がかりでも四葉のクローバーは見つからなかった。
日が傾きかけたところでお開きとなり、ナナリーはそれを不満そうにしていた。
けれど、四葉のクローバーは見つからなくても、あの場に満ちていたのは、ごく当たり前の幸せだった。
今の自分には、どんなに願っても手から滑り落ちてしまうもの。

かつてのシロツメクサの咲く野原も、今はもうない。
ルルーシュがブリタニアを離れていた間に、その場所には新しい棟が建っていた。
あの頃の名残が何も残っていなくても、その地面に触れたのは、あの温かな記憶が確かなものだと思いたかったからなのかもしれない。
確かに、ここでやさしいきょうだいたちと笑いあっていたことを。
ルルーシュは静かに帽子を取り、跪いて頭(こうべ)を垂れる。
薄紫の瞳を閉じた横顔を黒髪が覆った。
それは記憶の弔い。
短い黙祷を捧げた後、ルルーシュは立ち上がり、踵を返す。
前を見据え、未練など断ち切るかのように颯爽と。


世界を壊す皇帝にやさしい記憶はいらない。
戻れない場所に預けたら、振り返らない。
 

ただ、あの日と同じように、雲ひとつ無い蒼い空に登る太陽が、ルルーシュの去ったその場所に、変わらぬ柔らかな陽射しを落としていた。




081211 陸
確かに存在していた時間


あきゅろす。
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