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誰かの願いが叶う頃
 
私の願いは、そんなに大きなものだったのだろうか。


旧植民エリアを訪れた折、現地の子供たちが歓迎の意を表して花束を手渡してくれたことがあった。
超大国からの解放も間もないその地域では、おそらくまだかつての宗主国に対する疑念や憎悪もあっただろう。
けれど、大人たちの思惑がどうであろうと、子供たちの笑顔とその手渡された花々は、確かに貴く美しいものだったのだ。

まだ幼い女の子の手から、ありがとう、と花束を受け取り、私は女の子の手を引いていた少年に気が付いた。
女の子よりは幾分年長だっただろうか。
緊張した面持ちで、舌足らずだが儀礼的な挨拶を述べる。
しかし、やはりまだその手も大きいとは言い難かった。
それでも、ぎゅっと包み込むように女の子の手を握り締めていた。
ああ、この子もやはり兄だったのだ、と思わされた。
そのとき、胸を衝いたのは寂しさか哀しさか。
あらゆる感情が渦巻いて、最早その正体は知れない。
ただ、渦巻く情動が静まったとき、あの兄妹がようやく柔らかな表情で笑い合っているのを見つけたとき、胸の内に広がった感情は憧憬だったのだと思う。
焦がれるような、憧れ。


人々が不滅の英雄を呼ぶ。
喧騒の中、私の慟哭を誰も聞かない。
その狂喜にかき消されていく。
誰も知らない。
悪逆皇帝と呼ばれた最後の王の願いなど。
長く見ることのなかったその顔。
呼吸を止め、穏やかに瞳を閉じた表情は、満足したかのように、きれいで。
私が見たかったのは、そんなお兄様ではなかった。
世界は平穏を手にし、私はたった一人の兄を喪った。


お兄様はたくさんの人の願いを叶えたかもしれない。
でも、私の一番の願いは叶えてくれなかったのですね。
いつだって私の望みを聞いてくれたのに。
どうして、欲しかったものは叶えられなかったのだろう。
お兄様はなんてひどい嘘吐き。
でも、それなら私は何という欲張り。
世界を壊し、創った人を、どうして私だけが独り占めできるというのだろう。
私のささやかだと思っていた願いは、いつから世界と天秤をかけるようなものになっていたのだろう。
この腕に抱けるものは、きっとそれほど多くはない。
それでも

「幸せな世界にお兄様といるのは、そんなにも過ぎた願いだったのでしょうか?」

応える人はもういない。


人々は誰に、何に怯えることもなく笑いあう。
あの兄妹のように。
私が欲しかったものは叶えられた。
一番大切な願いと引き換えに。
世界はこんなにもきれいでやさしい。
 
例えそこにあなたがいなくても。



081209 陸
もう一度あなたを抱き締めたい。できるだけそっと。



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