祈りの庭園
彼女は祈らない。
清閑な石碑の前、両手を組むことも、目を閉じることもしない。
ただ、どこかを真直ぐに見つめている。
風が幾つか通り抜けた。
鳥が飛び立つ音にようやく一つ瞬きをした彼女は、小さな溜め息をついた。
問い掛けるように差し出した指先に、気がついたようだった。
「幸せになってほしい人はみんな居なくなってしまいました。では何を祈ろうというのでしょう」
瞳に色はない。
それは自嘲しているようにも、怒りを隠しているようにも、哀しみに支配されているようにも見えた。
差し出した手をゆっくりとおろす。
その軌道を追って、彼女は俯いた。
「なんて、少しいじわるを言いましたね」
かすかな機械音とともに、ゆっくりと石碑に近付く。
指先で静かに触れると目を閉じて、確かめるように刻まれた文字を辿った。
「わたくしは叶えるために居るのです」
願いを。
負うべき業を。
それから、ほんの少しの、優しさを。
「すべてはすでに、託されたのですから」
だから彼女は祈らない。
両手を組むことも、目を閉じることもしない。
今はもう曇ることのない瞳で、ただ、前を見据えているのだ。
「さあ、行きましょう……ゼロ」
彼女はゆっくりと石碑から離れると、慣れたように車椅子を移動させる。
何もないまっすぐな道、すぐに背中を追う。
段差のないこの設計を指揮したのは、他でもない彼女だった。
081208 さくら
似たもの兄妹
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]
無料HPエムペ!