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ユニバース



ブリタニア首都・ペンドラゴンにある皇宮の蔵書といえば、並の図書館を凌駕するほどの膨大さを誇る。
背の高い書架が等間隔に並び、林立するそれらが床に濃い影を落としていた。
窓から射し込む陽の光が、空気中の埃を煌めかせ、何かの粒子のように見せている。
若き皇帝は、そこで書物を紐解いていた。

「君も物好きだ」

騎士は呆れたように息を吐く。

「休憩中にも読書だなんて」

休憩なら休憩らしく休んでいればいいのに、とスザクは手持ち無沙汰に適当な書物を手にとって、ぱらぱらとめくる。

「俺にとってはささやかな贅沢さ。お前こそ、わざわざ俺に付いていなくてもいいんだぞ」
「君をほっとくと後がこわい」

冗談めかしてスザクが肩をすくめる。
けれど真に信頼できる人間は、ルルーシュが手中に収めているものに比べて、あまりにも少ない。
スザクはそれを知っている。だから、ここにいようと思った。
いくら強大なギアスの力を備えていても、ルルーシュ自身は生身の人間で、簒奪者ともいうべき彼に向けられる悪意や敵意は防ぎようが無い。
それに伴う危険も重々承知していた。
だが、当のルルーシュは軽やかに微笑んでさえみせる。

「心配しなくてもむざむざやられたりはしないさ。……あれが済むまではな」
「ルルーシュ」

常ならぬトーンの低い声に、

「スザクは心配性になった」

ふざける様にルルーシュは応じる。
かわされたな、とは思ったが、あえて口に出すことも無い。

「……そうかな」
「ああ。昔はもっと単純で、無鉄砲で、考え無しで、こっちの心臓に悪かった」
「何かすごく失礼なこと言われてる気がするけど。……ま、人間変わるものだよ」
「そう、だな」
 
それっきり言葉が交わされることもなく、ルルーシュがページを繰る音だけが、ひっそりとした書庫にしばらく響いていた。
窓から射し込む陽の光が心地良い温度で、うっかりすれば瞼が重くなりそうだった。

(授業中によく寝てたルルーシュの気持ちが、何かわかった気がする)

もっとも彼の場合、それと気付かれないように眠るのが異様に上手かったのだが。
それももう、今となっては遠い昔のようで。
ぱらり、とページがめくられる乾いた音が、スザクの意識を辛うじて現(うつつ)に引き留めていた。

「もっとも長く生きた人間は百二十二歳だという記録がある」

おもむろにルルーシュがそんなことを言うので、スザクも顔を上げた。

「お前が人間の限界まで生きるとするならば、あと百年余りは生きることになるな」

冗談交じりのルルーシュの言葉に、「そうだね」と返す。
それもまたどこまで真面目なのか図りかねるような口調で。
スザクは『生きること』を強いられている。
どれほど危機的状況に陥っても、あらゆるものを犠牲にしてでも、スザクは生き延びなければならない。
それが絶対遵守のギアスの力。
よほどのことがない限り、その『呪い』は彼を生き延びさせる。
もっとも本当に百年生き永らえるというのは、少々無理があるだろうが。
言葉の文に持ち出された年月は、実際気が遠くなるような時間だ。

「百年か……」

口に出したところで、その時間の長さは実感できない。
とりあえず今まで自分が生きてきた年月を五倍した程度だと、あまり意味の無い計算をしてみただけだ。

「人の歴史の記録上で争いがなかった時間が、どのくらいか知っているか、スザク?」
「さあ。見当も付かない」
「すべて合わせても、有史以来その時間は三百年にも満たない」

言い換えれば、束の間の平穏の他には、常にどこかで戦火は上がっているということ。

「まったく人間と言う生き物は……」

嘲るようなルルーシュのその言葉は、そう言った自分自身に向けられていたものかもしれない。
手に取っていた本を閉じ、思考するようにその薄紫の目も瞑る。

「千年の平和など約束はできないが、百年くらいなら保たせてみせるさ」

他愛ない会話の中で、その言葉だけが確かな重さを持っていた。
お前が生き抜く、その時間くらいの平穏ならば。
開かれた紫水晶のような瞳はそう告げていた。
その眼がとても穏やかで、スザクは一瞬言葉を忘れる。
覚悟を決めた人間が、どうしてこんなに綺麗な顔をするのだろうか。
その表情に曇りなどなかった。
覚悟を決めたからこそ、だろうか。

「傲慢だと思うか?」
「……いいや、君ならばやり遂げるよ」

そのために、汚名を着てでも、為してきたことがある。
後世の人間は、彼を、魔王、悪逆皇帝と罵るだろうか。
でもきっと、ルルーシュはそんな悪意もすべて自分一人で持っていくのだ。
願いと約束を残して。

「お前は、穏やかな世界で生きろよ」

残酷なことを彼は言う。
それをそうと知っていて。
だからこそ『残酷』なのだ。
けれど、それを望んだのもまた自分なのだとスザクは知っている。
枢木スザクの名を捨て、世界に捧げられた『英雄』として生きていくという贖い(あがない)。
それはなされなければならない。
たとえ、それが誰にも理解されずとも。
とてつもない代償を払ったとしても。
無二の友をその手にかけたとしても――

「俺がお前にやれるのは、百年の平穏と孤独だ」
恨むか、と、ルルーシュは口にはしなかった。
ただ、スザクをじっと見て、やがて目を閉じた。

「いつかの星の話と同じだ」
「……ああ」

スザクも心得たように、そう答えた。
覚悟を決めようと思った。
生きていくことを諦めることを、やめた。
この命と時間は、自分だけのものではないのだから。

「わかってるよ。俺はひとりじゃなかったってこと」

その返事の代わりに、ルルーシュは笑ってみせた。
アッシュフォード学園の生徒会室で過ごしていた時のように、どこにでもいる18歳の少年のように。


時刻を確認して、皇帝は踵を返す。

「時間だな。……行くぞ、『ナイトオブゼロ』」

ささやかな楽しみの時間は終わり。
さあ、その歩みを進めるとしよう。

「イエス、ユアマジェスティ」

騎士もまたそれに続いた。
歩くたびに、対を成す白と黒のマントが空気を孕んで揺れる。
まだ立ち止まることは許されない。
今許されているのは、こうして共に歩くことだけ。
それも決して長い時間のことではないと、知っていた。


そして、世界は終わり、始まった。


一日の終わり、仮面を外した『枢木スザク』は星を見上げる。
夜の匂いも、『アルファルド』と呼ばれる小さな光もあのときと同じようなのに、今はもう自分は一人でここにいる。
けれど、知っている。決して孤独ではなかったこと。
願いもこの命も、そして世界そのものさえも彼の形見だ。

「だから、俺はそれを守ろう」

誰にも聞かれないその誓いは、宵闇に融けていく。
降るような夜の光に思わず伸ばした手の先、赤い星が一つ瞬いていた。


090228 陸
『30 minutes〜』の続き。ようやくルルとスザクの話になった。
090303 タイトル変更。『スターゲイザー』→アルバム繋がりで『ユニバース』。名曲だと思う…!


あきゅろす。
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