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幸 せ に な る の に 理 由 な ん て い ら な い ( こ と は 理 解 っ て い る が 納 得 で き な い こ と も あ る 。)


「片倉サン、おはようございまぁす☆さぁさ、お早く!朝ご飯の用意は出来ていましてよ〜。」

早朝からあり得ない声に叩き起こされた俺は、目眩を感じながら何とか布団から這い出た。
這い出た拍子に柱で思い切り頭を強打して、更に目眩が酷くなる。目眩を通り越して、最早頭痛がした。
朝日が差し込む。
開かれた障子の向こうに見える庭は、白く照らされて美しい。
しかし俺の目の前は真っ暗だった。
その原因は間違いなく昨夜の出来事にある。
昨晩、たまたま俺の屋敷に遊びに来ていた愛姫様と、恐れ多くも月夜の語らいを楽しんでいた最中に、奴は現れた。
鳥に運ばれてやってきた忍。
忍といっても、軍神の美しいくのいちではなく、哀しいことに橙色の軽やかな頭の中身をした真田の忍頭の方だった。
何故ここに丸腰の他国の忍が、と愛姫様と首を傾げ、不信に想いながらも俺は姫様を庇う形で前に出た。
何用だ、と問い掛ける前に奴は「お話が。」と切り出され出鼻を挫かれる。
そこからは、思い出すにもゾッとするが…、奴の爆弾発言が大いに炸裂した。

忍の話を要約すると、どうやら…我が主、政宗様と…この忍が………恋仲である…らしく、二人の仲を認めてほしい、そうだ。

それを聞いた俺は、開いた口がふさがらず始終開きっぱなしだった。
驚愕や脱力を通り越して忘我だこれは。
色々な想いが脳裏を掛け巡る中、俺は思わず助けを求めるように傍らの愛姫様を見た。
しかし、――失礼を承知で云うが、そこは矢張り政宗様の御正室、ただ者ではいらっしゃらないようだ。
少し考える素振りを見せた後、政宗様が選んだお方なら、きっと良い御仁なのでしょう、と一つ花のような微笑みを零した。
瞬間、忍は瞳を輝かせ、満面の笑みで愛姫様の御手を握る。
俺としては目玉が飛び出る勢いだったのだが。
もうどうすれば良いのか分からず、とりあえず自分で踵を思い切り蹴ってみた。かなり痛かったので、夢ではないらしい。
夢なら醒めてほしい、という俺の願いはあっさりきっぱり消滅した。
現実であっても、認めようがない…。

応えに窮しまくって、傷の癒える気配もないまま、この朝を迎えたのだった。
目眩と頭痛の両方を抱え、ついでに貧血まで引き起こしそうな身体を叱咤しながら、俺は自室を後にした。
何やら良い匂いがする、と想ったら、すで朝賞が用意されていた。白くつやつやとした米、品良く添えられた茹で野菜、湯気が立ち上る吸い物。
美味そうではあるがいつもと様子が違うな、と想って、ふと目の前に奇妙な生き物がいることに気がついた。
愛姫様と談笑している、蜜柑頭の、その出で立ち。
桃色の布がふんだんに使われた、異国の女性用前掛け。
それは政宗様が愛姫様に差し上げた物ではなかったか。
何故それを忍が着用しているのか。
そして朝からこの破壊力のある画は何なのか。視覚的暴力だ、これは。
うっぷ、と俺が手で口を押さえていると、忍がわざとらしくこちらを見て、わざとらしく裾を翻した。
おはようございます☆という声音もわざとらしい。
ご飯冷めちゃいますよ、諭されて、胸の裡を暴れまわる苦痛という何かと懸命に戦いながらも愛姫様をお待たせすると悪いと想い、黙って席に着く。
どうやら食物はこの忍が作ったようだ。
俺の向かいに愛姫様、その隣ににこにこと笑う忍。
何だこれは。
何なんだ、この構図は。
二十と幾年、それなりに克己して生き、幾度も修羅場を潜り抜けてきたが、このような不可思議な空間に存在したのは初めてだぞ…!
得体の知れない生き物が、召し上がれ、と告げるのを俺は呆然と聞いていた。

「…その格好は何だ。」

とりあえず、そこから聞いてみた。
何だそのびらびらは?じゃない、何だその色は?でもなく、ええい、何が何だかわからねぇ、というか、どこからつっこめばいいのか…!

「え、似合います〜?お姫さんからお借りしたんですよ☆」

にやにやと笑う顔が途轍もなく不愉快だ。
何よりも不気味だ、不気味。
俺に不気味だと想われていると知らない男の隣で、愛姫様は吸い物を吸っておられ、にこやかに美味しいですよ、と俺に薦めてくる。
目の前の食物をじっと見つめてみた。
俺の食事だけに毒でも盛ってそうだ、この男は。何故か俺に対する悪意や敵意がびしばし伝わってくる。
俺が政宗様の片腕だからか?ならば残念だな、貴様に望みはないぞ。
しかし愛姫様の手前、食べないわけにもいかず。内心警戒しながら、吸い物、米、おかずの順に口を付けた。
ちら、と前を見ると、忍とばっちり目があった。どうやら俺が食べる所を凝視していたらしい。言葉を待つように、何を意図してか、わざとらしくこちらを見つめてくる。何のつもりだ貴様。
見た目通り、まあ美味かったが、それを正直に云うと確実にこの男は調子に乗るだろう。
俺は努めて冷たい声を出し、

「…米が水を吸いすぎている。分量が多いんじゃねぇか。それに吸い物の味が濃い。野菜も茹ですぎだ。」
「え…っと、その、竜の旦那、濃い味の方が好きだから、つい。」
「料理とはそんなもんじゃねぇだろう。」

次々と口をついて出る言葉。
…これではまさに、嫁をいびる姑の台詞じゃねぇか…!
誰か俺を止めてくれ…!!
俺が胸の内の叫ぶ最中、消沈した様子の忍を、愛姫様が慰めている。
「好みの味にあわせて差し上げるなんて、政宗様は幸せなお方ですわ。」なんておっしゃって、心配げに俺に視線を投げかけてくる。
何だ、この嫌な空間は。
ものすごい勢いで俺が悪いことになっているような。
悪いのは俺か?俺なのか…。
その時、にわかに外が騒がしくなった。
慌ただしい足音の後、スパーン!と襖が外れ、殴り込みと云っていい勢いで、何者かが飛び込んできた。
虎哉和尚の元に行っていた、政宗様だった。

「お前、何やってんだ!」
「あ、旦那。」

心配したじゃねぇか、という言葉から聞いているこちらが痛々しい惚けという名の説教が始まった。のろけ。そうだこれは惚気だ。
口を挟まなければどうにもならなさそうだったので、とりあえず割り込んでみる。挟んだところで、どうにもなるまいが。

「…政宗様。お帰りになられて、私共には挨拶もなしですか。」
「あ、悪ぃ。今帰ったぜ、愛、小十郎。」

政宗様はそれからすぐに忍に向き合って、前掛け似合うな、と到底正気とは想えない事をのたまわっている。愛姫様も、面白い方ですね、と好意的だ。
政宗様…!
俺はこのような状況を迎える為に、今日までお仕えしてきたわけではありませんぞ…!!
がっくりと肩を落とす俺の目の前で、更に二人の衝撃的な会話は続く。

「旦那が教えてくれた料理さ、片倉サン、不味いって…。」
「ん、どれ。」

忍は先ほどまで自分が使っていた食器から、食物を差し出す。
いわゆる、はい、あーん、の状態だ。
ぐふ…!今自分で云って傷が深まったな。我ながら、きつい。
政宗様は味わうように咀嚼して、それから、きっ、と俺を非難するような瞳で見てきた。
何だ?政宗様、何ですか、その目は。
俺に何か云いたいことがあるのですか?
俺は貴方に云いたいことがたくさんありますよ…!!

「美味いじゃねぇか。」
「…不味いとは、申し上げておりません。事実を述べたまでです。」
「味が濃い方が好きだって、お前も知ってんだろ。」
「ですが米は柔らかすぎ、野菜は茹ですぎです。手を抜いていると想われても仕方がないのでは?」
「…佐助が気に入らねぇのか。」

何かますます違う方向に行っている気がする。
政宗様の低い声、機嫌を損ねる一歩前だ。
だが俺は敢えて云いたい。
気に入らないも何も、奴は他国の忍で長で敵ではないですか。
正論のはずなのに、物凄い勢いで不利になっていく。
何故だ…。
俺の苦悩を後目に、忍は殊勝に割って入ってきた。
宥めるような仕草は相変わらずわざとらしい。

「旦那、片倉サンは悪いところを指摘してくれただけだよ。手を抜いたわけじゃないけど、別に…。」
「違うだろうが。俺が云いてぇのは、小十郎、お前が何が嫌なのかってことだ。…はっきりしねぇのは、嫌いなんだが。」

ですから何故その男なのですか!?
と大声で叫びたい。
愛姫様はおろおろと、こちらを見守っている。姫様…いえ、良いのですが…。
あまりの事態に嘔吐しそうだ。
沸騰しそうな頭、このままでは高血圧で殺される。むしろそれが狙いではあるまいな。いい加減気を失ってしまいたいが、現実はそう甘くない。
忍を見やると、何故か庇うように政宗様が身を乗り出す。
男前に育って下さったことは嬉しく想うが、今はただ政宗様が俺の知らない世界へ行ってしまったことを見せつけられるばかりだ…。
胃が痛み出した俺を見て、政宗様の影で忍が鼻で笑った気がした。
思わず腰に手を当てるが、刀は自室に置いてきたことを思い出す。
最早。
最早耐えきれなかった。限界だ。完全に俺が悪人ようだ。
そうか、俺が悪いのか、申し訳ありません政宗様…。
大体、この状況についていけない辺りで、俺の敗北は決定的だったのだ。
この場合、俺の頭が堅いのか、それとも……。
いや、よそう。俺は最早脱落していたのだ。
そう認めてしまえば、まだ救われる、はず。

「気に入らぬことなど……ありま、せん…ッ!!」
「小十郎…!」

血を吐くような俺の言葉に、政宗様は瞳を輝かせた。
仕方がない。この場は譲るが、この先この不愉快を通り越して不快な生き物と和解することはないから、覚悟しておけ…!
よかったですね、お似合いですわ、と微笑む愛様、審美眼は確かですか。
そして政宗様、照れないで下さい。


「あ、片倉サン。ちなみに俺が食べる方ですからね?」


この場で暴れ出さなかった俺は、大変大らかな人間だったのだと想い知った。






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