「約束よ!」



絡んだ小さな指。

にっこりと笑った無邪気な顔。



戯れで交わしたはずの約束が、いつしかこの世界を生き抜く心の支えになっていた。









指きり、げんまん









「シカマル、今日来るでしょー?」



任務後の帰り道、偶然にも顔を合わせた幼馴染にいのがそう聞けば、少年は気だるそうにあぁ、とだけ答えた。

一緒に歩いていたチョウジにも同じように聞けば、もちろん、とにっこりと笑う。

「だって二人の誕生パーティーだもん。今年もお祝いしなきゃね。それにごちそうがいっぱいだし」

うきうきと語るチョウジの姿に、シカマルといのは顔を見合わせて同時に噴出す。

「やっぱそれかよ」

「チョウジだもんねー」

クスクスと笑い続ける二人に気を悪くするでもなく、チョウジも同じように嬉しそうに笑った。





下忍の頃はいつも一緒だった猪鹿蝶の三人も、昇進していく中でバラバラに任務をすることが多くなった。

当然の流れではあるが、心のどこかに巣食う一抹の寂しさ。

それぞれの道を進んでいく中で、今までと同じように過ごすことは出来ないとわかっている。

だからこそ、こうした時間は大切にしたいと思っていた。

今日のように、こうして出会った偶然を。

幼い頃を昔とせず、足掻くように毎年催される行事を。

いつも、大切にしていきたいと――――――。







「じゃあまた後でな」

「ママ達張り切ってるから期待していいわよー、チョウジ!」

「ほんと? 楽しみにしてるねー!」

そう言って三人は笑顔で別れる。









その日は九月二十二日で、シカマルの十六歳の誕生日。

次の二十三日は、いのの十六歳の誕生日。

その二人の誕生を祝い、猪鹿蝶の三家で二十二日の夜から翌二十三日の夜までパーティーが開かれる予定だ。

どこで開くかは年によって違うのだが、今年は山中家で開かれることになっていた。









それは夕暮れが綺麗なある日の出来事。

虫の音が響き、風も少し肌寒く感じる、昨日までと同じ秋晴れの日だった。



















日が暮れると同時に、山中家に乾杯の声が響く。



男達は早くもほろ酔い加減で上機嫌、女達はそのおつまみやなにやらで忙しなく動いてはいるが皆笑顔である。

チョウジはもちろん食べ物の前から動かない。

いのとシカマルは大人たちの犠牲にならないように、少し距離をおいてその様子を楽しげに見ていた。









そんなどんちゃん騒ぎがまったく衰えない深夜。

いつものこと、と子供たちは先に休むことにする。

チョウジにいたっては満腹からくる睡眠欲のためか、すでに半分以上目が閉じていた。

「ほら、チョウジ。あと少しだから頑張って!」

「ん〜・・・」

「おら、しっかり歩け。あと二メートルだぞ」

両側からチョウジを支え、いのとシカマルは用意された部屋へとなんとか運ぶ。

どんな任務よりも必死かもしれない顔でその体を布団に横たえれば、すでにチョウジは夢の中だった。





「ふぅー・・・。なんとか運べてよかったわね」

「九月といってももう肌寒いからな。風邪引いちゃシャレになんねー」

布団をかけてやりながら、いのとシカマルは穏やかな目でチョウジを見る。

薄っすらと笑みを浮かべた、満足そうなチョウジの寝顔。

二人は顔を見合わせて笑い合うと、そっと部屋を後にした。



















「さぁて・・・。いったいいつになったら帰ってくるのー?」

自室へと入るや否や、いのはくるりと振り向いて拗ねたように唇を尖らせた。

視線の先には言わずと知れた幼馴染。

だがシカマルはずっと一緒だったのだ。

それなのに、「いつ帰ってくるの?」 と聞くのは要領を得ない。

普通であるならば、「何を言ってんだ」 と呆れられるところだが、シカマルは苦笑を浮かべるのみで、何も応えなかった。



そんな様子にいのの頬がますます膨らむ。

「もう“今日”は十分しかないのよ? 私におめでとうも言わせないわけー?」

睨んでみても、幼馴染は困ったように笑うだけだ。

いのの愚痴に近い問いかけに答える様子もなく、部屋に入った時から一歩も動いた気配はない。



まったく反応を示さないシカマルに、いのはため息をついて時計を見た。

今日・・・二十二日が終わるまであと七分。



恨みがまし気にもう一度シカマルを見るが、彼は先程と変わらず笑みを浮かべ立っている。







「・・・帰ってくるって、言ったのに・・・」



次第に潤んでいく水色の瞳。

午前零時まで、あと三分。







零れそうになる涙を拭おうと手を上げた、その時。











「いの」

「・・・っ!」

重ねるように触れてくる手。

もう片腕は後ろからいのを抱きしめる。

「ただいま」

耳元で囁かれた低い声。

その声に、いのはすぐさま振り返り、縋るように細い腕をその首に回した。

「おかえり!」

そして少し体を離してもう一言。

今日という日が終わる前に、これだけは伝えなければ。

「誕生日おめでとう、シカマル」

にっこりと笑って言えば、照れくさそうな微笑が返される。

いのの後ろでは、先程まで入り口で立っていたシカマルが煙とともに消えていた。











「もう間に合わないかと思った」

いのが膨れて見上げれば、シカマルは苦笑する。

「影分身に 『おめでとう』 って言わなきゃなんないのかと思ったわー」

「悪い。少し手間取っちまって」

「あら、暗部の朧さんを手こずらせるなんて、結構強かったの?」

「それほどじゃねぇが数が半端じゃなかったんだよ」

首をかしげるいのにため息をつきながら言えば、ぽんぽんと頭を撫でられる。

どうやら慰めてくれてるらしいそれに少し目を丸くすると、穏やかに目を和ませた。







暗部の中でも五指に入ると言われる朧。

それがシカマルのもう一つの顔だった。



今の服装も漆黒の上下に白のベスト。頭にちょこんと乗っているのは顔を隠すための面。

それらが指し示すのは、シカマルが暗部所属であるということ。

そしてそれは両親さえも知らない真実。いのと火影しか知らない事実だった。





「それよりいの」

「ん? なぁに?」

小首を傾げるいのにゆったりと微笑んで、シカマルは想いを込めて言葉を紡ぐ。



「誕生日、おめでとう」



時計はすでに十二時を回り、今日はもう二十三日だ。

シカマルの言葉に目を瞬かせると、いのは頬を赤く染め、嬉しそうに頬を綻ばせた。

「ありがとう、シカマル」

「それから、これ・・・」

差し出されたものは小ぶりな箱。

いのは綺麗にラッピングされたそれを両手でそっと受け取り、窺うようにシカマルを見上げた。

「ありがとう・・・開けてもいい?」

「どうぞ」

シカマルが頷けば、にっこり笑い嬉しそうにラッピングを解いていく。

気持ちが逸りながらも丁寧な手付きで開いていくいのを、夜色の瞳が愛おしげに見つめていた。

現れた箱をそっと開ければ、そこに鎮座するのは一対のサファイアのピアス。

「わー、綺麗! ――――――・・・どう?」

鏡台に駆け寄り貰ったばかりのピアスを着けて、いのがシカマルを振り返る。

照明にキラリと光る深い青。

いのが身じろぐ度に揺れて輝くそれは、肌の白さと蜂蜜色の髪に良く映えていた。

「あぁ・・・似合うな」

「ありがとう、シカマル!」

ホッとしたようにそう呟くと、顔を輝かせたいのがシカマルに抱きついた。







「あ、そうだ私からも・・・。ちょっと待ってね」

「いの?」

そう言ってやおらシカマルから離れたいのは、もう一度鏡台の前に立ち、結っていた髪を下ろすとリボンを付け始める。

突然の行動の意図がわからず、シカマルは不思議そうにそれを見つめた。

「んー・・・、もうちょっとこうかしらー」

髪を梳き何度か形を整えて満足のいく仕上がりになると、いのはシカマルの前に戻ってきた。

「はい、出来た!」

「どうした?」

「今年のプレゼントは私よー。約束どおり・・・ね」

「・・・!」

にこにこと笑みを崩さないいのに、シカマルの瞳が見開かれた。

信じられない、とばかりに口許を手で覆い、穴が開きそうなほどいのを見つめる。

「・・・・・・本気で言ってるのか?」

「なに言ってるのー? 本気に決まってるでしょ!」

何かの間違いじゃ、と思わず口から出た問いに、憤慨したいのがキッと睨む。

「なによー! あんたにとってあの約束は本気じゃなかったわけ!?」

「いや・・・・・・そういうわけじゃ・・・」

そう言ってシカマルは少し戸惑ったようにいのから視線を逸らせた。





そういうわけじゃない。

確かに最初は本気で口にしたものではなかったが、あの日交わした約束は、いつの間にか心の拠り所になっていたのだ。

闇に迷い、不安に駆られ、精神が蝕まれそうになっても、たった一度戯れのように交わした約束だけは明るい光を放ち自分を前へと導いてくれた。

大切に心の奥へと仕舞っていた、宝物のような思い出。







「じゃあ、なによ?」

いのの声に少しだけ苛立ちが混じり、空色の瞳が不安げに見上げる。

何か言わなければと思うのに、上手く言葉は出てきてくれなかった。





大事な、大事な約束だった。





だが同時に、それが果たされることのない約束だとも思っていたのだ。

いや、期待していなかったと言ったほうがいいだろう。

あんな約束を躊躇なく交わしてくれたというだけで充分―――そう思っていたから。







「・・・・・・もしかして・・・私じゃだめなのー・・・?」

戸惑ったまま、何も言わないシカマルに、ついにいのの顔が泣きそうに歪む。









―――そういえば、あの時もこんな顔してたな。









こんなときなのに、脳裏に幼い頃の出来事が蘇る。

今よりも小さな二人。

穢れた指に絡む優しい体温。

それは今も色鮮やかな、一度だって忘れたことなどない思い出だった。



→2




あきゅろす。
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