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『見ていたのは月だけです。』

そんなお伽噺のような言葉はいらないのだけど、
いつだって手を繋いだりしたい気持ちはほんとう。





月と手を伸ばせば




二人で、だらだらと布団に寝転び、さっきまでの行為の余韻と気怠い空気を、夜風と煙草で掻き消した。
互いに妻がいる分、この時間だけほんの少し中禅寺が自分の手に届いたような気がする。我ながら乙女のような思考回路にため息が出る話。
煙草をくわえたまま、少し転がり仰向けになり天井を見た。縁側の方から月明かりが漏れうっすらと白く光っていた。
そのまま目を閉じる。



「そのまま寝る気か、君は。」


少し不機嫌そうな声が横から聞こえて、慌てて目を開ける。
声の主の方を見ると声と同様に不機嫌そうな表情の中禅寺がこちらを見ていた。いつの間にか吸っていた煙草は灰皿行きになったらしい。


「だって疲れたんだ。どっかの誰かさんが三回もやるから。」
「それは寝煙草をする理由にはならないぜ。火事になったらどうするんだ。」
「ははっ、君の家はきっと本が詰まっているからよく燃えるだろうな。」
「笑い事じゃない。勘弁してくれ。」


ごろごろと布団を転がって、中禅寺の隣まで近づく。
中禅寺は雨戸の近くで自分の煙草を吸っていた。

「うわ、やっぱりこっちまで来ると寒いな。雨戸を閉めないのかい?」
「駄目だ。本に匂いがつくだろ。それに君が服を着れば良い話だよ。」
「………着せて?」
「厭だ。」

あはは、と笑いながらまたごろんっと転がってそのまま中禅寺の膝に頭をのせた。



「ふふっ、あったかい……」
「なんだか今日の君は君じゃないみたいだね関口君。」
「そんなに変かな?」
「鬱病はどこにいった?」

「今日は幸せな気持ちにしかなんないみたいだね。
何故かなぁ、あんなに生きるのが苦手だったのに。」

「まぁ……、」

「?」



少し言い淀む中禅寺を不思議に思い、目だけ上に向けて顔を見た。


「たまにはそんな君にも付き合ってやろう。
どうせ一時的なものなのだろうからな。」


そう呟く中禅寺は頑なに目線をこちらに向けることはなくて、なんだかとても。


とても愛しくなってしまった。



こんな時間を共有するのも、君を少しだけ自分のものにするのも、
夜の間だけのきっと月が見える間だけだけど、それでもこんな彼を知っているのは自分だけなのなら、その少しの時間すら永遠に変わる。


今ならきっとお伽噺のように幸せなシナリオを夢見てもいい。


そう思いゆっくり穏やかに笑えた理由を君に聞かれても絶対に教えてやらない。


















あきゅろす。
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