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雪花舞う空に




カタンカタンと汽車は揺れ、徐々に周りは白く染まっていく。
あまりにも幻想的な景色だったので嘘みたいだ、と思わず口にしていた。
そんな僕を中禅寺は一瞥しただけですぐに視線を本に戻してしまった。


今僕らは年末の休みを利用して小さな旅行に出ていた。
所詮、学生の貧乏旅行。
行けるところなど限られている。
だから僕達は寮からさほどはなれてない、しかし行ったことのない山の方の小さな村に行くことにした。

そこは小さいながらも温泉があるためにちゃんと観光客がくる村だという。

行ったことのない場所にいく楽しみと同時に、寮の外に出るという少しの畏怖を抱いていたところもあるのだが、なんとか欝も発症せずにすんでいるらしい。今のところは。


この旅行にいくようなったのはそう、そもそもここ数日の欝状態がきっかけであった。
正月休みに入る直前、僕は久しぶりに軽く欝に入っていた。
実家に帰省するのが本当に厭で、寮の管理人にどうしてもと懇願しているときに、中禅寺に見つかり、あっという間に管理人から引き剥がされた挙げ句、あれよあれよと旅行に行く約束まで取り付けられてしまったのだ。

『そんなに家に帰りたくないなら旅行にでも行かないか?』
『また欝になっているのだろう。湯治とでも思えばいいのさ』

欝に湯治も何もあるわけないと分かっていたが、なぜか理由もなく承諾をしていた。

今思えば僕は淋しかったのかもしれない。
淋しかったから実は欝になったような状態を装っていただけなのかもしれない。



それなら、これは中禅寺を利用したことになるのだろうか?


「関口くん」

急に声をかけられてビクリと我に返る。

「あ、中禅寺…な、何」

思わず声は震え、視線も中禅寺を捉えず彷徨ったようなふうになる。

「何ってもう降りるよ。うっかり乗り過ごされても困る」

そう言った後、中禅寺はさっさと席を立って、僕は置いていかれそうになった。

慌てて追い掛けようとしたら、荷物がないことに気付き、驚いて辺りを見渡すと、先に行っている中禅寺の手に荷物が二つあることに思わず困ったような笑みがこぼれてしまった。
そして急いでその後を追い掛けた。

汽車を降りるとそこは都会の喧騒とは無縁の静かな白銀の世界が広がっていた。
いまさっきまで雪が空を舞っていたからその白は何者にも汚されていないまっさらなものだった。


「すご…」

呆気にとられて見とれていると、中禅寺が近づいてきて僕の横に荷物を置く。
それでも動く気配のない僕に痺れを切らしたのか、僕の右手をぐいっと引っ張り歩きだした。
「うわっ!」
急に引っ張られたものだから、また驚いて悲鳴を上げる。
しかし次は荷物を見失わないようにしっかりと手に持って。
でも実際は繋がれた手が気になってしまって、心臓が早くなった。
そしてあっけなくも踏み荒らされる白に少し切なくなる。

ざくざくと雪を踏みならし、二人で歩いた。
会話はないし、相変わらず手も繋ぎっぱなしだったので僕は緊張してしまってどうしようもなかった。

中禅寺は相変わらず何を考えているのか分からなくて、結局この旅行の趣旨だって聞けずじまいだ。

そんなことを悶々と考えていてふと気が付けば、足はずんずん山に近い方向へ進んでいることに気付いた。

「ちょっ…中禅寺。そっちに宿はないんじゃないのか?どんどん山に近づいていってるぜ」

「君は黙って付いてくればいいんだよ関口くん」

人がせっかく心配して言ってやったっていうのにいつだって返事はこんなものばかりだ。
そんなことばかり言われていると自分がいる意味はじゃあなんなのだと、酷く苦しくて堪らない。

再び沈黙が戻る。

ざくざくと踏みならす音やたまにどこかから雪の滑り落ちる音。
聴覚の世界はただそんな単純めいた音のみで構成され、視覚の世界は白と灰だけで構成されていた。

それはまるで、

「…色が死んでいる、みたいだね」

独り言のように呟くと

「冬は死の季節だからな」

と返ってはこないと思っていた返事を中禅寺がしたものだから些か驚いた。

「春になって木々が花や新芽を付ければこの辺りも色付いて美しい景色になるのだろうな。春は再生の季節だ」

一瞬この雪が溶けて灰色に死んだ木々が色を取り戻し、その色の洪水の中を中禅寺と歩いている錯覚を起こした。

それは中禅寺が言うように、やはり素晴らしく美しい光景なのだろう。



「この辺では桜や梅が咲くのかい?」

「あぁ、わりと有名なはずだぜ」

「じゃあ、今度は…」

と、言い掛けたとき、不意に雪に足を取られた。

「関口ッ!!」


中禅寺が呼ぶ声と自分の体が雪に塗れて滑り落ちる音と衝撃しか感じなかった。


痛みもやり過ごし、気付けば落下は一瞬で終わっていた。

あまり痛まなかったのは中禅寺がとっさに繋いでいた手を引いたからだと思う。
だから引き摺られた中禅寺もろとも歩いていた道より1メートル程落下していた。


「………痛い」

「当たり前だよ。結構落ちたじゃないか。本当に君は‥」

いつものように中禅寺が厭味を言おうとしたとき、今の状況に気付いて目をみはった。


「中禅寺、あれ……」


中禅寺も辺りの様子に気付いたのか、言葉を切る。




そこには一面に真っ赤な椿の花が散らばっていた。
白く染まる地面に深紅の花がぽつりぽつりと映え、それはまるで先程頭に駆け巡った色の洪水―――

まさにそんな雰囲気だった。


「綺麗……」

「まわりに木がないのに花だけここに散らばっているんだな」

「木はどこにあるのだろう?」

「さぁ、知らないね。上を歩いているときさえ気付かなかった」

「風に運ばれてこんなところにまできたんだね」



本当に綺麗だと思った。


真っ白な雪の上で中禅寺と二人、真っ赤な花にまみれている。


なんて非常識な状況なのだろう。







しばらくの沈黙。



「ねぇ、中禅寺」

「なんだい」

「冬は死の季節なんかじゃないさ。だってこんなにも色が溢れているじゃないか?」


僕は散らばっていた花弁を拾い、中禅寺の上にパラパラとまた散らせた。



中禅寺は呆気に取られたような顔をしていたがすぐににやりと笑った。

「まったく、死の季節なんかじゃないね。ほらまた君は鼻の頭まで赤くしてる。風邪なんかひくんじゃないよ。」



そう言って中禅寺は起き上がり、まだ寝転んでいる僕にまた手を差し伸べた。

その雪のごとき青白い手に僕はつい呟く。


「手…」

「ん?」

「中禅寺の手…、綺麗だ」

「君は………めったなことを言うんじゃないよ」


そう言って互いに冷えきった手を取ると冷たさは音を立てるように消えていった。
温かさがじんわりと広がる。


「急ごう。もうこんなに日も落ちてしまった。」


そう言って再び歩きだした二人の手はやっぱり繋がれたまま。
僕もさっきと同じような胸の高鳴りを感じていたのだけど、それは確実に先程感じていたものとは種類が違うと思った。


二人が去り落ちる寸前の日の光のなか、一枚の花弁が宙を舞った。

また雪が降りそうだった。



















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