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死ネタ注意。






干枯らびてた毎日よ

音を立てて剥がれ落ちてゆけ





雨待ち風





哀しくなんてなかった。


ただ心に風穴が開いたように荒んでいただけ。









中禅寺秋彦が死んだのは冬だった。




一面真っ白に雪が積もった早朝であったから音もなかった。

全ての音は雪に消え、唯シンと静まり返っていた。





関口巽はその報せを聞いたとき、顔こそは蒼冷めていたが、涙や哀しみなどは一切見せず、むしろ微笑みさえ浮かべ唯一言 お休み京極堂、と呟いただけであった。



そして多くの知人や生前関わりのあった人々に嘆かれ、惜しまれ―――

中禅寺秋彦、彼の人は白い煙と小さな骨だけになってしまった。







病死だったという。







最後に看取った千鶴子は苦しまず眠るように逝ったと語る。


葬式の日、榎木津はそのように聞いた。
知りたかったわけではないが、あの仏頂面が本当にいなくなってしまった事を確認するための唯一の術だった。




有難うちずちゃん、と部屋を辞そうとしたら、彼女のとても小さな声に立ち止まってしまった。






「関口さんを支えてあげてください。」







思わず目を見開いた。





彼女は知っていたのだ。

自分の夫と関口との関係を。








榎木津は部屋の入り口に立ち止まったまま微かに泣きそうになった。






こんな道化を誰が終わらすというのか。


自分はその術を知らない。










千鶴子が穏やかに深い悲しみに暮れる中、榎木津が暗い苦しみに揺れる中、

関口は何も感じていなかった。





精神が乱れるわけでもなく穏やかに、緩やかに、何時も通りの生活を送る。


唯変わったのは喪に服したように黒い着物を着続けた事だけ。










「お休み」には喜びを込めて


やっと自分から解放された彼の心の平穏を心から願ったから


もう、やっと眠れるんだね




嗚呼、御免なさい












人が変わったようだと知人は語る。
精神不安定でいつもおどおどと怯える姿が自然に見えていた彼はどこにもいない。

今いるのは落ち着いた佇まいを見せる穏やかな関口だった。







病死なんかじゃない。

あれは情死だったんだ。


たった独りの彼の最期の選択。







追い詰めたのは、



自分。












「鳥口君。」

「あ、先生、原稿頂きにあがりました。書けてますか?」

「できているよ。あのね、鳥口君。」

「はい?何ですか?」








「もう、文章は書かないよ。」





柔らかく笑う。






「え………?」

意味が判らず問い返す鳥口。




「だからこれで最後にしたいんだ。」




「せんせ、何云って…」

「小泉さんにはもう云ってあるしね。」

「先生!」




「鳥口君。」





笑ったままだったがこの人は、



こんな哀しそうな笑い方をする人だったか?





「もう、書けないんだ。」


あの冬から、


泣きそうなほどきれいで、


一番始めに読んでくれる君






もういいだろ?







その日から関口は人前に姿を現すことはなくなった。









雪絵によると部屋に籠もったまま何かをしているようではあるが、外には出ないらしい。


身体を壊したわけではなく彼女にも優しい。







外気に触れるのを恐れるように

空を見るのを厭うように




唯閉塞された空間を生きた。



もう誰かを無くす(亡くす)事など耐えられなかったから。









雪は溶け、陽は暖まり、木々が芽吹き、激しい夏となった。







窓の隙間から差し込む陽が熱く皮膚を焼く。

日差しの暖かさなど疾うに忘れて、自分はこんなにも汗を掻く体質だったかと思い出し鈍く笑う。




「タツさん、お食事ですよ。起きてらっしゃいますか?」


妻の声が遠くから聞こえる。



「うん、起きているよ。」









取り繕ったような自分の声の痛々しさに彼女は気付いただろうか?



嗚呼、こんなにも自分は壊れている。










遠くまで続いてゆく空が唯青く、君のいない世界なのにやけに鮮やかに見えた。



それがとても厭だったのでゆっくり眼を閉じる。







君がいなくなった今だからこそ、

君の存在が色濃く頭に映り込むなんて




すべて何もかも誰か消し去ってください。














独りぼっちの部屋で顔を押さえた。
喉を抉るようなキリキリとした痛みに耐えると、絞りだしたような悲鳴のような声ともつかない音が漏れる。




窓の外には蝉が鳴いていた。






君は死んだのに、










何故僕は生きている?









僕の擦れた声が君に届くはずもないのに
声を必死に絞りだして唯、名を呼んだ。










雨が降るような、
あの日の空気を思い出すような、
湿気た空気だけ体を纏った。








抱き締めてくれる人などもう失ないのに。


















あきゅろす。
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