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夏のあの日、未だ残る彼の視線がまた私の肌を粟立たせるのだ―――…。









これは私が未だ幼く、兄と別々に暮らしていた頃の話だ。
その時兄は高校の寮に入っていたため、夏の長期の休みにしか会えなかった。


私はその機会をいつも心待ちにして、久方ぶりに会う兄に遊んでもらえることがただ嬉しかった。


しかし、その年の休みには兄は一人ではなく、友人を実家に招いていた。




「今日和。初めまして
  ――…関口巽です。」



少し困ったように笑うその顔は当時の私より人見知りそうで、不思議な印象がした。





「敦子ちゃんだよね…? 夏の間お世話になるので、よろしくね。」


そう云って私と視線を合わせたとき初めて私は感じた。




(この人は優しいんだ)




気恥ずかしくなりぷいっと余所を向いてしまったけど。



それから私が彼に懐くまでにそう時間は掛からなかった。


「せきぐちさん!」

「なんだい?敦っちゃん」
「かくれんぼしませんか!」




私の彼への熱心ぶりは親も呆れる程でよく関口さんはお客さんなんだから、と注意をされた。

でも子供だった私はそんなことはお構いなしにただ彼に構ってもらおうと必死だった。




今思えばあれが私の初恋だったのかもしれない。





でも、





「関口くん、昨日云っていた独語の話、教えなくていいのかい?」

「え!いや…教えてくれよ。御免、敦っちゃん、かくれんぼ後でもいいかい?」








兄だ。






そもそも関口は兄の客で、妹の私が遊んでもらうのは確かにおかしいのだけど。


その時はただいつも理由なく関口の隣に居れる兄が羨ましかったのだ…否、








酷く嫉ましかったのだ







嗚呼、やはりあれは初戀だった








「せきぐちさん…?お兄ちゃん!」


数時間経ち、私は兄の部屋に向かった。

陽もとうに暮れかけていて空は真っ赤に染まっていた。


兄の部屋までくるとドアに手を伸ばす前にそっと話し掛けるのが私の中の決まり。




「お兄ちゃん」




返事を期待した私の耳に入ってきたのは……





荒く短い息遣いだった






一瞬意味が分からず、ただ部屋の前で立っていることしかできなくなった。







「お兄ちゃん…?」

再び呼ぶ。




断片的に聞こえる息遣いは細く、酷く生温かな甘ったるいものだった。




「は、っ…!ハァっ、や、だ…!ん…っ」





よく分からなくなり、とりあえず苦しそうに聞こえる声の人をどうにかしてあげようと、ドアに手を掛けようとした時、







「入ってくるなよ、敦子」



兄の静止の声にびくっと肩を震わした。



「でも、」

「大丈夫だから。
だから…気にせず行け。」

そう云う兄の声はいつもより荒く、切羽詰まったような声で、





その時私は急に部屋の向こうにいるのは本当に兄なのか、実は何か得体の知れないものなのではないか、


…酷く恐ろしくなっていた。



だから兄らしき者に云われたとおりその場から走って逃げた。





ただその時辺りに漂っていた生々しい馨りだけ頭から離れなかったけど。










次の日見たとき、兄はいつもどおりの仏頂面で、昨日のような声では決してなかった。


でもあの時の恐ろしさは未だ忘れられなかったので、その日は必然的に兄を避けた。



「敦っちゃん。」

一人で遊んでいると関口が寄ってきた。


「せきぐちさん、」


縁側でいた敦子の隣に関口は腰掛ける。



「昨日は御免ね。遊んであげられなくて…」

しゅんとしたような顔で関口は告げる。


「いいんです。せきぐちさんだってお勉強、してたんでしょ?」


情けないような顔をしている彼が妙に温かく見えて敦子は笑いながら話した。


「敦っちゃんは優しいね」

関口はゆったりと笑って空を仰ぐ。










「あ、ここ蚊に刺されてますよ。」








なにげなく私は、首にくっきりと付いた紅い跡を指差して云っただけなのだけど。








その瞬間関口は真っ赤になってバッと首を隠した。

驚いた私の眼には、その時確かに見えたのだ。










真っ赤になっている冴えない彼の弱々しい笑顔の下に艶やかな女の顔を。





急に兄も彼も知らない生き物のように思えて、









吐き気がした。








解るはずもない艶やかで色めかしい戀の世界


それは酷く甘く、美しく


けれどそこには必ず狂喜の馨り。

体を求め、血を欲し、成れ果てたのは堕ちた己かそれとも貴方か


涙と血で塗れた身体


堕ちていく快楽だけに身を任し












大人になった今やっと彼と兄の間に何があったのか、それが何を示しているのか理解した。

相変わらず二人は大人になっても、結婚しても、一緒に居たけど、
それはあの時と同じ理由からかは私にも分からない。





でもほら、

夏になると思い出すのは、艶めかしいあの馨り。














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