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「前回までの粗筋。
始めはさながらヒーローの如く現れ、この私を身を呈して守った古泉一樹だが、
物語の進行と共にヘタレ化が進んでいる」
「それでは粗筋にしても粗過ぎます。やり直す必要があるでしょう。
…ヘタレ化は否めませんが……」
「了解した。やり直す。否、物語の進展云々についてはこの際問題にしない」
「もはや粗筋ですらありませんね」
「問題視すべきは…」
「…すべきは?」
「イ・イ・イツキン イツキンキン」
「また!?止め――」
「以上。自転車の上からお送りした」
「え!?マジでずっと乗ってたんですか、自転車に!?ぼくた――
――えええこれ浮いてる!?凍死とか補導どころじゃねええ!!」
「ペダルを踏み続ける行動が余りに単調だったため、この前に見た映画のワンシーンを再現した。
かごに、あなたのシャミセン二号を乗せれば完璧。
前フリが長い上に粗筋の役割を果していないので、早急に本筋に入ることが望ましい。
続々々・花嫁修行危機一髪、スタート」
「ぞくぞくぞく!?語呂悪っ!
ちょ、始まる前に降ろして下さいい!」
「ヘタレ」
「くっ…!
ああっ、前向いて下さい、でっででで電柱がっ!」
 家に着いて、冷蔵庫に買った物を詰め込んで、ソファに突っ伏す。
今日も疲れた…
長門さんは口をもごもごと動かして、十八番の情報操作だろう、
ぐちゃぐちゃに混ざった黄身と白身に沈む、砕けた殻を取り除いていた。
少しの間休んだおかげで復活した僕も、彼女と並んで台所に立つ。
「何か僕に手伝えることは」
「無い」
にべもなく長門さんはそう言って、フライパンに卵を流す。
卵が焼けるいい匂いが部屋に立ち込めた頃、
彼女のお腹から、くうくうとかわいらしい音がして、思わずへらっと笑うと、
「恥ずかしい」
と菜箸で居間を指した。
何もできないくせにぼさっと突っ立ってないで、
さっさと向こうに行け…と言う訳ではないのだろう。
今は、あの炭水化物ダイエットの時とは違い、はっきりと恥ずかしいと言っている。
ですが、長門さん。
室内に入った今でもニット帽を被っている方が恥ずかしいのでは…?
「気に入った。
次の市内探索はこの服装で臨む」
うーん…それは…
僕が選んだ服を気に入ってくれたのは素直に嬉しい。
嬉しいが、その服を着た長門さんを見て、
それも僕が買った物だとばれたら、涼宮さん達がどう思うか…
「あたしは人の趣味に難癖をつける気は無いわ……
有希がいいんなら、まあ、別に構わない、わ…よ」
「へ、へええー。
古泉くんって、そういう趣味があったんですか〜。
あっ、別に軽蔑なんてしてませんよ!
かわいいですね〜、長門さん。確かに似合ってます〜…」
「お前…
いや俺は何も言わん何も聞かんお前の趣味なんて知りたく無い。
長門がいいならそれでいい。
お前が無理矢理着せたっつうんなら話は別だけどな。
とりあえず…俺の妹には手え出すなよ……」
ありありと残りの団員の反応が見えて、僕は乾いた笑い声を漏らした。
どーしよー…
僕が選んだことを、長門さんが黙っていてくれれば問題はそこまで大きく無いのだが…
「できた。オムカレー」
どん、と皿がふたつ机の上に置かれる。
「召し上がれ」
「あ、いただきます」
豊かな匂いと鮮やかな彩色が思考を遮ったのをいいことに、
心配は後回しにして、スプーンを手に取った。

それまでずっと続いていた、スプーンと皿の底がぶつかる軽い音が止まった。
長門さんの分だけ。
しかし、彼女の皿には、まだ黄色と茶色の固まりが半分ほど残っている。
「あなたは」
ぽつり、と彼女は言葉を落とした。
「目の前に危機が迫っている人間がいたら、
利害の有無に関わらず、その人間の安全の為に動く、と。
あなたはそう言った」
一昨日の僕が言ったことを彼女は反復した。
今の状態に発展する羽目になった、今思えば小っ恥ずかしい台詞。
そしてこの騒動が起こる、全て引き金となった台詞。
「危機と呼べるレベルには至らない。
しかしそれはあくまで、私から見た彼女の状況。実際に彼女が感じていた不安は私には計り知れない。
私は母を見失い、泣いていたあの子の為に、行動を取ったつもりだった」
長門さんはここで言葉を切り、僕を見つめた。
僕のスプーンを運ぶ手も、もうとっくの前に止まっていた。
「あなたが私にそうしたように」
沈黙は数秒程だった。
「成長、されましたね…本当に」
まるで、今まで遠目にしか見ていなかった幼い子の格段の成長を目の当たりにしたような気分で、
多分穏やかなものになっているであろう目線を暫く注いでいると。
長門さんはかたわらに置かれていたニット帽を手に取り、深く深く被った。
前が見えないんじゃないのか、と思うくらいに。
夕食も、その後片付けも終えて、まあ、また抵抗虚しく脱がされ、
浴槽に突っ込まれたりした。
長門さん、あなたはもう少し恥じらいを持ちましょう…
婿にいけない…え、お前がいくの?来てもらえよ、
と、どうだっていいことを一人で悶々と考えて、続けて入浴している長門さんを待つ。
しばらくして、脱衣所の扉が開いた。
よほど気に入ったのか、僕が貸そうとしたラフな服を彼女は受け取らず、
今日買った服をもう一度着ていた。
帰宅してパジャマなりに着替えると思うので、僕がとやかく言うことではない。
「忘れていた」
開口一番、彼女はそう言って、居間の床に正座した。
「何をですか?」
「耳掻き」
ぽんぽん、と彼女は太股を軽く叩き、こちらを見上げた。
片手には耳掻きが握られている。
……できればそのまま、ずっと忘れていて欲しかった…
ではお言葉に甘えて、と言う訳にもいかないので、
首をひたすら左右に振ることに専念する。
「結構です」
「良くない」
「いりません」
「いる」
素早く伸びた長門さんの手が、ぐっ、と僕の右手の中指を強く握った。
そこに巻かれていた包帯は、入浴前に解かれていて、今はむき出しだ。
そこっ、腫れてるとこだって!ワザとやってるだろ!!
「いた、いです」
「耳掻き」
「いりません…っ」
ぎゅうううう
「すみません嘘つきましたー!
やっぱりお願いします!!」
「そう」
指を握る力が弱くなり、そのまま手を引かれ、彼女の太股に顔の側面を預けることになる。
なんだこれは。
彼女が無頓着でも、こっちはそうにもいかないのだから、
やっていいことと悪いことがあるだろう。
なんでスカート選んだんだよ…
と数時間前の自分を呪う。
知らねえよ、こんなことになるなんて普通思わないだろ。
と数時間前の自分は言った。
普通、なんて言葉は三年半程前に見限ったつもりだったのだが、そう言い訳せずにはいられない。
あーあーあー、早く終われー、と呪文のように口の中だけで呟く。
「終わり」
その甲斐あってか、意外と早く耳から棒が抜き出された。
しかし、ほっ、と息を吐いた途端、
「次、反対向いて」
ごもっとも…耳はふたつあるんだよな…
一度起き上がり、反対側の耳が上を向くように動く。
これはどこの少女漫画だ、と眉が寄る。
どこの誰だ、僕の忍耐力やら精神力やら理性やらその他諸々を試しているのは。
受けて立とうじゃないか、とひとりで意気込んでいると、耳から違和感が消えた。
「終わりましたか?」
そう聞いても、長門さんは黙ったままだ。
頭を持ち上げたが、彼女に手の平でこめかみを押さえつけられ、さっきと同じ体勢のままで動けない。
「寂しい」
僕は真上を向いた。
「ひとりは寂しい」
彼女は僕を覗き込んでいる。
今日会ったあの女の子の目は、母とはぐれたと気付いた時、きっとこんな風に揺れていたのではないのか。
もしかしたら、長門さんは、今、彼女自身を迷子の女の子に重ねているのかもしれない。
気のせいかもしれないが、もしそうだったら、いつもの笑顔になればいい。
「寂しい、ですか」
「そう」
「あなたにも、そんな感情があるんですね」
「そう。一人暮らしは寂しい」
「僕も寂しいです」
「泊めて」
またえらい所に話が飛ぶものだ。
「駄目?」
「駄目です」
「私はひとり。あなたもひとり。あわせてふたり」
「それはそうですけれど」
「なら決定」
どうやら僕に拒否権は無いらしい。
この強引さ、涼宮さんの影響だろうか。
「歯磨き」
やっと起き上がることができた僕に、歯ブラシが突き付けられる。
はいはい、ともう抵抗する気力も失せて、僕は口を開いた。
「長門さんはどうぞベッドでお休み下さい」
その格好のままで寝るのは窮屈だろうと、長門さんに簡単な服を手渡すと、
脱衣所に入ってあっさりと着替えてしまった。
耳掻きをする前にそのジャージを履いて欲しかった。
「あなたはどこで寝るの?」
「ソファで寝ます」
「押し入れの方が安眠できると思われる。
私はそこを寝床にしているロボットを知っている」
「いえ…あんな、尚更ネズミが出てきそうな所では落ち着いて眠れません」
「確かに…では何故?
何故彼は、彼の畏怖の対象であるネズミがより出現しやすい押し入れで眠るの?」
「さあ…直接、その猫型ロボットに聞いて下さいとしか」
押し入れから毛布と掛け布団を引っ張り出して、ソファに被せる。
その際、長門さんは押し入れの上の段に登って、二分程そこに寝転がってから、また直ぐに下りた。
「今度、自宅の押し入れで寝てみる」
好奇心旺盛だ。けれど、隠れ家みたいで少し面白そうかもしれない。…やらないよ。
「そこでいいの?」
ベッドに飛び乗った長門さんが聞いた。
「僕のことはお構いなく」
ソファと布団の間に潜る。
「一緒にベッドで寝たとしても、私は構わない」
「僕が構います」
そんなことをして、何かあってからでは遅い。
遅いって何が?いや別に何も。
「そう」
長門さんはこちらを見て、
「おやすみ」
と壁に張り付いた電灯の電源を切った。
「おやすみなさい」
ここで寝返りをうったら転げ落ちるな。
「古泉一樹?もう寝たの?」
「起きてますよ」
「そう」
夏ならともかく、冬だと少し冷えてしまう。
「古泉一樹、寝た?」
「起きてます…」
「そう」
仮眠だとそこまで気にならないが、長い時間寝るとなるとソファは少し固い。
「古泉一樹?眠った?」
「………」
「古泉一樹?」
「起きてますけど…」
「そう」
「あの、あまり声を掛けられると、ちょっと…」
控え目にそう言うと、しばらくの間沈黙が流れた。
「眠れないんですか?」
「違う。
あなたがそこにいるということを、あなたの声がすることで確認したかっただけ」
「そうですか…」
「そう」
閉鎖空間でも発生しない限り、一度床に就いてから家を抜け出すことはなかなか無いのだが。
きっと長門さんに備わっているであろう、サーモグラフィティ等の機能を使用せず、声での存在確認。
…そうだ。
「寝物語りをしましょうか」
「お話?」
「そうです。
おとぎ話とか、童話とか…怪談や、本当は恐ろしいグリム童話等はできませんが。
あなたが寝付くまでお話しでも」
「金太郎がいい」
「日本人の殆どが完璧に説明できないで有名な話できましたね…
えーと、昔々ある所に金太郎という名前の男の子が…」
「ある所ではない。物語の序盤の舞台は足柄山の山奥」
「ご存じでしたら僕が話す必要は無いのでは…」
「ある」

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あきゅろす。
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