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と、しょうがないですねえ、とか言い出しそうな感じで古泉が長門の後に従う。
なんて言うかさ、
「お前ら最近仲いいよな」
そしたら、ぴたっ、と古泉が固まった。
長門が古泉を射抜くように見つめる。
「いえ…それは、あなたの気のせい、かと…」
鋭くなる長門の視線を、避けよう避けようと、古泉は目をあらぬ方向へと泳がせる。
「ほー、俺の気のせいか」
「…ええ。そう、です…」
長門の視線が痛いんだろう、古泉は口をへの字にして、
長門を視界に入れないように目線を巡らせた。
「まあ、そういう事にしといてやってもいいけどな」
さっきの仕返しとして少し性悪気味に言ってやると、古泉は聞こえなかったフリなのか、
暇ですしオセロでもしませんか、みたいな事をもごもご言ってゲーム盤を取りに行った。
「逃げた」
「逃げたな」
長門と俺とで背中を向けた古泉に追討ちをかける。
対する古泉はゲーム盤を手に振り返り、
いつものうさん臭さ全開の笑顔を貼り付けようと頑張っているが、
明らかに上手くいってない。
なんだこいつ。
いつぞや、俺とハルヒをアダムとイヴだ産めや増やせや等と散々言っていたくせに、
さて自分に降りかかるとなると、挙動不審な素振りの連発である。
しかも、俺は、最近仲いいよな、と言っただけだ。
アダムだのイヴだの、そういったあからさまな事は一っ言も口にしていない。
お前の感覚は良く解らん。解りたくも無いが。
先攻後攻どちらにしますか、
と古泉がまだ本調子になりきれていない声で言いながら席に着く。
俺は黒を選んだ。先攻である。
長門が机に本を置いて、左手だけでページを捲る音に被るように、
黒や白の駒が盤に置かれたりひっくり返されたりする固い音が部室内を占める。
時々、古泉は駒をどこに置こうかと思案するのだが、
その度に目の前にちらつく長い前髪を、指で額の端にやる。
が、当然額には何も障害物も無いから、また前髪が元の位置に垂れ下がる。
で、また隅にそれを追いやりながら、考えがまとまったのか白を置く。
その繰り返しだ。
「昨日床屋行ったんだろ、前髪もついでに切れば良かったじゃねえか」
黒を置いてそう言ってやると、また前髪に手をやりながら、
「これでも切ったんですよ。
涼宮さんが求める外観を維持しなくてはならないので、そこまで短くはできません」
面倒だな。髪型ひとつだけでもハルヒを意識しないとならんのか。
そう言えば、朝比奈さんもハルヒが結んだりしない限りは、
クソ暑い夏でもあまりあの長い髪をまとめようとはしないし、
ショートカットにしてみたい、なんて呟きを聞いたことがあるが、
それはハルヒがいない時のみだったような気がする。
それと、市内探索中にたまに化粧品を興味深そうに見るわりには、
朝比奈さんは一度もそれに手を伸ばしたことがない。
あれもハルヒが持つ朝比奈さんのイメージを壊さないためだったんだろうか。
長門については、髪を伸ばしてみたい、
と思ったことがあるのかどうか、何も言わないので解らないが、
(そもそも髪が伸びるのかすら不明である)
多分長門はハルヒのイメージに囚われず、
着たい服があれば制服からそれに着替えるだろうし、
髪型だって今のが気に入っているからずっと変わってないんだろう。と、俺は思う。
そもそも、
「そこまでハルヒが中身より見た目にこだわるとは思えないけどな」
「僕だって、涼宮さんが人格よりも外観を重視するような人だとは思っていませんよ。
しかし、それなりに外観にもこだわっていないと、
あのように様々な衣装を人に着せる筈がありません」
それもそうか。しかし、お前に納得させられるのは癪だな、
と俺はハンガーに掛かったままのメイド服を見る。
朝比奈さんは一体何の用があって遅れているのだろう。
白を上にした駒を置き、ぱたぱたと間に挟まれた黒をひっくり返した古泉は、
「邪魔、だなあ…」
と呟いて、また前髪をいじる。
どうやら本気でうっとおしがっているらしい。
「俺が切ってやろうか。って言うか、引っこ抜いてやるぞ」
「いえ、結構です」
にこやかに拒否した古泉の横に、長門が音も無く並んだ。
「これ」
長門が手の平に何かを乗せて古泉に差し出す。
「使って」
その手に乗っかっていたのは、
先程のペットボトルに付いていた、おまけの二つセットのぱっちんどめの内の一つだった。
かわいらしい四葉の飾りが、ワンポイントとして一つくっついている。
「…いえ、結構です」
台詞はさっき俺に言ったのと同じだが、そこにはにこやかな笑顔は無い。
あるのは戸惑いの表情のみだ。
おいこら、長門のせっかくの思いやりを無駄にするな。
俺は椅子から立ち上がり、テーブルに沿って二人の元に移動する。
「何を」
しかしやっぱり古泉は、するんですか、と続けられなかった。
俺が奴の背後を取り、耳より少し上辺りを両肘で強い力を込めて挟み固定したのだ。
「いた!痛い痛い痛い!!」
「長門、今だ」
「了解した」
ぱっちん、とその名に相応しい音を立て、長門は古泉の前髪を横に押しやり、
そこから落ちて来ないようにピンで止めた。
はい、完了。
古泉の頭を解放してやる。
奴は、しかめっ面で先ずは両手を力が加えられていた所にやり、それからピンにやった。
柔らかい髪とは違い、そこに固く冷たいピンがあるのを指先で確実した途端、
古泉はしかめっ面から転じて、一気に情けない表情になった。
眉が見事な八の字である。
男がそれ位で肩を落とすな。ハルヒにウサミミ付けろって命令された訳じゃないんだし。
ピンの一個や二個がなんだってんだ。
はあー、と溜息をつく古泉に、
「これで、あなたの視界を遮る障害物は無くなった」
と長門。
「それは、そうですけど…」
と古泉は落ち着かない様子で顔を赤らめる。
それを見て何を思ったのか、
長門はもう一方の手に握っていたピンを、自分の短い前髪の端に止めた。
「おそろい」
と、人差し指で自分の前髪にとどまった四葉と、同じ形をした古泉のを交互に指す。
んで、
「………」
古泉は何も言わず、ただオセロ盤に突っ伏した。
「古泉一樹の表面体温の上昇を確認」
「あ、ほんとだ。耳まで真っ赤」
奴を見下ろしての長門と俺の会話に、
顔はオセロ盤に伏せたまま、古泉は両腕で顔を囲んだ。
腕の動きに、駒がばらばらになって盤の上を滑る。
あーあ、せっかく俺が勝ってたのにさ。まあ、いつもの事だけど。
そのまま不貞寝してしまいそうな背中にそう言うと、
古泉は頭を動かしてますます深く腕に顔を押しつけた。
「古泉」
ふと呼び掛けると、顔を少し浮かして、まだ赤味を残した目元を腕から離し、俺達の方を向く。
「キモカワイイ」
「………」
古泉絶句。
「キモカワイイとは?」
「キモいとカワイイがごっちゃな奴に言うんだよ。ウザカワイイとか、他にもあるぞ」
俺自身も、キモいとカワイイの両立なんて不可能だろと思っているので、
いい加減な説明しか出来ないのだが、長門は、
「そう」
と言ったきり五秒程考えるようにして、
「古泉一樹、ダサカワイイ」
と古泉に向かって言った。
「そーそー、そんな感じだな。アホカワイイ」
「ヘタレカワイイ」
「キツカワイイ」
「ニヤケカワイイ」
「バカカワイイ。ん、バカワイイか?」
「ユニカワイイ」
「ウニ?」
「ユニ。ユニークカワイイの略」
「ああ、ユニークな」
俺達の言葉に、何も音を発せないまま、
さっきからずっと椅子の上で固まっている古泉が、やっと口を開いた。
「…あなた達は、僕を馬鹿にしているんですか……」
「当たり前だ」
カワイイに該当しているのは、ぱっちんどめそのものであって、
それを付けている古泉はただただキモいだけである。
「違う」
「…え?」
俺とは違う回答に、古泉が間の抜けた声を零す分だけ間を明けて、長門は続けた。
「私はあくまで、カワイイに重きを置いている」
きょとん、とか言う効果音がお似合いなくらい惚けた表情で、
数回瞬きを繰り返した古泉は、
あー、とか、えっと、とか唸るばかりで、二の句が告げないでいた。
長門よ、男は基本的に女に可愛いと言われても反応に困るんだが。
「こんなんが可愛いのか?」
こんなん、って…と古泉が呟く。
訂正。長門には悪いが、やっぱりこいつのキモさはピン一個くらいじゃ補えない。
「そう。ちょっとだけ」
「………」
古泉が口をぐっ、と引き結んで、長門と目が合わないようにと下を向いた。
顔を隠す筈の長い前髪が垂れてくる事は無く、古泉は未だ赤い、むき出しの額に手を当てた。
大きく息を吐きながら、頭が痛い、とでも言うように。
…お前さ、ほんとに古泉か?偽者だったりしないか?
今日は全く見えて来ない、あの滅多な事では崩れない、
常備の爽やかスマイルをどこへやったんだ?
「ふーん」
と、長門の意見に肯定もせず否定もせずの俺の背後で、
何の前触れも無しに、扉が凄まじいスピードで内側に押し開かれた。
びくっ!と、面白いくらいに古泉が肩を跳ね上げた。
「ごっめーん、遅れちゃった。ちょっと野暮用があったのよ!」
元気大爆発なハルヒ様のご登場である。
野暮用、って。
素直に、クラスメイトに頼まれて勉強教えてた、って言えばいいのに。
「こんにちはー。ごめんなさい、鶴屋さんとお話ししてたら遅れちゃって…」
控え目にそう言って、ハルヒの肩越しに朝比奈さんが顔を覗かせる。
お待ちしておりました。
今日は、長門が到底同意出来ない発言をするわ、古泉がらしくない行動を取るわで、
相手をするのに疲れていた所です。そんな俺の心のオアシスとなって下さい。
「みくるちゃん、早速お茶入れてちょーだい!」
「はあい」
ずかずかと部室内に入るハルヒに背を向け、
慌てた古泉は、殆ど前髪をむしる様にピンを外した。
なかなか似合っていたのに、長門まで奴に倣って外してしまった。
長門と古泉でお揃いだと判断し難いが、長門単体だと、
ハルヒが見たらきっと喜ぶだろうし、朝比奈さんだって和んでくれると思うんだがな。
忙しない手つきで、
さっきまで固定されていた前髪を指で梳くように、整える古泉をちらりと見て、
長門はポケットにピンを入れて読みかけの本が待つ机へと戻って行った。




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