[携帯モード] [URL送信]
 放課後、弱いながらもそこそこ心地良い日差しが照らす、
隙間風で冷えきった廊下を俺はSOS団アジトへと向けて歩いていた。
扉の前に着いたのでノックをする。
朝比奈さんが既に来ていて、衣装に着替え終えていれば返事があるはずだ。
が、返事が無いまま十秒が過ぎた。
「誰もいないのかー?」
扉を開く。
こう聞いておきながら、
まあ長門はいるだろうな、あいつはノックがあっても返事しないし、と他の誰よりも先に部室に来て、
文庫本を読んでいる唯一の文芸部員の存在を半ば当然のように考えていたのだが。
「あれ、マジで誰もいねえ…」
この状況での発言は独り言にしかならないのだが、無人の部室を見て俺は思わずそう呟いた。
おお、市内探索では毎回ビリ尻のこの俺が今日は部室一番乗りか。
と、妙な事に心動かせられていると、ああ、一番乗りじゃないのか、長門の特等席に鞄が置いてあった。
名前が書いてある訳でも、目印にキーホルダーが付いてある訳でも無い学校指定の鞄だが、
そこに置いてあるのなら長門の所有物で間違いは無いだろう。
だよな、長門より先に誰かがここの扉を開けることなんてあり得ないよな、
と俺はテーブルの下からパイプ椅子を引っ張り出そうとした。
すると、今まで長門の特等席にやっていた目が、
テーブルの上に置かれている、長門のとは別の学用鞄を捕らえた。
どうやら俺は二番乗りでもないらしい。
俺の向かいに置いてあると言うことは、これは多分古泉のなんだろう。
古泉の場合、教室に忘れ物をして取りに戻ったとか、生徒会室に顔を出しているとか、
それなりに理由を考えつくのだが、長門は…図書室にでも行ったのだろうか。
ゲームの対戦相手が来るまで何をして時間を潰そうか、
と考えていると、こんこん、と扉が廊下側からノックされた。
「開いてるぞ」
外に聞こえるように少し声を大きくして言うと、ドアノブが回される音がして扉が開いた。
「こんにちは」
微笑を浮かべた古泉である。
まあ、俺以外でノックをする必要があるのはこいつくらいなもんだから、大体予想はしてたさ。
だが、その後ろに長門を連れた登場だとは思わなかったぞ。
「よう。何してたんだ?」
用事を終わらせて、部室に再び向かっていたこの二人がたまたまそこの廊下で会ったのか、
それともまた何か奇怪な事件が起きて、二人掛かりでそれをこなしていたのか。
「買い物」
どうやらそのどちらでも無いらしい。答えたのは長門だった。
が、答えにしては些か言葉が足りないのではなかろうか。
しかし、長門はそれだけ言うと椅子に置いていた鞄を下ろし、席に座った。
古泉がその後を追い、長門の前にある机に、片手に提げていたコンビニのビニール袋を置く。
「どういう事だ?」
と俺が古泉の背中に聞くと、肩越しに俺を振り返ってから困り気味な笑顔を長門に向けた。
「古泉一樹を庇護して負傷したので、買い物に付き合って貰った」
「まあ、荷物持ち、パシリと言うやつです」
薄く笑って、古泉が付け足すと、それまでどこを見ていたのか解らない長門の目が、古泉を映した。
「私はあなたを使い走りとしたいのでは無い」
「……すみません…?」
ほんの少し咎めたような長門の声色に、古泉は、何か間違っただろうか、と困惑した表情で謝った。
うん、パシリなら欲しい物を言うだけ言って、後はそいつだけに買いに行かせるだろうから、
わざわざ長門も一緒に行く必要は無い。
確かに古泉は荷物持ちをしたようだが、付き合って貰ったと言う表現の方が正しいのだろう。
でさ、
「怪我してるのか?」
俺は注意して長門を見たが、どこにも絆創膏やガーゼや包帯は見当たらない。
服に隠れた所なのか?
「右手を骨折」
骨折…なんとも無さそうに見えるが…
「古泉を庇って?」
「そう」
ここで、さっきまで長門の隣にいて、いつもの席へと足を運んでいる古泉に目線を動かすと、
古泉は首と持ち上げた右手を左右にぶんぶん振った。
だろうなあ…
朝倉にあんな目に遭わされても、傷ひとつ残さずに直ぐに体を元通りにした長門である。
んで、何から古泉を庇ったんだ?サッカーボールか?
「植木鉢」
「は!?そりゃマジか?」
「ええ…今朝、僕目掛けて飛んで来まして」
飛んで来た?落ちて来たんじゃなくてか?
「と言うより、長門さんが飛ばした、とでも言いましょうか…」
と、古泉はひそひそ声で俺に言った。
飛ばした、ねえ…
んー、長門は何か企んでいるのだろうか。
まあ、犠牲者が古泉だけだって言うんなら、そこまで大きな問題には発展しないだろう、多分。
右手と言えば、
「お前手え治ったんだな」
「ええ、お陰様で」
包帯が解かれた右手を握ったり広げたりしながら、古泉はやっと椅子に座った。
お陰様で、って俺は何もしてないけどな。
んで、入れ代わりみたいに、今度は長門が右手を負傷。
それも古泉を、長門が自ら作った危機から庇って…
ん?と言うことは、
「お前、まさか長門にされたみたいに着替えさせ」「してませんっ!!」
パイプ椅子を後ろに蹴飛ばして、古泉は眉を思いっ切り寄せて、
勢い良く立ち上がりテーブルに両手を叩き付けた。
こら、治ったばっかなんだから、あんま痛めるような事すんな。
「二時間目と三時間目の間に挟まれる休み時間、古泉一樹は私の教室に来なかった」
長門が、特に何かをするでも無く、俺達に言葉を投げた。
「逃げた」
「違います。今日の理科は実験だったので、
実験室への移動と実験器具の準備のため、あなたのクラスに行く時間が無かったんです」
古泉が弁解しながら倒した椅子を起こし、そこに座り直す。
「で、結局着替えどうしたんだ?」
「やむを得ないので自分で更衣を行った」
「手伝い要らないじゃないですか!」
「体育前の授業のノートはどうしたんだ?」
「やむを得ないので左手で書いた」
「えええ!?僕の休み時間返して下さい!」
と言うことは、こいつは体育の授業前以外は、
休み時間になる度に長門のクラスに行って板書していたのか。
ご苦労なことだ。
長門は古泉の言葉を無視して、椅子から立ち上がり、奴の方に向かった。
対する古泉は、さっきの発言がまずかったか、と冷や汗でも流しそうな雰囲気である。
古泉だけでなく、誰も(ともすればハルヒさえも)
が長門には敵わないのは随分前から解っていたが、
最近のこいつは特に長門の一挙一動におどおどおろおろしている。
長門に何かトラウマにでもなりそうな事でもされたか、弱味でも握られているのだろうか。
遂に長門は古泉の横に立ち、テーブルに置かれていた奴の片手を、長門は左手で持ち上げた。
「何を」
するんですか、と古泉は続けられなかった。
長門に掴まれた古泉の手が、更に指まで開けられて、長門は古泉にセーラーの赤いリボンの端を握らせた。
「!?」
火傷をしたかのように、古泉は自分の手の中のリボンを離し、そのまま手を上に振り上げた。
古泉の顔の真横を通り過ぎたそれは、片手だけで万歳をしたみたいに見えた。
が、如何せんその手を引っ込める勢いが良過ぎた。
振り上がった手が、逃げるべく下へ下へと行こうとするが、
当然その先にはテーブルがある。
古泉の肘が、ごん!とでかい音をさせてテーブルにぶつかった。
あちゃー。地味に痛いよな、そこ。
痛い、とすら言えず、突如襲って来たあの痺れに、
古泉はぞわぞわと髪を逆立たせて、眉を寄せて口を引き結んだ。
ダサいな。
俺と長門が生暖かい目で見守っているのに気付いた奴は、顔を隠すべく頭を垂れた。
「この調子じゃ、手伝わせても時間内に終わらないな」
「………」
長門も古泉も無言である。
まあ、かと言って、
「はい、では両手を上に、ばんざーいってして下さい」
「ばんざーい」
なんて、てきぱきと着替えが行われてもならない訳だが。
むしろそっちの方が大問題だ。
体育時の着替えは回避したとして、
他に長門が古泉にやらかした事で大きく噂されていたものと言えば…ああ、あれがあったな、
「昼飯は?」
「教室では具合が悪いと古泉一樹が言ったので、この部屋で取った」
「古泉が箸係か?」
「そう」
「ふーん…」
長門から古泉に視線を動かす。
へー、そうか、
俺が谷口と国木田とで弁当を囲んでいた時、古泉くんは長門さんとランチタイムだったのか。
ふーん、そっか、
古泉くんは学食組だから、そこは長門さんのお弁当を分けっこしたんだろうなあ。
「………」
おいお前、顔赤いぞ。気色悪いから止めろ。
俺に反論する気力も無いのか、ゆるゆると首を振りつつ、
ますます深く俯く古泉から目を離した長門は、
コンビニのビニール袋が放置してある机の椅子に再び座った。
「開けて」
と、袋からスポーツ飲料のペットボトルを取り出した。
おまけとして袋に詰められた、ぱっちんどめふたつがくっついている。
のろのろと、古泉がらしくない擬態語と共に椅子から立ち上がり、
これまたとろい足の運びで長門の席に移動した。
ペットボトルを机の上から取り上げ、キャップを捻る。
「どうぞ」
長門なら例え片手が使えなくても、
あの栄養ドリンクのCMのようにキャップを弾き飛ばせると思うのだが…
と言うか、あんな技が出来る奴は栄養ドリンクなんて飲まなくても大丈夫だろ、と思うのは俺だけか。
「そう言えば、涼宮さんと朝比奈さんはまだここにいらして無い様ですが、どうされました?」
古泉から受け取った飲み物をこくこくと飲んでいる長門を見ながら、奴は俺に聞いた。
「朝比奈さんは今日はまだ会ってないから知らんが、
ハルヒならクラスの女子に勉強教えてって頼まれて、今教室で教師もどきやってるぞ」
すると、さっきまでの怠慢な動きはどこへやら、古泉が素早く俺を振り返った。
「涼宮さんに御友人、ですか?」
と聞く古泉は、真顔だった。
「友達に分類していいのかは微妙だが、仲はいい方だな」
そうですか、と独り言レベルの声量で呟き、顎に手をやる。
んで、みるみる内に笑顔が広がって行く。
なんだなんだ。
「そうですか…クラスで涼宮さんに、あなた以外の御友人、ですか」
いいですね、と零す口元がさっきから緩みっぱなしだ。
お前は、クラスでの娘の友人関係を気に掛けるお父さんか。
でもまあ、こいつこそが、誰よりも中学時代のハルヒの孤独さを知っているからなんだろうが。
って言うか、
「俺がハルヒの友達?どう考えたって教室が同じな一団員のポジションだろ」
「本当にそれだけでしょうか?」
それまでの心底嬉しそうな笑顔が、俺が気に食わない要素を混ぜたものになった。
何が言いたい。
「まあ、今はそう思っていても、
あなたが涼宮さんにとって友人以上の存在になるのも時間の問題ですけれど」
「意味が解らん」
「はっきりと申しましょうか?」
「せんでいい」
またそういう話かよ。
なんで俺にはその手の話題に限り、
思春期真っ直中な弟をからかう兄みたいな態度を取るんだ。
ああウザったい。
「で、どなたなんですか?そのクラスメイトさんは」
「阪中」
「ああ、あの方…」
そうですか、お二人で勉強会ですか、とハルヒ以上にひとりでうきうきしている古泉に、
「取って」
と今までずっと黙っていた長門が、少しキツめな声を掛けた。
視線を長門に寄せると、いつの間にか長門は本棚の前に立ち、
高い段にある一冊の本を指差していた。
「はい、只今」
るんるん気分持続中の古泉が長門の真横に移動して、
指定された分厚い本を棚から引き抜いた。
「どうぞ」
「片手で持つには重い。運んで」
古泉が両手で差し出した本を受け取らず、長門は自分の席に直行した。
「はいはい」

次へ


あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!