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ぐちゃぐちゃになった卵を拾い上げ、溜息をつく。
行けばいいんでしょ、行けば…
とりあえず、この卵は責任を持って買わないと。
すると、さっきまでのアナウンスの女性とは違い、
感情のこもらない、聞き慣れたあの声がスピーカーを通して流れてきた。
『古泉一樹、早く来た方がいい。
あなたがこちらに来るまで、先日、あなたの部屋で発見した「マル秘」と表紙に書かれたノートを朗読する』
え…ちょ、はあ?
何勝手に他人の机の引き出し開けて……
っていうか、んん?…そのノートって…

ま さ か !

『「今日の夕方、涼宮さんから電話があった。
次の自作映画のタイトルが決定したのだそうだ。
その名も、
「古泉イツキの覚醒 Episode 00」
らしい。
このタイトルからして、僕が演じる古泉イツキが主演なのは解る。
が、しかし、まさか前作の主題歌、恋のミクル伝説の歌詞を、
古泉イツキ用に変えることになるとは夢にも思わなかった。
しかも、歌詞は僕自身が考えなくてはならないそうだ。
涼宮さん曰く、
「登場人物を最も良く理解できるのは、監督じゃなくてその役者だって最近になって気付いたの。
みくるちゃんの主題歌はあたしが考えたんだけど、
今頃になってみくるちゃんに考えてもらった方が、
ミクルのキャラが良く出たのかもって思ってるのよ。
そういう訳だから、今回は古泉くん、イツキの歌詞はあんたに頼んだわよ!」
…だそうだ。
悩んでいても仕方が無いし、涼宮さんはせっかちなので、今から考案したいと思う。
歌のタイトルは、そうだな、
「勇気イツキ伝説」
よし、これでいこう。」』

ギャーーー!!
僕は半ばパニックに陥りながら、潰れた卵を棚に押し込んだ。
この放送を止めたら、ちゃんと責任持って買いに来るから!
全速力でフロアを走る僕の頭上に、無情にもアナウンスは振り注ぐ。

『この日記の次のページに、恋のミクル伝説の替え歌と思われる歌詞が書かれている。
……古泉一樹の声帯データをコピー…完了』

コピーって、あなたまさか…
それを歌う気では…

『尚、外れると予測される音程は私が事前に調べ、修正を施す。
何故なら、あなたの中の人は、彼の中の人程ではないが、
それでも相当なおん』
「言うなーー!!」
僕の大絶叫で、長門さんのNGワードを最後まで言い切らせず、かき消す。
エレベーター前に着いたと同時に、どこからか業者のおじさんが現れて、
「すまんな坊や。
俺も良く解らんのだが、いきなりこいつを点検しないと、
今晩辺り、エイリアンにUFOで拉致されるような気がしてな」
と、扉に点検中との張紙を張った。
隣のエスカレーターはついさっき、原因不明の故障となり、
「さっきまで問題無く動いていたのに…」
「一体どうしたんだろう…」
と店の従業員数人が考え込んでいた。
両方、宇宙人の仕業だ。絶対そうだ。

階段をつまづきそうになりながらも、駆け上がる。
『音程の修正が完了した。今から歌う』
「止めて止めて止めて!止めて下さいっ!!」
『「勇気イツキ伝説」
スタート』
「ギャァアアア!!」

『イ・イ・イツデモ イツキンキン
ス・ス・スマイル イツキンキン
素直に 「猫どこ 古泉メイン」と 言えない流も
勇気りんりん イツキスマイル ウィンクと共に
機関からやって来た 謎の転校生
いつもみんなの 世界守るよ
夜はひとり 屋上で天体観測
明日こそ誰もが 素直になれますように
Come On! Let'sdance!
Come On! Let'sdance! Baby!
涙を流す 暇は無いから
Come On! Let'sdance!
Come On! Let'sdance! Baby!
世界の隅へ 神人退治のため

イ・イ・イツキン イツキンキン
イ・イ・イツキン イツキンキン』

歌が終わり、遂に間に合わなかったか、と僕は五階と六階の間にある踊り場に崩れ落ちた。
もう少しだったのに…
燃えた…燃え尽きたぜ…真っ白にな……

『この歌詞は、古泉イツキと言うより古泉一樹に適応している。
キャラクターの気持ちになりきれていない。』

ダメだしされてる…
しかもまだ僕の声だし…
まるで自分が自分にダメだしされてるみたいだ…
『猫はどこに行った、略して「猫どこ」は私も古泉一樹がメインだと思っている。
しかし、読者の中には後書きを本文より先に読む者が少なからず存在し、
後書きで古泉一樹がメインと書いてしまうと、そういった人々の大多数がその話に興味を失い、
読み飛ばしてしまう恐れがあるため、涼宮ハルヒ並びに他一名がメインだと後書きに書いたと思われる』

つまり…僕に人気が無いと…?
いや、否定できないけど…
例え真実でも、言っていいことと悪いことが……

『更に、涼宮ハルヒにこれを提出した場合、
機関や神人について追及される確率はほぼ百パーセント。
よって歌詞を考え直す必要がある。』
で、あなたはそんな、涼宮さんに追及されるような歌詞を、
旋律付きでデパート全フロアに放送して…

『安心して。涼宮ハルヒと過去・現在・未来に、
接触していた・している・するであろうと思われる有機生命体は、
この放送を聞くことができる範囲から既に排出してある。』

なんで、そこまでして…

『早く来て
…お願い』

お願い、って、そんな所だけ、いきなり元の声に戻して、
かわいい声でかわいく言って、僕がほだされると思ったら、大正解なんだからな…

我ながら阿呆だ、と思いつつ、へばり付いていた床から立ち上がる。
『でないと、次のページにある、あなたのポエムを読み上げ』
「それだけは!俺の人生の汚点!!」

思わずいつもとは違った一人称を吐きながら、残りの階段を駆ける。

迷子センター、と書かれたプレートが提げられた部屋の扉を勢い良く開ける。
「なが」
「パパ!」
僕が呼ぶより先に長門さんは、
部屋の隅に備えつけられたマイクの電源を切り、僕の方に走ってくる。
「パパ!?」
「良かった…
私、ママみたいに、パパにも捨てられちゃったのかと思った…」
ぐすん、と鼻をすする彼女の目に、涙は無い。
ぬいぐるみやおもちゃの側に佇む、この店の制服を着た女性が、
「え…パパ…?
名字が同じって、兄妹だとばっかり…
若っ…父子家庭?
どうりでやんちゃな…」
と、困惑した表情で呟いた。
多分、長門さんの暴挙を止めようとして、とばっちりを受けたのだろう。
「誤解されるようなこと言わないでくだ…言うなよ、全く」
こつん、と軽く彼女の頭を小突いて、店員さんに頭を下げる。
「妹が、大変なご迷惑を掛けてしまったようで…
本当に申し訳ありません」
「本人もこのように反省してることですし…」
「お前のことだろうが!」
演技でも兄妹のフリでも無く、本気で怒鳴る。
すると、先程まで嘘泣きをしていた長門さんがびくりと肩を震わせ、
見間違いでなければ、その目は今にも泣きそうに揺れて…
え…?
「ほら、謝って」
僕は、彼女の頭からニット帽を外し、手を添えて下げさせた。
思いの外、優しい手つきになっていた。
「ごめんなさい…」
小さな小さな声。
「…まあ、反省しているのなら…
それに、あなたの娘さん…じゃなくて妹さんは、この子のために」
店員さんはそう言って、マイクをいじって遊んでいる、
幼稚園の制服を着た女の子を指し示した。
「この子、お母さんとはぐれて泣いていたらしくて、
それを見つけたあなたの妹さんがここに連れて来てくれたんです」
女の子がマイクから離れ、長門さんの方に来たので、僕は彼女の頭から手を退かす。
「お姉ちゃんねー、あたしがずっと泣いてたから、
笑わせようとしてくれたんだよ〜!
イツキンキン、すっごくおもしろかった!」
女の子の頬には涙が流れた痕があったが、
今の彼女は泣いておらず、それどころか心底楽しそうに笑っていた。
「そう…だったんですか…」
「うん!
だからお兄ちゃん、あんまりお姉ちゃんを怒んないであげてね」
ねー、お姉ちゃん!と女の子に声を掛けられた長門さんは、
恐る恐る下げていた目線を上げ、僕の方を見た。
「ごめんなさ…」
「もう怒っていませんよ」
彼女の頭を撫でる。意識せずとも自然に優しい笑顔ができた。
そうしていると、女の子が、
「あれ〜?お姉ちゃん達、ほんとに兄妹?
なーんか、ちょっと違う〜」
最近の子はませてるなあ、と思っていると、店員さんまで僕達を見て、くすっと笑った。
「この子の母親が現れるまでここにいる」
「ええ、そうしましょう」
「妹さんがマイクを乱用していたせいで、
この子の迷子のお知らせができなかったんですけどね」
「…ごめんなさい」
「本当に…申し訳ございません…」
「あはは!いいよいいよ!
ねー、お母さんが来るまで一緒に遊ぼ〜!」
もう一度店員さんに揃って頭を下げ、僕達はその女の子と絵本を読んだり、
積み木でお城を作ったりして遊んだ。
しばらくすると、放送を聞いた女の子の母親が、部屋に飛び込んできた。
顔を真っ青にして、自分の娘を必死に探し回ったのだろう、
額に汗をかいていた母親を見て、僕と長門さんは、土下座してでも謝らないといけない、と正座をしたが、
「あたしが泣いてるとね、このお姉ちゃんがここに連れて来てくれたの!
でね、お母さんを待ってる間、お姉ちゃんとお兄ちゃんと遊んでたの〜」
と女の子が言ったのを聞いて、その子の母親の方が僕達よりも先に頭を下げてしまった。
「本当に、うちの子がご迷惑を…」
「いえいえ、どうかお気になさらず」
「私達も楽しかった」
「ほんと!?
じゃ、また一緒に遊んで!」
「こらっ!いい加減にしなさい!」
「ど、どうか、お嬢さんを怒らないで下さい…
非があるのは僕達の方で…」
「そう」
事情が解らず、首を傾げる母親に、心底申し訳ない気分で俯く。
迷子センターの店員さんにも彼女は頭を下げ、それから女の子の手を取った。
僕達も退室する。
「娘の相手をして下さって、本当にありがとうございます。
すみません、デートの邪魔をしてしまって…」
いやデート違う。違う、違うって。兄妹だってば。
「ばいばーい!
お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「さようなら」
僕が母親に否定するより先に、女の子が大きく両手を振って、
長門さんは小さく手を振り返した。
母親と女の子の姿が見えなくなってから、僕は長門さんに頭を下げた。
「すみません、事情も聞かずに怒鳴ったりして」
他人の引き出しから物をすくねるのはどうかと思うけれど、
悪いことをしてしまったな、とも思うのだ。
すると、空気が動くのを感じて、目だけで前を見ると、
「謝るのはあなたではなく私。
ごめんなさい」
長門さんも頭を下げていた。
「夕飯、なんにしましょうか」
彼女に頭を上げてもらうために、微笑みながらそう言ってみる。
「ここで食べて帰ってもいいですね」
「カレー」
「あ、駄目になった卵買いに行かないと…
オムライスなんてどうでしょう」
「オムカレー」

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