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「話しかけない方がいい。
今私は、私が入れるだけの深さのある穴を掘ろうとしている。
邪魔をするのであれば、あなたにも穴を明ける」
今日の長門さんはえらくお喋りだな、なんて考えている場合ではなく。
体に穴が増えるのは御免被るが、教室の床に穴が明くのも勘弁願いたい。
「大丈夫です!
僕もつい最近まで雰囲気をふいんきだと思い込んでいまして、
報告書をパソコンで書く際に当然変換できなくて!
パソコンが壊れてるのではないかと森さんに見て貰ったら、延々と笑われてしまいましたっ!
目茶苦茶恥ずかしくて、それこそ穴があったら入りたいと思いましたが、僕は穴を明けませんでした!!
勘違いは誰にでもあります!」
だから長門さんもドリルを止めて下さい、と爆音に掻き消されないように叫び続けると、
暫くして耳をつんさぐような大音量はだんだん小さくなり、ドライヤー程の音量になって、
最終的にはきれいさっぱり無くなった。
ああ良かっ…て訳にもいかない。
一刻も早く先程の音を耳にした人間に情報操作を行ってもらわないと。
「パーソナルネーム長門有希を中心とした半径2、483kmの範囲に存在する有機生命体の聴覚、
及び視覚情報を改竄。
尚、パーソナルネーム古泉一樹は対象外とする」
今度こそ、ああ良かった…
長門さんは何事も無かったように昼食を取る生徒達
(実際何も無かったことになったのだが)
に紛れて席に戻った。
彼女がドリルをポケットに戻したのが気になったが、僕も席に着く。
「先程、古泉一樹は対象外だとおっしゃられていましたが、
僕の記憶は消さなくていいんですか?」
「いい。あなたは私に勘違いをしていたことを打明けた。
私だけがあなたの間違いを記憶しておくのは不公平。
おあいこ」
「そうですか」
「それにしても…」
「?」
「雰囲気をふいんき…パソコンの不調…
不調なのはあなたの方、おかしい人」
おおおお前だけには言われたくねーよ!少なくとも5分前のお前を見た俺には、
お前のその言葉は腹立つだけだ!!
とも言えず、僕は
「あは、本当に。僕が森さんでも笑ってしまいます」
と言った。
僕はそんなキャラではないし、まあそれだけではなくて、
薄らぼんやり程度だが、長門さんが笑っているような気がしたからだ。
珍しいものを見せて貰ったから、これもおあいこという事にしておこう。
恥ずかしい、という感情が長門さんに微かながらにも芽生えているのも解ったことだし。
で、
「あの、長門さん…」
「食べて」
栗ご飯を箸に乗せて、長門さんはそれを僕の口元に突き付けた。
「いえ、食べてじゃなくてですね」
「栗ご飯、嫌い?」
「いえ、栗ご飯は好きですよ。そうではなくて」
このまま僕が口を開き「はい、あーん」なんて事態になってしまえば、
放課後なんて待たずに今ここで、僕VS男子全員の大乱闘が勃発するだろう。
血祭りに上げられるに一票。
「その心配はあなたはしなくていい。
私こそ先程からクラスの女子の大半から睨まれている。
しかし私は彼女等にどんな嫉妬を受けても平気。
今度は私があなたを守る」
…これは、ときめくべき場面なのだろうか…
最後の長門さんの台詞は物凄くかっこいいのだが、
別に今から世界を滅ぼそうと企んでいる悪の組織に乗り込む訳ではない。
それに、その場合、この台詞は死亡フラグ以外の何物でもない。
「それよりも、手が治るまで左利きにして貰えませんか…」
「不自然、却下」
「不自然って…実は両利きだった、とでも言えば…」
「今すぐに口を開けないと、あなたは鼻で栗を味わう事になる」
はい大乱闘スタート。

結局、僕の心配は杞憂に終わったようだ。
昼休みにも放課後にも乱闘は起きていない、今の所は。
僕が一口食べる度に男子が呻き、次に長門さんが一口食べると女子が甲高い声で叫んでいたくらいだ。
長門さん、それって間接…いえ、もう何も言いません。
長門さんのファンにそこまで過激な人がいるとも思えないので、
僕が心配し過ぎただけなのかもしれない。
しかし、噂にはなっていたようで、部室でSOS団団員に色々なことを言われた。
「有希はね、ちょっと感情を表に出しにくい所があるだけで、根はすっごくいいこだわ。
古泉くん、有希があなたを脱がせようとしたのも、鼻の穴に栗を突っ込もうとしたのも、
それは未遂だったそうね。ちょっとざんね…じゃなくって、
それはあのこが不器用なだけなのよ。
有希は有希なりに一生懸命、感謝を形にしようとしているんだから、
ちゃんと男らしく受け止めないと死刑だからね!」
「古泉くん、あのう、
長門さんは古泉くんが自分を庇って怪我をしたことに負い目に感じていると思うの…
だから、長門さんがこれでお礼が完了した、って思うまで付き合ってあげてね。
古泉くんはそんな事しないと思うけど、投げ出すようなことしないでね」
「おい古泉、お前のお節介が引き金になったんだ。
せっかく長門がまた成長しようとしているんだから、
途中放棄みたいなことするんじゃないぞ。
例え、脱がされようが栗まみれになろうが、甘んじて犠牲になるべきだ」

犠牲ってなんだよ…
長門さん、皆から愛されてるなあ……
そうぼやきながら、今日の団活動を終えた僕は、
一人暮しをしているマンションの部屋の鍵穴に鍵を差し込んで扉を開けた。
「ただいま」
声を返してくれる人なんて誰もいないというのに、
家で人が待ってくれている事を求めているのか、つい言ってしまう。
それは行って来ますも同じだった。
「お帰り」
ずるっ、どさっ、と肩から鞄が落ちた。
そこに正座をして、僕を見上げていたのは、座敷童。
ただし、
「な、ながっ…」
文芸部室限定の座敷童だった。



つづけ!
「命令形ですか…」
「そう。
そして続きが投下されるまで私達はこの睨めっこ状態を維持することになる」


あきゅろす。
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