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いや、一言だけ聞いていた。
「おいしい?」
「はい、おいしいですよ」
スパイスが上手く効いていて、辛党でなくとも好きになれる味だ。
そこからは、干渉の必要は無いと判断したらしく、彼女も普通に夕食を取っていた。
で、ごちそうさまをして、食器を洗い終えた長門さんは、
「お風呂。
片手では頭部と背中が洗いにくい」
と言ってビニール袋を僕の右手に被せて、手首と袋を輪ゴムでとめた。
昨日の入浴はなんとか片手でできないものか、とやってみたのだが、
背中は手が届かない部分があって、まあ頭は完璧ではないがなんとかなった。
んがっ、しかし!!
「いっいいいいです、ひとりで大丈夫です!」
脱がされる訳にはいかないのだ。いかないいかない、いかないんだって。
今回は着替えるのでは無く、お風呂なのだから。
トレーナーの裾をつまんだ長門さんの手首を掴もうとするが、やっぱりはたかれる。
それでも今回ばかりは成すがままにはいかないので、さっきより素早く手首を追う。
今度こそ捕まえた。
これでも護身術は、機関で一通りみっちりとしごかれているんだ。
「暴れないで」
いや暴れもするよ。
もしここに残りの団員達がいて、このような事態になったのなら、多分僕はいつもの笑顔で、
僕は脱がすことは好きですが、脱がされるのは性に合いませんねえ、
とかなんとか言って、本当はそんなのしたこともされたことも無いってのに、
朝比奈さん(すみません)にでも長門さんを誘導させるのだろうけど。
今はそれも叶わないので、全力で抵抗する。
「マジでいいですってば!」
「この場合のいい、とは許可を表しているのか、拒否を表しているのか判断が非常に困難。
日本語とは曖昧模糊なもの」
「揚げ足取らないで下さい!」
「あげあしって、どんな足?
上げた足、揚げた足?」
「それを揚げ足って言うんです!
大体あなたのようなお方は、僕なんかに語句の意味を聞かずとも…」
「隙あり」
しまった、と思った頃にはもう遅かった。
するっ、と長門さんの手首は僕の手の中から抜け出て、
続いて、とん、と軽やかな効果音を付けて片手で僕の胸板を押す。
その効果音とは裏腹に、僕の背中と床に、強烈な磁力を持つ磁石でも仕込まれているのか、
と思うくらいに強く背中を床に叩きつけられた。
ついでに後頭部も。
「っーーー!!!」
余りの衝撃に声も出ない。目から星が飛び出したんじゃないのか?
苦労して身につけた術も、宇宙人が相手では何の役にもたたないという訳か。
まぶたをぎゅっと閉じて、両手を後頭部に回して、痛みに耐えていると。
下腹辺りに、重みを感じた。
「は!?
な…!」
僕に馬乗りになっている長門さんと目が会って、顔を赤らめればいいのか青ざめればいいのか、
じゃあ混ぜた紫にしたら、と阿呆な考えが能を掠め、僕は慌て頭に回していた手で彼女の腕を掴んだ。
「何すっ、るん、です、か」
ありったけの力で退かせようとするが、彼女はびくともしない。
「観念するべき」
「死んでもしません!」
僕の必死の抵抗もどこ吹く風、長門さんはトレーナーをひっぺがえした。
「ちょ、解りました解りましたよ、解りましたから!
せめて下は自分で脱がせてくだ…!」
「却下」
「ギャーー!!!」

数分後、風呂場には、男のプライドをズタズタにされた僕と、
持参した体操服に着替えた長門さんがいた。
もう、今すぐ過去へ行って昨日の自分に張手のひとつでも食らわせたい。
自分の方からお節介をしておいてこんな事を思うのは勝手だが、
こんなことになるのなら、庇わなきゃ良かった…!
くらいの後悔なら、少しばかりしてもいいだろう。
じゃあ、あのまま長門さんが本の雨に降られれば良かったのか、
と言うと、それは見当違いになる。
上手く言えないけれど、
涼宮さんが校庭ではしゃぎ回った拍子に、こけてしまって膝を擦りむいたり、
朝比奈さんが家庭科の授業でドジを踏んで、人差し指を裁縫針でつついてしまったりして絆創膏を貼るのとは、
見ている僕の気持ちが、ちょっと、もしくはかなり違ってくると思う。
安っぽいプラスチックの腰掛けに座った僕は
(勿論、腰にはタオルを巻いている。手遅れだろとか言わないで。お婿にいけない)
後ろに立った、半袖体操服とブルマに着替えた長門さんに頭をわしゃわしゃと洗われている。
…ブルマ考えた人って絶対変態だろうな。
シャンプーを洗い流した彼女は、次にタオルに石鹸を泡立てた。
それで背中をこすられて、どーしよーもなく体温が高くなるのが、嫌と言う程解る。
シャワーの取っ手を手にして、長門さんは背中の泡を洗い流してくれた。
「ありがとう、ございます…
後は自分で洗いますか――」
振り返って、愕然とする。
「――ら…」
最後まで言葉を紡いだものの、口は開きっ放しだ。
詳しい描写は勘弁して頂きたい。
ひとつ言えるのは、見てはいけないものを見てしまった。それ位だ。
お湯が跳ね返ったのと、湿度のせいで体操服がアレな状態の長門さんから目を逸らすために慌てて、
再び前を向く。
「えと、その」
「?」
「して、ないんですか…?」
「何を」
「上の下着…」
「上なのに下?
日本語とは曖昧模糊なも」「揚げ足、取らないで下さい…」
「女性用の胸を安定させるためのサポーターなら、していない」
湯にのぼせた訳でもないのに、頭がくらくらしてきた。
「か、仮にもあなたは女子高生なんですから、それは、ちょっと…」
「必要無いから」
ここで、それはそうですけど、なんて言ったら確実に湯船に顔を突っ込まれるだろうし、
かと言って黙っていても肯定だととらえられて溺死にされそうだ。
どっちにしても死ぬのか…
「さては」
メキッ
「大は小を兼ねるとでも?」
メキメキメキッ…
ナンシー:これは何によって作られた音ですか?
キャサリン:これは彼の頭に彼女の指がめり込むことによって作られた音です。
「だっだだだだ大丈夫です!
あだっ、小さい男がいいと言う女性は多分滅多にいないでしょうけど、いだだっ、
小さい女性の方がいいと言う男は、星の数程いるでしょうからギャー!!
脳味噌噴き出る!」
「問題無い。
脳はペースト状にあるのではないので、噴き出す可能性はゼロ。
湯煙殺人事件」
「殺す気満々じゃないですか!!」
「あなたは」
すっ、と指から力が抜かれる。
ああ、助かっ―
「どちらが好み?」
―た、という訳でも無いらしい。
…なんて答えよう。
長門さんの癪に障るようなことを言ったら、
事件を解決する探偵が永遠に現れない湯煙殺人事件に発展してしまう。
って言うか、僕にそれを聞いてどうするんだろう。
「その人が好きなら、関係ないと思います。そういうのって」
模範解答。
長門さんは、答え如何によってはもう一度僕に地獄を見せるつもりでいたようで、
「そう」
と、頭を軽く掴んでいた指を離した。
これでやっと一安心できる。
長門さんからタオルを受け取って、できる限り素早く体を洗い終える。
湯船にも浸からずさっさと浴槽を出て、濡れ鼠になった彼女にそのまま風呂場を貸して、体を温めてもらう。
有難迷惑だとしても、彼女は(強過ぎる)責任感からやってくれているのだし、
風邪をひかせる訳にはいかない。
脱衣所に、長門さんに着てもらうために適当に選んだ服と、
濡れた体操服を入れる袋を置いて、僕は新しい服を着た。
…ほらね、ひとりでできるんですよ、片手でも。

ほんの数分で長門さんは脱衣所から出て来た。
「このサイズは私には合わない」
トレーナーの袖口をぷらん、と下げ、ズボンの裾を踏んづけて彼女は言った。
髪がつやつやしている。
「すみません、やっぱり大きいですよね…」
うん、ぶかぶか。それは見たままだ。
じゃ、なんだ、この、長門さんから滲んでいる、守ってあげなきゃオーラは。
実際、僕ごときが彼女を守ろうとせずとも、
ひとりでなんとでもしてしまうのは大分前から解っているのに。
「別に構わない。
それより」
脱衣所にとんぼ返りした彼女は、歯磨き粉を乗せた歯ブラシを手にしていた。
「口、開けて」
しかし、僕も学ばないもので、大人しく言われた通りにすれば難なく済んでしまうというのに、
「そんな、仕上歯磨きなんてせいぜい幼稚園で卒ぎょ」
ぐへっ、と口に歯ブラシを突っ込まれてしまった。

「送るので、そろそろお帰りになりませんか?」
口を濯いで、歯磨き粉を洗い流してから僕は、
洗濯機のスイッチを入れていた長門さんに声を掛けた。
「洗濯並びにあなたの朝食及び明日のお弁当の準備のためにも、
このまま泊まるのが好ましい、駄目?」
「駄目です」
守ってあげなきゃオーラをまとっている割には、
その裏でこのまま泊めてしまったら彼女を傷つけてしまいそうで、
ってお前は何を言ってるんだ一樹、ごめん今のなし今のなし、次同じこと言ったら鼻穴爆竹の刑な、
とにかく泊める訳にはいかない。
「では、明日の早朝五時に訪問して朝食を作る。お弁当も」
「お気持ちだけで…」
「気持ちで埋め合わせることができる程、朝食抜きは甘くはない。
舐めてかかっては大火傷をする」
「…火傷?
ですが、長門さんお手を煩わす訳には…」
「明日の朝私を招き入れないと、私は帰路で痴漢、助けて、等叫ぶ。
そうなればあなたは即刻豚箱逝き」
ぶたば…脅迫……!?
「…朝ご飯、よろしくお願いします……」
「お弁当も?」
「はい、お願いします…すみません」
「いい」
短くそう言って、
しわにならない様に綺麗に畳まれたセーラー服を持ち上げた長門さんは、
何を思ったか、再び床に制服を置いた。
「明日の朝に着る」
体操服を入れた袋だけを抱えて玄関に向かう彼女に、上着を手渡した。
やっぱりこれもぶかぶかだった。
長門さんのマンションまでの道のりを、
高校生らしいと言えばらしいが、彼女にとっては正に下らないであろう話題でしか埋めることがでないままで、
一階のエレベーター前にまで来てしまった。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
自動ドアが閉まる一歩手前、長門さんの片手がぴくりと動いた。
ゆっくりと手が上るが、それよりも先にドアが閉まってしまいそうだ。
急いで僕は手を肩まで上げて、左右に振った。
ばいばい、を彼女はしたかったのだろう。
ひらっ、と一回だけ長門さんの手が揺れて、ドアが完全に閉まった。
僕はと言うと、持ち上げた手をポケットに突っ込んで、着た道を引き返した。


つづけ!
「だから、なんで『け!』…
『く。』でいいでしょうが…」


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