Chocolate
ジャッカルは前に貰った異国のお菓子とよく似てる。
なかなか手に入らない甘いお菓子。
ジャッカル色したお菓子は甘くて美味しくて、一口で大好きになった。
「やるぜよ」
雨男は掌の上に小さな銀の包み紙を巻いた塊をのせてきた。
「何だ、これ?」
「チョコレイト」
「チョコレート!!」
驚きと嬉しさに声が跳ね上がる。
「お前、変だよな」
「なんが?」
「恰好もだし、珍しい食いもん持ってるし」
「楽しかろう」
雨男は首筋にかかる毛を弄りながら、掴み所のない笑みを口元に浮かべる。
俺にとってはこんな掴めない奴なんて好みじゃないけど、生真面目な柳生は魅力的で好きだと言う。
今日は雨。朝からのせっかくの雨なら、コイツが来るのが分かっていたのに一足早く訪れた客を柳生は迎え入れて相手をしている。
雨の日は客が取り難い。客が取れなかった日はたまに柳生の為に雨男を足止めする。
飯だけを食い、柳生が客の相手を終わらせるのを待つ。泊まりの客になれば、雨上がり朝方まで待つ。
雨男は柳生以外には興味がないのだろう。
一緒にいようが他愛ない会話をして柳生を待つ。
朝になり柳生が客を送り帰した後、雨男は少しの時間だけ会話をして帰る。
抱かれなくても柳生は幸せそうだ。
「貰っていいのか?」
「どうせ、柳生にあげてもおんしに柳生があげてしまうじゃろ。やったら、先に渡しとく」
「分かってんじゃん」
珍しい菓子、甘い菓子は全て俺のもの。俺が菓子が好きだと、見世の奴等は皆知っているからほとんどの菓子は俺のもとへやってくる。
「チョコレート好き」
甘くて美味い、想像するだけで上機嫌。銀紙の包みを破ろうと爪を立てた瞬間、外から声がかかる。
丸い影はジャッカルで、ジャッカルが来たなら柳生の客が帰ったのだろう。
「おっ、良かったじゃん。今日は早く逢えるな」
「雨が強うなってきたきにのう…、もっと強うなる」
「…っ!!」
雨男が障子に隠れた窓へ目線を流した瞬間に、ドッドドドッ!!と激しく雨の音が轟く。
にやりと、ほらな言った通りじゃとでも言うように雨音は外の音をかき消す勢いで降ってきた。
やっぱりコイツは分からない…と、いうか妖しい。だから、実は柳生に対しても柳生を騙しているんじゃないかと疑っている。
こんな見世で騙す騙されるなんてお互い様だけど。此処は、一緒に居る時と抱かれている時だけが真実だ。
「早く行けよ、柳生が待ってるぞ」
「おう、世話になった。あ…、そうじゃ……」
去り際にジャッカルに聞こえないように配慮してか、耳元で囁かれる。
チョコレートは異国では媚薬に使うらしいと。
そんな危険なものが菓子のはずがない。
「嘘くせぇ」
「信じんのは勝手じゃけん、好きにしたらええ」
袖口からひとつ同じ銀の包み紙に巻かれたチョコレートを取り出し、仁王は掌で玩びながら部屋を出ていく。
爪を立てた指を折り曲げ、チョコレートを握り締める。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、くれたのはあの雨男なのだ。
雨男が持っていたものなら嘘みたいなことだって、本当なのかもしれない。
さっきだって、雨男が言えば雨が強くなった。
雨男を柳生の部屋に案内し、綺麗にたいらげた膳を片付けにジャッカルが部屋に戻ってくる。
誘うなら今だ。
大門が閉まってしまえば客は来ない。深夜を回れば、客は遊女を抱いて過ごす。
雨の日なら尚更だ。雨は客を大人しくさせる効果でもあるのか、静かに過ごすことが多い。
邪魔も入らないし、この雨なら声だって消してくれる。
「片付けなんてしなくていいぜ」
片付けをするジャッカルの背中に抱き付き体重をかける。
「これ、俺の仕事」
手際良く片付けるジャッカルにどうやって足止めさせようと抱き付く力を込める。
「…そうだ、これやる」
握りしめていたチョコレートをジャッカルの目の前で見せ、掌の上にのせる。
「お菓子?」
「さっき、雨男がくれたから一個やる」
「珍しいな」
確かに俺が人に菓子をあげるなんて珍しい。普段ならあげねぇし。
「食べてみろよ」
食べろ、食べろ。食っちまえ。
銀色の包み紙を開けば、握りしめていた熱で少し溶けたジャッカル色したチョコレートが現れる。
促され包み紙に口付けるようにジャッカルがチョコレートを食べる。チョコレートへの口付けさえ羨ましい。
「うおっ、酒出てきた」
「酒?」
「食べたんだろ?」
「…違うやつな」
「そっか」
横から顔を近づけ、くん…と鼻先で匂いを嗅ぐ。
甘い香りと独特の香りがする。独特の香りはきっと異国の酒の匂い。
…もしかしたら、此の香りが媚薬の素なんじゃねぇ。
匂いだけでも、くらくらしそうだし。
「美味い?」
「美味いよ、ありがとな。……何だよ?」
「何か他にねぇの?」
じっとジャッカルを見つめるが、ジャッカルに変化は見られない。
「何かって?」
「…あ〜ぁ、やっぱやるんじゃなかった」
本気で信じてたわけじゃないが、少しは期待してたもんだからがっかりしてしまう。
ジャッカルの肩に顔を埋める。
「ブン太…何か俺悪い事したか?」
「別にジャッカルが悪いわけじゃないから気にするな」
ジャッカルから離れ布団に倒れ込む。
肌に触れる毛並みが気持ち良い。黄金色の毛皮は客を持て成す高級毛皮。
冬に抱かれる時は最高に気持ち良い。
片付ける手を止め、うろたえるジャッカルが上から様子を見てくると影が重なる。
腕を伸ばして見れば、両手を引き上げられ起こされる。
「ジャッカル、抱き締めさせて」
「…はぁ?」
「客いなくて物足りない」
ジャッカルの首に腕を回し胸に抱き締める。
胸に収めるだけじゃ、やっぱり物足りない。抱かれないなんて満たされない。
かと言って今日は抱かれて満たされる気分でもない。
いつもなら抵抗して離そうとするジャッカルだが今日は大人しく抱き締められたまま頭まで撫でてくれる。
どうせ、俺が客取れなくて可哀想とかの慰めなんだろうけど。
暫く抱き締めていたらジャッカルの撫でてくれる手が止まる。
すっかり寝入ってしまった相手の名を呼ぶが反応はない。いつもなら、名前を呼べばすぐ駆けつけてくれるくせにピクリとも反応しない。
「ジャカル…」
確かに今日は疲れてるって言ってたし、仕事が終わればすぐに寝たいと見世が始まる前から欠伸を噛み殺しながらぼやいてた。
なんだかとっても虚しくなったから、さらに強く眠るジャッカルを抱き締めてみるが虚しさなんて埋まりやしない。
ぺろりと舌でジャッカルの頭を嘗めてみたらしょっぱい味がした。
「やっぱり、ただの菓子じゃねーか」
やって損した。アイツ雨男じゃなくて詐欺師だろい。
おわり。
【てんてん】のwakaさんに絵を頂きました!!
自分のお話に絵を付けて貰う機会というのはなかなかないのですが、まさかの遊廓、ジャブンで頂きました。ありがとうございます!!
絵にすることが出来ないので文字を書いているのですが、自分の世界が絵になるのはとても嬉しいです。こうしたい、あぁしたい!!って、いうのはあるんですが画力が追いつかないんですよね…。
それも、絵を頂いた後に小説を付けるといういつもはしない方法で書いてみたので新鮮でした。
お題から書くのとは違った新鮮さ。
本当にありがとうございました!!
Thanks!!4years old.
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