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「あともう一つ」

「なんだよ」

「風邪は引くな、ちゃんと休みは取れ、あんまり頑張りすぎんなよ、たまにはこっちにも遊びにこい、だって」

 僕は窓ガラスの破片を拾い集める手を止めた。

「僕も同感だよ。あんた、生真面目で有名だしさ、たまには癒しを求めたりした方がいいと思うけど。やるときはきっちりやる、休むときはとことん休む。言葉を繋ぎ合わせて二足歩行する生き物である以上、ストレス発散しないとね、やってけないよ」

 サイバーはわれた窓ガラスを見つめて愉快そうに笑った。

「僕は十分に、休んでいるしストレス発散もしてるよ」

「へえ。でもあんた、社員旅行にも行かないらしいじゃん。見たとこ彼女もいないっぽいし。あんたの癒しってなんなの?」

 やはり、やつとサイバーは分かっていない。

 毎日毎日、僕は十分すぎるくらいに労働の無償の見返りを貰っている。

 それは物を壊すとか、買い物をするとか、そんなものではない。この世界に存在している以上、誰もが平等に得ているものである。

「……僕はこの町が好きだ。美しく咲く桜に、幸せそうに笑う子供。鳥のさえずり。綺麗な空気。優しい住民。その無償の癒しに満ちたところで生きている。それが僕の癒しだよ」

 万人に理解してもらえるわけではないだろう。ましてやサイバーは笑って馬鹿にするかもしれない。

 けれど、本当に、町の優しさは失いたくないかけがいのない、大切な存在なのである。

「…………」

 サイバーは頭の後ろで腕を組み、黙ってこちらを見ていた。じっと目を丸くして見ているものだから、僕は歯がゆくなり、なんだよ、と声がけた。

 彼は心底愉快そうに、目を細めて、笑った。

「なんだか、予想外。菅さんの嘘つき、話とまるで違うよ。でもちょっと、あの人があんたを好いてる理由が分かった気がした。喜びたまえ。僕の中のプロファイルに、岸和田辰次はロマンチスト、って項目を追加しといてあげるよ」

「なにそれ……」

 以外、か。

 われた窓ガラスから顔を出すと、桜の匂いが混じった春風が前髪を撫でた。気持ちがいい。やはり僕は、この町が、この町の住民が、好きだ。

サイバーは再度あくびをして毛布にくるまった。

僕は、春の日だまりに包まれて眠るサイバーを起こさず、静かに部屋をあとにした。


end

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