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suppose plants were not to flower, how dreary naturewauld be!
(もし草木に花が咲かないものだとしたら、自然はどんなに寂しいものなのだろう)






 華臣市に、また春がきた。

 優しく吹きつける風には初々しい草木の薫りが混ざりこみ、並木通りに立ち並ぶ桜の樹はふっくらとした薄桃色の蕾をつけ始める。鳥のさえずりはまるで協会に響く福音の如しで、交番の前を通り登校していく子供たちの笑顔は、さながら天使の微笑だった。

 春爛漫(はるらんまん)とはこのことなのだろう。華臣市をすっぽりと包み込む幸福感に心踊らせながら、僕は先ほど煎れたばかりの煎茶を啜った。窓から射し込む柔らかい日の光が、僕のまるで生気を感じられない青白い手を照らす。

まったく、菅さんがますます活発になりそうなくらい良い天気である。

「毛布を干すのには丁度いい天気だなあ……」

 ひとつ、手間のかかりそうな厄介なのがあるから、今の内に片付けておくとしよう。僕は長く深いため息を吐いたあと、ゆっくりと身を起こして、署の奥にある休憩室へと足を運んだ。

 シワひとつなく綺麗に和紙が張られた障子を横にすべらせると、部屋の真ん中に、マイナスドライバーを握りしめたまま毛布をひっかぶり眠りこけるサイバーの姿があった。気持ち良さそうな寝息をたてている。

 僕はこめかみのあたりを指で押さえて、低く唸った。確かに昨日、サイバーにここは共用の場なのだから綺麗に使えよ分かったか、と、あれほど念をおして言っておいていた。しかし、こいつに説明は無駄骨だったようである。

 何しろ、窓ガラスは粉々に割られ、真新しい畳にいくつもコーヒーの黒い染みをつくられ、用途のよく分からないありったけの電子機器で部屋中のコンセントを一晩中フル活用されていたのだ。畳はコードが蜘蛛の巣のように絡み行き交い、得体の知れないものが根を這っているようで気持ちが悪い。 サイバーには、エコロジーとかリサイクルとかクリーンとか節電とか謙虚とかいうものについて真剣に学んでほしいと切実に願った。

 僕はいろいろなものを踏みつけながらサイバーの元へと近づいた。彼の肩を優しく揺する。

「起きろ、サイバー」

毛布の中から顔を出した寝ぼけ眼(まなこ)がこちらを見る。サイバーは、ぐう、と両手をつきだし体を猫のように前のめりにして背伸びをした。

「んあ、きっしーだ。おはよー。……。あーもうそんな顔しないでよ、分かった分かった、おはよう岸和田辰次。いつもながら無愛想な顔してるねー。笑ったら勝手に女が寄ってくるよーな顔してんだからさあ、笑えよ、勿体無いなあ」

「……誉めとダメ出しを上手く組み込ませた皮肉って、これ以上ないくらいに甲乙つけがたくて返事がしにくいって、知ってた? あと、それ以前になにか言うことがあるでしょ。例えば、あの窓ガラスとか。畳に染み込んだコーヒーの染みとか」

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