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いつまでもその体勢のまま動かない彼に向かって、何枚かのタオルと袋を投げ渡す。

「今回はご自分で片付けてくださいね。さすがに他人の汚物の処理は、したくありませんから」
彼だって、いつまでも自分の漏らしたものを放置なんてしたくないだろう。密室に閉じ込められている身なら、尚更だ。
「じゃあ、お疲れ様でした」
軽く会釈をして、扉を閉める。

もう定時などとうに過ぎていて、人気の無い艦内では扉を閉める音がよく響いた。
僕も自室に戻るため、一人で薄暗い廊下を歩く。電力を節約するために、ライトの電力が落とされている。そういえば、そろそろ消灯の時間だ。
音の無い冷ややかな空間では、自分の足音すら気になってしまう。
自室のある区域に入ると、まだ人が何人か歩き回っているのだが、さすがにこの辺りには人影すら無い。

この無音の空間で、彼はいつも何を考えて過ごしているんだろう。
まぁ今日ばかりは、自分の汚したものを片付けるのに必死って所でしょうけど。








彼の排泄についての対策は、きちんと考えておいた。
それが、これだ。
「次から、こちらにお願いします」
「……な、」
唖然と僕の持ってきたバケツを見つめる。
わざわざお手洗いの掃除用入れから拝借してきたのだ。
「こ、こんなもの、にっ……」
「これでも一生懸命考えたんですよ。褒めていただきたいぐらいです」
床に溜まっていた昨夜の汚物はもう綺麗に掃除されていた。
それでも多少臭いは篭っている。窓も無い部屋だから、仕方が無いか。
「それとも、また床がいいんですか?」
僕の質問に、彼の身体がびくりと反応した。昨日の出来事を思い出しているのだろう。
自分で片付けてくれるのなら、僕はそれでも構わない。放牧された家畜同然に、そこらへんに汚物を垂れ流してしまえばいい。
むしろそっちの方が、今の彼には似合っているかもしれない。
「そ……それは、嫌だ」
「そうでしょう?では我慢できなくなったら、ここにしておいてくださいね」
承諾したのか、微かに首を縦に振る。
「あと色々と食べ物を持ってきました」
今朝、ここに来る前に購入した手軽に食べれる食品を、袋ごと彼の前に置いた。
昨日までは栄養バランスを考えて、食堂のランチを運んでいたのだが、食器をいちいち返却しなければならないのが、どうにも面倒だからだ。
それでは栄養が偏ってしまうだろうけど、どうせ僕が彼の面倒を見るのは五日間だけだ。多少栄養が偏ろうとも、そこまで関係しないだろう。ついでに、もう一日絶食されてしまっていては、体調管理なんて既に失敗してしまっているも同然だ。
「…………」
彼が無言でその袋を見つめる。
どうしたんだろう。今日は妙に大人しい。
「体温を測りますので、腕を貸していただけますか」
す、と自分の腕を差し出す。
「今日は気持ち悪いくらい素直ですね。昨日の出来事で懲りたんですか?」
「…………」
その腕をとって、体温計を押し当てる。小さな音が鳴って、測定が終了した。
腕を放してあげると、ゆっくりと部屋の隅に腰掛ける。
本当に気持ちが悪い。





昼は休憩を取る前に少し彼のところによって、体温だけ測ってすぐに部屋をあとにした。
その時も、彼は僕の言うとおり腕を差し出して、抵抗も何もしない。
僕が持ってきた食料を見てみると、少し減っていた。自分から食べてくれたらしい。
一晩でこの変わり様。本当に彼の心境になにがあったんだろうか。

夜になり、仕事が終わってから彼のいる部屋に向かう。
「何か企んでるんですか?」
体温の測定が終わってから、彼に話しかけてみた。
この一変した態度には、何か裏があるとしか思えない。
「……別に。不本意だが、あと四日間は大人しくお前に従っていた方が利口だからな」
「あぁ、もしかしてお漏らしして、やっと学んだんですか?」
勢い良く睨まれた。でもそれも事実だろう。
しかし、恥をかいてからやっと学習するとは。遅すぎる。
何故、最初から大人しく僕に従ったほうがいいと気づかなかったのか、それこそ理解できない。不可解だ。
「あ、分かってると思いますけど、解放してから、ここに閉じ込められていたことは言わない方がいいですからね」
ぴくりと彼の肩が震えた。
まさか、外に出てから僕に監禁されていたことを暴露して、僕の地位を崩そうとでも思っていたのか?
だけど、彼のようなたいした官位も無い人間が、上の人間の信頼も厚い僕をどうにかできるとは思えない。たとえそれが真実だったとしても、だ。
それに、外にこの密室での出来事が漏れてしまっては、僕より彼のほうが被害に合うことになるだろう。
「……なんでだよ?」
「忘れたんですか。あれの存在を」
部屋の中に設置された、監視カメラを指差した。あれには、これまでの約48時間の出来事がしっかりと録画されている。
僕が彼にしたことも、彼自身の失態も。
「僕が後々あなたに訴えられることを、想定していなかったとでも?」
彼は、信じられないようにカメラを凝視する。いつまでも。そんなに眺めていても、何も変わりはしないのに。
震える唇から、言葉が漏れた。
「お前、最悪だよ。俺が今まで出会ってきた人間の中で、一番最悪だ。何で俺にこんなことすんだよ、訳わかんねぇ……!」
彼からしてみれば、ある日突然よく知らない人物に目をつけられたと思ったら、数日間の監禁生活を強いられてしまい、本当に何が何だか分からないだろう。
「たまたま、ですよ。たまたまあなたの立ち位置が、僕にとって悪すぎたんです」
僕が認めた女性が彼女でなければ。その彼女の側に、あなたがいなければ。
そしたら僕らは出会うことも無かっただろうし、もし関わることがあったとしても、お互いにここまで意識を向けることは無かっただろう。
それに、直接的な原因を挙げるとすれば、最初からあなたが僕に逆らわなければ、こんなことにはならなかっただろうに。








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