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「おはようございます」

通路を歩いていたら、見慣れた小さい背中を見つけた。走り寄って、顔を覗き込みながら挨拶をする。
突然目の前に現れた僕の顔に、涼宮閣下が驚いたように後退った。
「こ、古泉くん……驚かさないでよ」
「すいません」
軽く謝ると、涼宮閣下は大きな欠伸をしながら、まだ眠たそうに目元を擦った。
「寝不足ですか?」
「んー……しっかり寝たはずなんだけどね」
おかしいわ、と言いながら、もう一度欠伸をする。今度は控えめで、口元を手のひらで隠しながら。
「そう言う古泉くんは、今日はいつもより元気ね。昨日何かいいことでもあったんでしょ」
「いいこと、ですか……」
思い当たる出来事ならあるが、彼女には言えない。
「特にありませんよ」
「そう?」
否定したのだが、彼女は変なところで勘が鋭い。
疑るように僕を見上げた。楽しいことを独り占めしていないで、あたしにも教えなさい、とでも言いたそうに。
「あ、昨日のことなんですけど……」
また突っ込まれて誤魔化すのも面倒なので、別の話題を出して彼女の意識を逸らすことにする。
「うちの部下の仕事を、手伝って頂いたようで。お手数おかけしてすいません」
「別にいいのよ。本当に暇だったし。それに……」
視線が僕から外される。
まっすぐ前を向いて歩きながら、彼女が言った。
「あいつ、案外どんくさくて手際が悪いから。あたしが付いててあげないと終わらなかったでしょうからね」
あいつ、と言うのは彼の事を指しているのだろう。
彼女と彼の関係なんて、僕はまだよく知りはしない。それでも、彼女のこの言葉だけで、僕の中に黒い靄をかけるには十分だ。
「……お優しいんですね」
どろどろとした感情を押さえ込みながら、今の気分とは正反対の表情で、言いたくも無いセリフを吐き出す。
言葉を取り繕うのは得意だ。表情を作るのも。





約半日ぶりぐらいに、彼のいる部屋を訪れた。一応食堂で購入した朝食を持って。
ちゃんとしたデータを取るためには、最低限の体調管理もしてあげないといけない。

特に頑丈でもない扉を開くと、半日前と同じ場所に彼が座っていた。
ずっとこのままでいたのだろうか。
「ご飯、持ってきましたよ。お腹空いたでしょう」
銀色のトレイごと彼に渡そうとしたら、下から叩かれた。当然ながら、トレイはひっくり返り、上に乗っていた食器は床に落ちて、食料が散乱する。
「…………はぁ」
僕に逆らいたいのは分かるが、こんな風に意地を張るのはやめて欲しい。
結局は自分が辛いだけだろうに。
「もう、面倒な人ですね……」
落ちた食器とトレイを拾う。これは食べた後食堂に返却しないといけないのだ。
「……出せよ」
散らばった朝食をどうしようか考えていたら、ぼそりと彼が呟いた。
主語の無い台詞に、一瞬何のことを言っているか分からなかったが、すぐに理解する。
ここから、という意味ですね。
「お断りします。最低でも五日間は、データを取り続けなければいけませんから」
「五日……」
顔を俯けていた彼が、僕を見上げた。
顔色も悪くなく、昨日と比べるとまだ今日の方が元気そうだ。
「お前、頭はいいらしいけど馬鹿だな。五日も俺がいなかったら、周りの人間が……」
「そう思って、あなたには遠征に行ってもらったことにしました。これでお友達も、ご家族も気づかないでしょう」
口にしようとしていただろう言葉を遮り、先手を打つ。
あなたでも思いつく程度のことを、僕が考えていないわけが無い。
「っ……」
親の敵でも見るように、僕を睨みつける。
その瞳を見ていると、ぞくぞくとした快感を感じた。
しばらく眺めていたかったが、まだやらなければならない事がある。
「じゃあ、ちょっと腕を出してください」
僕を睨んでいた瞳に、少しだけ恐怖の色が混じる。
昨日の出来事を思い出したのだろう。
「体温を測るだけですよ」
そう言っても腕を差し出そうとしないので、結局僕自身が彼の腕を掴んで、無理矢理体温を測る羽目になった。
嫌がって抵抗する中、持ってきた測定器を肌に当てる。ピ、と小さな機械音がして、測定が終了した。
これは痛みもないしすぐに終わるのに、何でこんなにも拒絶して僕に刃向かうのか。僕には理解できない。
僕を怒らせてもいい事なんて無いと分かっていないのか。まったく彼のような平凡な人間は、物分りが悪くて困る。
「昼にまた来ます。その間にお腹が空いたら、勝手に散らかしたものを拾って食べてください。酷いだなんて思わないでくださいよ、それは自分でやったんですからね」
トレイと食器だけを回収して、僕はその部屋を後にする。







あきゅろす。
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