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あの男は、絶対に頭がイカれてやがる。

何でここまで俺に当たるんだ?出世頭が俺みたいな平凡な一般人を苛めて何が楽しいんだか。
ったく嫌な奴に目を付けられちまったぜ。
「はぁー……」
やってられなくなって、山のような資料達から逃げ出してきた。廊下の隅でしゃがみ込みながら、頭を抱える。

「あれ、こんな所で何してるのよ?」

「ハルヒ……」
疲れている時にはあまり出会いたくない知り合いの登場に、余計に頭が痛くなってくる。しかしそいつは、何も気づかずに話しかけてきた。
「あんた、何かいきなり古泉くんの所に配属になっちゃったわね」
「……それなんだが、お前は何か知らないのか?理由、とか」
ハルヒは俺とは違って軍の内情にも関わりがあるはずだ。だから、何か知ってるかと思ったんだが……。
「何も聞いてないわ」
望みは絶たれた。
理由なんて知っても、元いた部署に戻れる訳でも無いんだけどな。
「それよりあんた、仕事は?まだ就業時間でしょ、こんな所で何サボってるのよ!」
「…………」
はぁ、とまた大きなため息をつく。
「何よ。どうしたの?」
「……いや、別に。やらないといけない仕事が多くて、ちょっと疲れてるだけだ」
「そんなに忙しいの?」
忙しいと言えば忙しいが、あんな資料の並べ替えなんてやってて意味あんのか?わざと面倒な仕事を作って俺に押し付けているように見える。
……いや、あの人だってそれなりに立場のある人間だし、そんな陰湿な事をする訳無い…か?
だけど……うーん。
うだうだと悩んでいたら、ハルヒが信じられない一言を発した。
「あたし、今手空いてるし、手伝ってあげましょうか?」
「……は?」
こいつが?俺を手伝う…!?
考えられない展開に、思わず思考が止まる。
「なによその反応。代わりに今度ご飯奢りなさいよね!」
「あ、あぁ……でもあまり高い所は無理だぞ」
「だったらあんたが店を選べばいいわ!」
とは言っても、たとえ安い所を選んでもその分食う量が多いんだろうな。
でも今は、ハルヒの好意に甘えておこう。




空いた会議室を借りて、ファイルを一度完全にばらしてから並べ替えていた。部屋の中には白い用紙が山積みになっていて、見ているだけで頭痛がしてくる。
それを見たハルヒが、こんなのやってて意味あるのかしら?なんて俺と同じ感想を持っていたが、意味があるからやらせてるんだろ、と返しておいた。
ハルヒからあの男に何か言ってもらったら、こんな事やらなくてもよくなるのかもしれないが、俺はハルヒの地位を利用したくない。自分の問題は、自分で処理したいんだ。
……現在進行形で仕事を手伝ってもらってて、こんな事思うのは矛盾しているかもしれないが。
まぁ権力を使わないただの手作業だからいいんだよ。そういう事にしておこう。




二人で処理したら、意外にも早く終わった。やはり人の手は多い方がいい。
「んじゃ俺、こいつら提出しに行くから。今日は助かったぜ」
「感謝しなさいよ。あと、ご飯奢る約束は忘れないように!」
分かってるって。

ファイルを抱えたまま会議室を出て、古泉幕僚総長の個室に向かう。
「失礼します」
挨拶をしてから一呼吸置いて、自動ドアを開いた。
古泉幕僚総長は、デスクに向かったままこちらを見向きもしない。
「ご命令通り、並べ直しました。どちらに置けばいいですか?」
「机の上でいいですよ」
言われた通り、幕僚総長のデスクの上に、丁寧にファイルの塔を置く。
幕僚総長が横目に俺を見上げた。
「……早かったですね。もっと時間がかかると思っていました」
「ああ、ハルヒ……ええと、涼宮閣下が手伝ってくださったので」
さすがに職場の人間の前で、知り合いとは言え元上司を敬称無しは良くないだろう。
そう思って急いで言い直したのだが、古泉幕僚総長の空気が変わった。やはり呼び捨てはまずかったか。
「……涼宮閣下に、手伝わせたのですか」
「は、はい」
あ、そっちか?誰かに手を貸してもらった方がいけなかったのか。
向こうが言い出したとは言え、自分の仕事だもんな。
「………」
幕僚総長が無言で立ち上がった。個室の隅にある扉の前まで移動し、ドアノブに手を掛ける。

俺らのような下っ端と違って、それなりの立場の人間には個室以外に、私情に使ってもいい個別の部屋も与えられる。ハルヒいわく、忙しくて帰れなかった時の為の寝室代わりなんだそうだ。でも、人によって活用方法は違うらしい。

「……僕、人に言葉で物事を諭すのが嫌いなんですよ」
その部屋に入り、扉を開けっ放しにしたまま古泉幕僚総長が話す。
それと一緒に、カチャカチャと何やら渇いた音が聞こえてきた。
「だって、言っても分からない人には、何を言っても同じじゃないですか。一生懸命話すだけ無駄です」
「そう…ですね……」
何で俺にこんな話をするんだろう。
古泉幕僚総長が部屋から出て来た。その手には、白い布が握られている。
「そんな人達には、身体に覚えさせるのが一番ですよね。だって言葉で聞いても覚えられないのですから」
分からない話では無いが、随分と前時代的な考えだな。意外と体育会系なのか。
古泉幕僚総長が笑った。
普段のような顔に張り付いた笑顔では無い。うっすらと、ここにはいない何か別のものに笑いかけているように。

「――あなたも、身体で覚えて頂く必要がありそうですね。ご自分の立場を」

「……え」
幕僚総長の言った言葉を理解する前に、顔にその白い布を押し付けられた。ツンとした臭いが鼻腔を刺激して、振り払う間も無く意識が遠のいていく。
足元が崩れて、倒れかけた所を誰かに受け止められる。
耳元で、何かを囁かれた気がした。











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