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あの男、あの男、あの男……!


やり場の無い怒りを押さえながら、僕は早足に個室へと戻る。
「どしたんすか?いきなり」
その後に必死についてくるのは、無能な僕の部下だ。
もうお前はいてもいなくても変わらないのだから、さっさと帰ってしまえばいいのに。
「くそっ……」
まるで、猿に小馬鹿にされたような気分だ。そこら辺の壁を殴りつけたい衝動に襲われる。
しかし、こんな時に感情に身を任せて物に当たっては、僕の後ろにいる小動物と変わらないだろう。それは僕自身のプライドが許さない。
「あ、自分は残って真面目に残業してるのに、目の前でいちゃつかれて腹立っちゃったとか?分かりますよ、俺も彼女いないしー……」
壁じゃなくて、むしろこの男を殴りたくなった。お前と一緒にするな。
「でも幕僚総長は俺と違って女にモテそうだけどな。実際、彼女いるんでしょ?一人や二人ぐらい」
「…………」
悪いが、女性問題は何か起こったとき面倒な上、今後の栄達にも響く可能性もあるので、僕は極力余計な関係は作らないようにしている。
女性は信用できない。頭で物事を考える僕とは違い、彼女らは子宮で考える。故に僕には彼女らの思考は理解できず、そんなもの煩わしいだけだ。

そんな中でも、涼宮閣下だけは違うと思っている。
彼女は、特別なんだ。




涼宮閣下の整った横顔を思い出したら、自然とあの男の顔も浮かび上がってきた。
あんな、特に美形とも言いがたい平凡な男のどこがいいのか。一緒に歩くのだって恥ずかしいだろうに。
許せない。僕にこんな屈辱を覚えさせた、あの男が。
「幕僚総長ー……やっぱり今、すげえ機嫌悪そうですよね。疲れてるなら、今日はもう上がった方がいいんじゃないっすか?残りは俺が一人で片付けておくんで……」
「あなた」
別にこの部下の名前を覚えていないわけではない。人の名と顔なんて、一回紹介されたらすぐに記憶できる。
だけど、僕は最低限人の名は呼ばない事にしている。自分の認めた人間以外は、どうでもいいからだ。
「彼の友人なんですよね?」
「キョンのことですか?まぁ、一応は友達ですけど」
「明日、僕の個室に来るように言いなさい。個別にお願いしたい任務があります」
「はあ……」
彼は煮え切らない返事を返しながら、首を縦に振った。
やはり、この部下にはしっかりとした教育が行き届いていない。上官の命令にはもっとはっきりと答えるものである。






次の日の早朝、僕の命令通りにあの男が僕の個室にやってきた。
控えめなノックをしてから、扉を開き一回敬礼をした。あの無能な部下とは違って、こちらの彼は少しは礼節をわきまえているらしい。

「入ってください」
「はい」

また軽く会釈をし、静かに僕のデスクの前まで歩いてくる。
「今日ここに来ていただいたのは、お願いしたい仕事があるからなんですよ」
「何でしょうか」
どさり、と昨日部下が持ってきたファイルの山を、彼の上に置く。
「年代別にファイリングしてあるので、それをすべて取り外して、同じ資料は同じ資料でまとめて閉じなおしておいてください。今日の定時中にお願いします」
「……は?」
ファイルと僕の顔を交互に見て、唖然となった。
「聞こえませんでした?この資料達を本日の定時までに並べなおしておいてください、と言ったのですよ。二度も言わせないでください」
「…………」
「それでは僕は別室にて会議があるので、失礼します。ファイルは自分の机に持って帰って処理するといいですよ」
何も言わずに立ち尽くす彼を置いて、僕は個室から出た。
あんな量のファイルを突然渡されては、今日の自分の仕事もままならないだろう。しかも期限が今日中ときた。終わる訳が無い。
焦って処理をしようとした挙句、間に合わなくなり僕に頭を下げる彼の姿を想像する。愉快だ。
彼は自分がどんなに下等な人種で、涼宮閣下と釣り合わないのかを身を持って学んだ方がいい。





僕が会議を終えて、自室に戻ってみたらファイルの山は無くなっていた。持って帰ったのだろう。

ちらりと壁にかかった時計を見てみる。
そろそろ定時のチャイムが鳴る時間だ。
腕時計の秒針を眺めながら、秒刻みにその時を待つ。
3、2、1……今だ。

僕のカウントと同時に、就業時間を教える音楽が鳴り響いた。
あの男は現れない。まだ終わっていないに違いない。むしろ、今頃焦って処理をしている頃だろう。
自分の椅子の背もたれに体重をかけて、天井を見上げる。今の僕の気分は、昨日とは正反対だった。

全く、力無い雑草は哀れなものだ。上から掛けられる圧力に逆らえず、すぐに萎れてしまう。

彼があのファイルを提出してきたら、細かい箇所を指摘して注意してやろう。急いで処理したものだろうから、間違いも多いに違いない。
陰湿だと自分でも思った。でも、これは嫌がらせなんかじゃなく、立派な教育だ。僕のような天才に目をかけてもらって、むしろ喜んで頂きたい。
やっと終わらせた仕事を、さらに細かくチェックされて疲れ果てていく彼の姿を想像したら、楽しくてしょうがない。
どんな言葉をかけてやろうかと考えていたら、個室の扉がノックされた。
「はい」
誰だろうか。返事を返すと、静かな音をたてて自動で扉が開かれる。

入ってきた人物は、あの憎たらしい彼だった。
両手にファイルを抱えて、覚束ない足元で僕のデスクへと寄ってくる。
そして、僕の部下以上に乱暴な仕草で、ファイルをデスクの上へと置いた。
「お、終わったんですか?早いですね」
正直、驚きを隠せない。
あの量を今日中に処理すること事態、無理だと踏んでいたのに、まさか定時に終わらせて持ってくるだなんて……。
しかし、次の彼の返事は僕の予想の斜め上を行った。

「やってません」

……やっていない?それなのにファイルの山を僕につき返してきたのか。
彼の意図が分からなくて、今度は僕が唖然となって彼の顔を見上げた。
彼は強い目線で僕を真っ直ぐ見つめ、口を開く。

「俺は、あくまで涼宮閣下の直属の部下です。あなたの命令に従う理由なんてありません」

失礼します。とまた敬礼をして、彼は僕の個室を後にした。
残ったのは唖然として固まったままの僕と、大量のファイルの山。

パキン、と乾いた音をたてて、僕の持っていたペンが折れた。







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