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僕はそこら辺でのうのうと生きている人間とは違う。
あいつらが100%尽力しないと成し遂げられない事柄も、僕は50の力で完璧に成功させられる。
あいつらが10回聞かないと覚えることの出来ない事も、僕は5回聞けば完全に暗記できる。
そう、僕はエリートと言われる人種なのだ。道端に転がったジャガイモのような一般人達とは似ても似つかない、厳選された高貴な存在。

ほら、僕が廊下を歩くだけで女性達は思慕の念を僕へ向け、男性達は嫉妬、妬み、そしてどう足掻いても自分が何一つ敵わない相手への、絶望感。羨望。複雑な感情の入り混じった視線で僕を見る。
……ただ眺める事しかできない平凡な存在達め。せいぜい僕ら選ばれた人間の足元で、雀の涙ほどの給与を握り締めて、その面白みも無い人生を謳歌していくといい。

そんな僕の胸の内など何も知らず、たまたま目が合った女性が、きゃあと黄色い声を上げた。恥ずかしそうに顔を覆い隠し、隣に立っていた女性に抱きつく。
その一連の動作に、胸がざわついた。
何を勘違いしているんだろう。馬鹿らしい。
自分が僕の目に適うとでも思っているのか?くだらない、本当にくだらない!
大声で笑ってしまいそうになるのを、必死に耐える。
あんな道端の雑草が、何を夢見ているのか。

――僕に相応しい女性なんて、ただ一人しかいない。彼女以外、考えられない。

高度なセキュリティのかけられた大きな扉に、自分のカードキーを通す。音も立てずに扉が開いた。




「古泉くん!遅かったわね!」

一人の女性が振り返り、僕に笑いかけた。
僕の認める、世界でただ一人の女性。
「涼宮閣下。今日はお早いですね」
「閣下なんて呼ばないでって言ってるでしょ。同じ歳なんだし、そこまで気を使わなくていいわよ」
そう言われても、僕は彼女を敬称無しで呼ぶ事なんて出来ない。これは僕にとっての尊敬、忠誠の証なのだ。敬意の意味も込めて、彼女の名を呼ぶときは必ず敬称を付けるようにしている。
部屋の中央で仁王立ちしながらディスプレイを眺める横顔は、凛々しく美しい。

彼女に出会うまでは、僕は自分だけが特別だと思っていた。しかし、彼女はその思想を簡単に覆した。
同じ年齢であるにも関らず、僕以上に類稀なる才能、優れた能力。さらに容姿端麗。本当に申し分ない存在だ。彼女こそ僕に相応しいし、彼女と釣り合うのも僕だけだ。
「涼宮閣下、この後はお暇ですか?良かったら一緒に食事でもどうです?」
胸に手を当てて、頭を下げながら誘う。
夜景の美しい最高級のレストランを予約して、二人でワインでも飲もう。彼女と僕が並んだら、誰もが見惚れるような、一枚の絵画になるだろう。
「ん、今日?えっと……もう予定が入ってたと思うわ、ごめんね」
「……そ、そうですか」
今まで女性に断られた事なんて無かったのに。むしろ我先に僕と都合を付けようと、毎日のように女性からお誘いがあったくらいだ。
僕からの誘いを断るなんて、余程の理由があるに違いない。
彼女は申し訳なさそうに笑いながら、また誘って、と言った。







結局夜の予定が入れられなかった僕は、残業をして溜まっていた仕事を一気に片付ける事にした。
パソコンで一つ一つの資料を確認しながら、問題のある箇所にチェックを入れていく。
これは本来ならば僕自身の仕事ではなく、部下の仕事なのだが、彼らは仕事を処理するスピードが遅くて僕のペースに合わない。なので、仕方が無く僕自身が処理しているのだ。

一人で黙々と資料に目を通していたら、僕の個室の扉が開いた。
「古泉幕僚総長、失礼しまーすっと……」
中途半端な敬語を使って入ってきたのは、僕の部下の一人だ。
元はと言えば、こいつの仕事が遅いため僕の仕事が増えてしまったんだ。
「これ、処理できたんで確認してもらえますか?」
どさっと乱暴に僕のデスクの上に何冊ものファイルを置いて、指差す。
その仕草がいちいち癇に障った。軍人なら軍人らしく、もう少し礼儀作法を学んだらどうなんだ。その使い方の間違った敬語から叩き直してやりたい。
「……」
しかしこんな劣等種族と真剣にやりあっても仕方が無い。落ち着け。
なんとか自分を押さえ込み、部下が持ってきたファイルと向き合う。
「古泉幕僚総長、いつまでもこんな部屋にいたらさ、気が滅入りませんか?生き抜きにちょっと茶でも飲みに行きましょうよ。俺、奢っちゃいますよ」
「……」
何故こいつらはすぐに嫌な事から抜け出したがるのだろうか。
僕はやらないといけない仕事が残っていたら、すべてを終わらせてからではないと、気になってしまって休憩なんて取れない。
「ほらほら、渋い顔してないで立って立って!」
どうやらこいつは意地でも僕を連れ出すつもりらしい。
ここで怒るのも面倒なので、僕は言われるがままに立ち上がった。小言を言う気力も起きないので、彼の言う「お茶」とやらをご馳走になってやることにする。



「……お茶って、これですか」
「そうですよ。好きなの選んでいいっすからね」

休憩所に設置された自動販売機にコインを入れて、既に何を買うのか決めていたらしい彼は、迷うことなくボタンを押した。がしゃんと音が鳴って、下から缶ジュースが出てくる。
「幕僚総長はどれにします?」
自動販売機を見上げる。僕は普段こんな所で飲み物を買ったりしないから、どれを選ぶべきなのか悩んでしまう。
「じゃ、これで……」
適当に緑茶らしきものを指差すと、部下の男が素早くそのボタンを押した。既にお金は入っていたらしい。
彼は勢い良く下部に落ちた缶を拾って、僕に差し出してくれた。
「ありがとうございます」
口先だけの礼を言って、冷えた缶を受け取る。
隣に立つ彼が、自分の缶のプルタブを引っ張り空けた。そのまま飲み口に唇を当てて、中身を飲む。こんな機械に入っていた、清潔である保障も無い缶に気安く口をつけられるだなんて、信じられない。
個室に帰ってから、カップに中身を出して飲もう。なんて思っていたら、廊下から女性の声が聞こえてきた。

「今日は一緒に帰ろうって約束してたじゃない!」

聞き間違うはずもない。この声は涼宮閣下だ。
素早く反応して、その方向へ視線を向ける。
そこには私服姿の涼宮閣下と……見慣れない男が、並んで歩いていた。
「って言われてもな、勝手に居残り組にさせられちまったんだ。しょうがないだろ」
「誰よあんたにそんな命令した奴!名前を教えなさい、あたしがクビにしてやるわ!」
「おいおい……」
その男性は困ったように頭を掻いた。
なるほど。今日僕の誘いを断ったのは、あの男との約束があったからか。
僕を振って向こうを優先させるほど、あいつには価値があるのだろう。
「あいつらまだやってんのか」
隣の男が缶を口につけたまま、呆れたように言った。
「知っているんですか?」
「ん、同期でしたからね、二人とも。もっともあっちは俺と会う前から知り合いだったみたいだけど。昔っからあんな感じでしたよ」
「ところで、彼はどなたなんです?」
「彼って、キョンのことですか?あいつはたしか涼宮……じゃなくて、涼宮閣下の下にあるどっかの艦隊の作戦参謀じゃありませんでしたっけ。それから昇進したって話も聞かないし」
「作戦参謀……」
僕と会ったことが無いということは、それほど大きな部隊でもないんだろう。
その程度の人間と僕とを天秤にかけて、彼女はあちらを選んだというのか。
「それに比べて涼宮はすげーよな。ぽんぽん昇進しちまって……」
隣の男がまだ何か言っていたが、僕の耳にはもう届いていなかった。










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