一番僕を嫌悪していただろう彼が、僕を引きとめようとしてくれている。これはどういうことだ。 「……ん?んんんんん、ん!」 「何を言ってるか分からん」 そりゃそうだ。だって目の前の人物に口をしっかりと塞がれているのだから。 彼の台詞の中で、特に気になる箇所があった。それを聞こうとしたのだが、喋れないため伝えようも無い。 「ま、まぁとにかく……いなくなるなって事だ。わかったか」 分かったかって、そんな事をいまさら言われても。 何故彼が僕をここに引きずり込んでまで止めようとするのか。全く理解できない。 「……なんだよ」 下からじっと見つめていたら、怪訝な顔を返された。 「何で俺がここまでするのか、分からないって顔してるな」 そうです。その通りですよ。察して頂いて、感謝します。 「……なんつうか……普段うっとおしいものでも、いざ無くなると寂しくなったりするだろ?チャーハンの中に入ってるグリンピースのような……いや、これは無くなった方がいいけど」 僕はあなたにとってグリンピース的存在なんですか。 しかもその言い方から考えると、あなたグリンピース嫌いでしょう。 「違う違う!俺が言いたいのはだなぁ……!お、お前が近くにいないと、けっこう物足りないことに気づいちまったんだよ!」 叫んでテンションが上がってきたのか、ぐ、と僕の口を押さえる手に体重がかかる。床と後頭部が擦れて痛い。骨がミシミシいってきた。 「付き纏われていた頃は本当に消え去って欲しい程うっとおしかったのに!ちくしょう、何でだよっ!だっ……だいたい何でいきなり来なくなったんだ!?気になるだろうが!!しかもどこに行ったのかと思えば生徒会室に入り浸っているっつうじゃないか、確かに眼鏡攻めに惹かれるのは分かる、けど……!!」 「んんんんっ!」 惹かれてません!眼鏡なんかに惹かれてはいません!そこだけは絶対に否定したかったのだが、口が開けない。喋れないことがこんなにも辛いだなんて。 僕があなたと距離を置きだしたのは、そのアレルギーが原因だったのだけど。自分で近寄るなと言っておいて、彼はどれだけ僕を振り回す気なんだろう。 「目の前でしゃべるなとは言ったが、近寄るなとは言っていない!」 そうだった、……か?そこまで細かくは覚えていない。 「俺、ちゃんと病院言って蕁麻疹治すから。長門に相談してみたら、しばらくお前から変な刺激を受けずに安静にしていたら治るって言われたし、だから……」 あなた長門さんまで巻き込んだんですか。いや、部長氏や会長と比べると、彼女はまだましな選択か。 段々と語尾に近づくにつれて、彼の声が小さくか細くなっていく。 馬乗りになったまま頭を下げて、僕の胸元にこつんと額を当てた。 「遠くになんて、行かないでくれ……」 すっかり身体の力が抜けてしまった彼を自分の上から移動させて、僕は廊下へと移動した。 携帯電話を取り出して、発信履歴から森さんの番号を呼び出す。 今更ここにいたいと言い出しても、可能かどうか分からない。それでも僕は、出来る限りの事をしたいと思った。後から後悔なんてしたくない。 そんな不安もどこへやら。僕の願いは案外あっさりと通った。 新しい人間を派遣させるより、既に涼宮さんの身近にいられる僕が仕事を続行させるほうが、望ましいのだろう。それでも、僕の退学の手続きはある程度取られていたし、代わりの人間の手配もされていたはずだ。 電話では軽く嫌味を言われただけで終わったけど、学校が終わってたらこちらへ来いと呼び出されてしまった。おそらくお説教と始末書が待っているに違いない。 となりの空き教室で座り込んだまま待っていてくれた彼に、ジェスチャーでその事を伝える。たぶんすべては伝わらなかっただろうけど、まだここにいられる事は理解してくれたと思う。 安心したように笑ってくれた。 二人で並んで部室へと向かう。その足取りは軽い。 「よかったな。ハルヒ達も喜ぶぞ」 そういえば、涼宮さん達にも伝えておかなければいけなかった。早く彼女らにもまた暫く一緒にいられることを伝えたい。 「部室でお前のお別れ会するとか言ってさ、色々準備してたぜ」 たしか放課後に何かするって言ってたな。いらない手間をかけさせてしまった。 でも、僕のためにそこまでしようとしてくれたことが純粋に嬉しい。僕もSOS団の一員として思ってもらえてたのだと再確認できる。 さらに隣を歩く彼が、楽しそうに言った。 「昼休憩やさっきまで準備してたんだけどな、すごかったぞ。朝比奈さんは泣き出すし、ハルヒはハルヒで無理に泣くのを我慢してたようで、すげえ引き攣った顔してたし」 すげえ引き攣った顔……それは本当に余計な心配をかけさせてしまった。 しっかりと謝っておこう。 「俺が部室を出る前もな、みんなものすごく落ち込んでて葬式のような雰囲気だったな」 そ、そんなに、ですか。 部室の扉の前に立ってみたら、中からさめざめとした泣き声が聞こえてきた。おそらく朝比奈さんだろう。 それと、泣いちゃだめ、泣いちゃだめなのよ……と、震えるような呟きが。 扉に手をかけようとしたところで、手が止まってしまう。 とても、入りづらい。 彼に背を押され部室に入り、葬儀場のような雰囲気の中、涼宮さんに言った転校の理由とつじつまが会うように、事情を説明した。彼女らは素直に喜んでくれて、僕のさよならパーティーは復帰祝パーティーに名を変えて行なわれた。みんなでお金を出し合って購入してくれたらしいお菓子や飲み物を囲んで、楽しい時間を過ごせた。 そして、全員で並んで帰宅していた時。別れ際に彼が僕の服の裾を掴んだ。なにかと思って視線を向けてみれば、僕を見上げながら話しかけてきた。 「よかったな、ここに残れて」 そう言ってくれた彼に、心から同意する。 あなたがあそこまで僕を引止めてくれるとは思ってもみなかった。だからこそ、僕もここにいたいと思えた。 彼には本当に感謝しているし、あなたのような人を好きになれて、僕は幸せ者だ。 そう純粋に喜んでいたのだけど。 「お前がいなくなったら、三次元での楽しみが無くなっちまうからな。明日からまたよろしく」 ああ、やっぱり結局はそこに行くんですね。なんとく予想は出来てましたよ。 彼のこんな発言にも、そろそろ慣れてきてしまったらしい。 [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |