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梵と小
出会って間もない頃
小さな次期当主は未だ俺に姿すら見せてくれない。
いつも薄っぺらい障子一枚隔てながらの会話…、いや、会話にすらならない。とにかく梵天丸さまは、つねに薄暗い部屋に閉じこもり膝を抱えている。
いっそ無理矢理引きずり出して尻を叩いて叱咤してやりたいものだが、そういうわけにもいかず。
(梵天丸さまの気持ちもわからなくもないが)
元来俺は子供の扱いなど知らぬのだ。
だが主から世話役を仰せつかった身。このままだらだらこんな日常を続けるわけにもいかない。
「梵天丸さま、起きてらっしゃいますか」
「…」
「今日は生憎の曇り空でございますが、庭の紅葉がとても綺麗ですよ。」
「…知ってる」
「…庭へ出て小十郎と紅葉狩りなど致しませぬか。ささやかなものにはなりますが」
「…うるさい、放っておけ。有難迷惑だ」
「…」
こんっのクソガキ…!等とは今更思わない…。どうしたものか。
「梵天丸さま、たまには剣術の稽古などで気分転換なされてはどうですか」
「…」
「何か甘いものでもお持ちしましょうか。朝餉も手を付けておられなかったので、お腹が空いてませんか?」
「…片倉」
「…は、はい」
「どうせおまえも俺に同情してるんだろ?」
「……は」
ドキッとした。
名前を呼ばれたのが初見のとき以来だったのと、思いもよらない言葉が降って来たから。
「可哀相なやつだと思ってるんだろ?母親に疎まれ弟に立場をとられて…」
「…」
「おまえもそのうち小次郎に傅くんだろ」
「…梵天丸さま?」
ばこーん。
思っくそ障子を開いてやった。
それはもう爽快なほどに。
障子にもたれていた梵天丸さまがこちらに倒れ込んでくるのを支えながら、俺は言った。
「人の目を見て会話もせぬ内にそのように決めつけられては心外です」
「…な、おまえ…」
「確かに貴方様を哀れには思いまする。ですが それは小さく自分の殻に閉じこもってばかりいる点についてです。貴方のおっしゃるような同情が欲しいならいつでも差し上げます。」
「……、」
「皆が皆貴方の境遇に哀れみを向けると思うのは間違いです。ですが梵天丸さまが陰口を叩かれて辛いとおっしゃるなら…私は同情はしません、共に堪え抜きましょう。貴方様が心を開いてくれぬことこそが私には悲しい。」
「…」
「それに私は貴方の傅役…、貴方以外に傅く気等毛頭ございませぬ…。小次郎さまには別の相応しい者がいることでしょう。」
「…」
無言で俯く梵天丸さまを見て、俺ははっとした。しまった、感情にまかせて一気に言い過ぎた…。
癇癪を起こされないだろうか…。
「…少々出過ぎたことを申しました…お許し下さいませ」
「…か………、小十郎」
「…は、はいっ」
今日は二度も名を呼ばれた。
どうしたというのだろう。
梵天丸さまの顔は見えないまま。落ち込んでしまったのか、怒ってしまったのか。
「…腹が減っている」
「…え?」
「…さっき言っただろ、甘いもの持ってきてくれるって」
「…えっ?あ、あぁ、あ、はい!」
「それと…あ、明日は…少しなら稽古につきあってやるぞ」
「!」
俺は何とも言えない…開放感のような、歓喜のような安堵のような感情に襲われた。
「…す、すぐに甘味をお持ちします!少々お待ち下さい!」
よほど浮かれていたのか、厨へ走り去る際に二度ほどなにもない廊下でつまづいて転んだ。
今思えば梵天丸さまは、そんな傅役を見て少しはしっかりして下さる気になったのもしれない。
(…紅葉は、この庭が俺のものになってからだ…小十郎)
>>目を見て話してくれた小十郎に惚れた梵ちゃん。そして脱引きこもりの扉を開いた梵天丸さまは数十年後庭も城も小十郎も手に入れて変態当主になります。
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