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クリスタルアドベンチャー3D 第一回



ドクターの回顧録〜1985年12月


未来に確かな方向性というものがあるとしたら、それは不確定というものの存在を否定することになる。

タイム・ワープの理論は簡単だ。時間をねじ曲げて、今の時間と行きたい時間をくっつけてしまうだけ。
難しいのは理論を形にすることで、それには32年と3ヶ月かかった。
人類最初のタイムトラベルに成功したのは、私の娘が飼っていたハムスター。娘の元に来て、六世代を数えたメスのハムスターだ。
無論、彼女(名前はクリスタルという)の兄弟や親は装置の中で飛び散ってしまったり、どこか虚空に消えてしまったり、ドライアイスでかちかちに凍ってしまったりしたのだが。
クリスタルはストップウォッチとともに装置に入り、きっかり一分後の私の元へ帰ってきた。ストップウォッチもちょうど一分遅れていた。
「人類初タイムトラベラー、クリスタル嬢が女王陛下に謁見!」
クリスタルは散々世界を巡らされ、私の研究が十分続けられるほどの富を残して1年後に死んだ。
次にタイムトラベルに成功したのはクリスタルのひ孫であるヨシュアだった。悲しいことに、その間クリスタルの何人かの孫たちが虚空に消えたり、凍ったりした。
彼には一時間もの旅を強いた。なんとか無事一時間後の私の研究室に帰ってきたのだが、ヨシュアはふた回りも成長していた。
私にはいくら考えても理由がわからなかった。
その後の旅行者たち(イヴァン、ジョン、ヤーヴェ)にはそんな症状は見られなかったし、いつになってもトラベルの成功率が上がらないので、その研究はいつしか忘れてしまっていた。
その時になると飛び散ったり凍ってしまうハムスターはいなくなっていた。ただ、虚空に消えてしまうハムスターは居なくなるところか増える一方だった。

いつしか娘も子供を二人産み、クリスタルの一族ももう何世代経っていたのか、ともかくかなりの年月がたった。
成功率はさほど上がっていなかったが、オックスフォードの学長が変わり、イエールの学長が変わり、キョウト大学の学長が死んだりして、私の研究は続けるのが困難になってきていた。クリスタルの稼いだ金で作った「クリスタル・タイムワープ財団」もいつしか人手に渡り、私の研究にはもう金は出せないと言ってきている。
四面楚歌の私が思いついたのは第二のクリスタルを擁立することだった。
タイムマシン研究の第一人者である私が、80歳を目前に控え、今更サーカス小屋の団長になるとは!
幸か不幸か、候補はすぐに見つかった。6歳になったばかりの私の曾孫、名前もクリスタルという。
クリスタルの母親(私の孫だ)はえらく反対していたのだが、彼女の父親が私の研究所の学者であったのが幸いした。私の研究所が潰れたりなんかしたら彼女の家庭には死活問題だ。
彼女はしぶしぶ承諾した。
私は心配など何も無いと言ったがそんな保証はどこにも無かった。
そして人類初の時間旅行士はクリスタルに決まったのだ。

クリスタルは最初、テレビカメラやマイク相手にはしゃいでいたものの、いざ装置に入るとなるとその蝋人形の肌と変わらなく白くて愛らしいほほに涙を伝わせた。
それをなだめつつ、中世の騎士の鎧に似た気密服を着せ通信機のスイッチを入れる。気密服には外界の音は伝わらず、私たちにもクリスタルの肉声はもう聞こえない。
私はマイクロフォンを通して、クリスタルに話しかけた。
「良好かい?」
暫く間があったが、ノイズ交じりのクリスタルの声が想像以上に綺麗に聞こえたのですぐに不安は打ち消された。
「ええ、おじいちゃん。うちのテレビよりもいい音よ。」
クリスタルと私の会話は、研究施設(ヒューストンの宇宙管制室を思い浮かべていただきたい)全体に届くようになっており、それを聞いた幾人かの笑いが聞こえた。
三時間後にすべての準備が終了し、さらに五十分後に私は装置の駆動ボタンを押した。 クリスタルがタイムワープに入り、気密服ごと現在から消え去ったあと、一瞬だけクリスタルの声が聞こえた。
「おじいちゃん、もう会えないけど元気でね。」

世界中の誰もが知っている事だが、私はクリスタルに再会する事はなかった。


ヨシュア〜2075年7月


ビルの上に作られた空中庭園で配られていたペーパーモニターの見出しは、「クリスタル嬢帰還」というタイトルだった。この映像新聞は記事を観ている読者の気持ちなんか考えずに、二分おきに紙上にハンバーガー屋の広告が現れる代物だ。ハンバーガーを食う時は自分で決めたい。だから号外が配られていてもいつもは受け取りもしないのだが、この記事は観る価値がある。
なんでかって?クリスタル嬢はおれの親戚だからだよ。ひいおばあちゃんの姉さんだ。そしておれのクソ忌々しい名前のルーツに関わる一人だ。
 どうしておれの名前が忌々しいか分かるか?この名前はひいひいばあちゃんが飼っていたねずみの名前だそうだ。母さんのネーミングセンスを疑うよ。まあそんな母さんも酒とドラックとゲロにまみれて死んじまったけどな。
 おれの一族はタイムマシンを作ってたらしいが、そんなの作ってるんだったらおれの今の窮状ぐらい察しろよ。今がそれを使うときだぜ。あんたらの末裔はパブに行く金が手に入るんだったら何でもするゲットーの住人に成り下がっているぞ?
「トピック・・・クリスタル嬢は学校にも行っていないような少女のような姿をしているが、彼女はもう96歳なのだ」
トピックの下には研究所の廊下をクリスタル財団の奴らに囲まれて歩くクリスタル嬢の映像。それは、同じ場面を繰り返し映し出している。
「クリスタル財団対外代表キーディス氏の発言>>>(キーディスの記者会見の動画が添付されている)唯一の末裔にして我が家族、クリスタル大叔母の帰りは一族皆の願いでした」
ゆいいつ?唯一だと?金の亡者共が。忘れたのか?ここに財団にあぶれた一族がいるのを。
「クリスタル嬢はこの後セントラルパークホテルに滞在。翌日には女王陛下に謁見。一週間後にはバチカンに渡る予定です」
ご大層な事で。ホテルのスイートに泊まる金があったら、おれの為にアーセナル戦のチケットでも取ってくれよ。おれはだんだん腹が立ってきて、新聞を丸めて植え込みに捨てた。
「この場所のごみの投棄は禁じられています。ゴミはクズかごへ。」
車輪と美人の声帯つきのゴミ箱がニンジャみたいなスピードでおれの進路に立ちはだかった。移動してゴミを回収するロボット。しかも口まできける文明の利器。しかしこのゴミ箱を作った奴は二つのミスを犯した。こいつのお陰で国中の清掃業者が潰れ、失業率と犯罪率の上昇につながった事と、このゴミ箱自身がゴミを拾えるように設計しなかった事だ。
おれは親しみを込めてごみを拾うように促してくるロボットを、親しみを込めて蹴飛ばしてやった。

おれは何十年も前に立てられたアパートメントの(もともとは何かの会社の自社ビルだったらしい)32階で暮らしている。母さんは死ぬ前に「このビルはエリートの集まるビルで、世界を動かしていたのよ」と言っていたが、今やここはゲロと生ゴミの臭いしかしねえ。ゴミの中心地だ。
おれは母さんが拾ってきた長いすに腰掛け、ずっと出しっぱなしの気の抜けたコーラを飲んだ。


第一回 了


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