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■こうして喜劇の幕は開いた■





 ほぼ週1のペースで、野球部主将ミーティングは開かれる。
 毎回、数的に有利な7組で行われるため、1組の栄口は別校舎からの出張となってしまうわけで。
 それについて、花井と阿部と何故か無関係なはずの水谷も加わった3人で、何度か1組での開催も提案したが、そこはやんわりと却下された。
(まぁ、栄口だしな)
 人を動かすくらいなら、自分が動いてしまう人間だ。
 ならばせめてと、1組の時間割で5限が移動の月・木曜日は外し、弁当持参で集合。
 これを絶対条件として挙げた。
 これなら少しは、栄口だって昼休みにゆっくりできるだろう。MTG自体にそうそう時間が掛からなければ、残り時間に話もできるし。
(毎回、飯も一緒だし)
 そんな思いやりと下心が同居している阿部の思惑など知ってか知らずか。
「あべはやさしいねぇ」
 そうはにかんで笑う様が可愛いくて、とりあえず抱き締めてはおいた(勿論だ)。


 つまり、普段なら、そうそう大袈裟なものではないのだ。
 が。


「うっわ、予鈴鳴った」
「まだ書き終わってねぇ書類あるぞ」
「こっちも決まってねぇ」
 今回は何故か確定事項が多く、時間が押した。まだ幾つか、やらなきゃならないことが残ってるってのに。バサバサと散らばっている書類を束にしながら、じゃ、分担しちまうか、と口にしようとした。ところに。
「あ!オレ、次移動だった」
 栄口がそんなことをのたまった。
「はぁぁ??そういうことは先に言え、このバカ!!」
「だって、忘れてたんだもん!」
 コノヤロ、もんって可愛いな…て、違う!!さっさと行かねぇと遅れっぞ…て、あれ?
「木曜、移動じゃなくね?」
 考えていた疑問が花井の口から漏れた。そうそう、それだよ。てか、
「移動と重ならない曜日で設定してるはずだよな?」
「入れ子になったんだ、明日の5限と。先生出張なんだって」
「「へー」」
 って、感心してる場合じゃねぇ!
「間に合うか?」
「教室戻って準備してたら…間に合わない、かな」
 はははと笑う。いや、笑うトコじゃねぇって、だから。
「…次、何?」
「…理科A。…7組、今日無いよね?」
 当たり。無ぇな。
 暫し考え、のち、ああそういえば、と思い出した。9組のタジミハコンビは、年中教科書置きっぱっつってたよな?
「ノートはこれ持ってけ。シャーペンはそれな、あと、赤ペンあればとりあえず平気だろ。教科書は田島か三橋に借りて、」
とにかく遅れさせるワケにはいくまい。午前中にあった授業のノートを1冊机から取り出しながら、矢継ぎ早にそう告げていると。
「栄口ー!」
 聞き慣れた声が、聞き慣れない7組で響いた。
 振り返った先、出入り口に立っていたのは、
「あ、巣山!」
 栄口と同クラ、二遊間、なんか仲良いんだよなアイツ等、な、職人坊主・巣山その人であった。
「うーっす」
「よぉ」
 挨拶する花井と阿部に、手を挙げて答えてから。キョロリと教室内を一瞥して、巣山が窓側の阿部の席までやってくる。
 手には、教科書とノート。二式。
(二式?)
「あ、巣山だぁ!どしたのぉ〜!?」
 MTGの邪魔だからと追い出され、別のクラスメートと話していた水谷も来訪者に気付いたようで。てけてけとやってくるのに、やっぱり手を挙げておいてから。
「おう。や、次移動なのに帰ってこねぇからさ」
 台詞が向かうのは、阿部の隣で立っている、栄口。
「オレ?」
「そう。忘れてんじゃねぇかと思って」
「あはは、さすが巣山、綺麗に忘れててさぁ…て、え?もしかして、教科書、持ってきてくれたの?」
 巣山が手にしている二式分の荷物を覗き込みながら、確信を持った栄口の声が疑問を呈する。
「おー。机ん中、勝手に探ったけど」
「うお!いいよーそんなの!!マジすげぇ、ありがとう!!」
「はいはい」
 手渡す照れ笑い巣山、受け取るキラキラお目目の栄口、うぉ、ちょ、なんか眩しいっっ!!
(…すぅやぁまぁぁぁ!!)
ソレはオレんだっつぅに!!
 阿部の機嫌が直滑降で雷雲を招き寄せるのに、気付いてか気付かないでか。
「あべ!色々あんがとね!!」
 振り返った栄口は満面笑顔だ。
(ぐ…!!)
可愛い過ぎる…!!
 雷轟は霧散し、代わりにぐっと右手拳を握り締めた阿部は、何とか平静を装って、おう、と返すのが目いっぱいだった。
「じゃ、行くか」
「お、そだね。…と、花井!書類、練習前に手伝うから、オレの分置いといて。じゃ、また放課後に!」
 バイバーイと水谷が大きく手を振るのに、同じく笑顔で手を振って応える栄口。それを一歩先で見守る巣山。小走りで走り寄り、隣に並んで見上げて笑う。ホント、マジ、助かったー巣山あんがとね。それに照れた精悍が笑う。いやいやいいって、それよか急ごうぜ。
 そうして二つの背中が教室の外へと出て行くのを、見送る。

 一連。

「…」
 何か、なんてぇか…
「うっわ、巣山カッコイーvv」
 考えていた台詞が、隣から降ってきた。クソレ…。
「ね、ね、花井、そう思わないー?わざわざ1組からお迎えだよ〜?しかも荷物まで持って!」
「確かに。アイツ等って、なんか仲良いよなぁ」
「てか、巣山ってタッパあるしさぁ、やることなすこと、なぁんかカッコよくない?さり気に栄口の彼氏位置だし」
(はぁぁぁ?)
 彼氏はオレだよ!…そりゃ付き合ってることは、栄口の希望で誰にも言ってはねぇけどよ。
 …つぅか、
「彼氏位置って何だよ?」
 花井の疑問に同調して、水谷を見る。二人分の視線を受けて、何故かふふんと胸を張り、フミキミズタニは爆弾を投下した。
「必ず左隣キープ!!で、扉は絶対開けるでしょ?それから、歩くペースは相手のペースに合わせるのが基本!!1組女子が騒いでた。『いいよねーあんな彼氏!栄口クン、うらやましー』って!』
 …クソレ…いっぺん死ぬか…?
「はぁ…ま、モテっかもな」
 花井、お前まで!?
「だよねー!なっんか、お洒落だしさ。で、さり気に優しいんだよね。それがまた、ビミョーにゼツミョーなの。この前もさぁ…」


 水谷は、たまたま廊下を歩いていた。
 そこで、見慣れた二人組みの背中を見つけた。あ、巣山と栄口だーと、思ったときには声を掛けていた。
「すぅやまぁ!さかえぐちぃぃ!!」
「お!?」
「あ、水谷だー!」
 なぁぁにしてんのぉ?と、尋ねるより前に、振り返った二人の状態で何をしているのか解ってしまった。
「巣山、日直?」
 二人して両手に大荷物を抱えている。おそらくは授業に使う資料だろう。高さのある巻物を3本と、他にも色々、抱えている分量が多い方の人物に向かい、聞いてみた、ら。
「オレ、オレ」
 これまた両腕を紙袋でいっぱいにした、栄口のほうが困ったように笑いながら答えてくれた。
「一人でこんだけの量、さすがに持てなくてさぁ。手伝ってもらってんの」
 いや、明らかに巣山のほうが多く持ってない?
 てか、
「日直って、二人居ない?」
 普通そうだ。男女のペアでこなすものだ。7組はそうだし。1組だけ別なんだろうか?口にした疑問に、返って来たのは何ともな一言。
「や、これは持たせらんないだろ」


「…って!!凄くない!?凄くない!?それで、栄口より多く持ってんの。いつもごめんなって栄口が謝るのに、『体格差考慮』っつって笑ってさ、軽々歩いてくんだよー!!!」
 いやぁんカッコイイーと、口元に両拳を押し当てて、左右に揺れている。キモイ、てか、
(うぜぇ…)
 オレだって同じクラスなら、幾らだってフォローするし。栄口に、重いモン持たせたりしねぇよ…!!!
 再び雷雲を招き寄せつつある阿部など蚊帳の外で、花井までもが「そりゃカッコイイな」などと口にして盛り上がっていたりする。
(花井、お前もか…!)
 がるると唸りを上げた鼻っ面を弾くように、件の花井が口を開いた。
「てかさ、それなら、もっとスゲェの聞いた」
「え?なになに?」
「…」
何だよもっとスゲェって!!!
「や、2組のヤツから聞いたんだけどさ…」


 1、2組合同の体育の時間。
 授業内容はバスケ、5人ずつで作ったチームがそれぞれ10分ずつ対戦するという方式で、巣山と栄口のチームが観戦組に回っていた時のことだ。
 サイドラインを割ったボールが勢い良くバウンドし、コート側に座っていた栄口の方へ飛んだのだという。
「あぶね、栄口っっ!!」
 コート内から声が上がったが、勿論間に合うはずが無い。
「へ、って、ぅわっっ!!!」
 迫り来るバスケボールに、咄嗟の対処でぎゅっと頭を抱え込んで丸くなった栄口。されど予想していた衝撃は、襲い掛かってはこなかった。
 代わりに、全身を包む熱、飛んできた方向へと小さくバウンドしていくボール、それがコートをコロコロと転がり出して漸く、
「大丈夫か?栄口?」
「え?」
頭上から降り注ぐ慣れた声に、栄口は両手で抱え込んでいた頭を解放し、そっと目線を持ち上げた。
 そこには。


「…栄口を左腕に抱きかかえて、右腕で頭上をガードしてる巣山が居たんだってさ」
「え?それって、栄口を守ったってこと?」
「そ。飛んできたボールをこう、腕で弾いてさ、栄口を庇ったっつぅか」
「うっわ、それムチャカッコイー!!!」
「さすがにそれ聞いたときは、ちょっとマジでびっくりしたわ」
「知ってた?巣山って、部室の扉とか教室の扉とか、絶対脇で止まるんだよ!」
「ぉえ?何で?」
「並んでる栄口を、先に入らせるため!部室とか、視聴覚室とかさ、扉開けたままでワザワザ待ってんの!!」
「…アッイツ等…ホント仲良いな…」
「ねー!ちょっとマジ凄くねー!!ね、阿部!!阿部もスゴイと思わない!!?」
 振られて、びくりと跳ねた。咄嗟に頭が回らない。
 何を言っても、自分への言い訳にしかならないようで、言葉にならない。
「阿部?どうかしたか?」
 花井が不信がる。そうだろうよ、言葉に詰まることなんざ、そうねぇしな。
 だけど、
(今は…)
何も出てこない。
 そう思った瞬間、助けるように本鈴が鳴り響いた。
「なんでもね。おら、クソレ、さっさと席戻れよ!!」
「あー!またクソレって言う〜!!」
「るっせ!!」
 わらわらと教室中が慌しくなり、水谷と花井も自席へと戻っていく。
 それを見送りながら、阿部の思考は全く別のところに走っていた。


 荷物持ってのお迎え、重いモンは持たせない、災難からは庇ってみせて、扉はいつも開けて待ってる。
 彼氏位置の巣山。それを甘受する栄口。いいよねーあんな彼氏。巣山カッコイーvv


 先の5分の間に聞いた巣山の様が、ありありと目に見えて。確かにそうだ、いつだって巣山は栄口の隣に居て、栄口はそれに向かって笑っていて…。
「…」
 日直の号令に従って席を立ちながら、阿部はそっと唇を噛み締めた。






(見れば見るほど、だな…)
 練習中ずっと観察していたが、なるほど水谷と花井の言うとおりだと確信する以外の材料が見つからなかった。
 本当に、あの二人はいつだって、一緒に居るのだ。
 瞑想のときは隣に並び、柔軟もキャッチボールも意地悪トスもランパスも、とにかく何でもペアを組む。休憩時間も何かと二人で話をしていて、巣山は口端を上げてカッコよく、栄口は楽しさ満面で笑っている。
 そりゃまぁ、あの二人は同じクラスだしな。出席番号前後で、入学当初いの一番で仲良くなったらしいし。何より、巣山を野球部に誘ったのは当の栄口だし。
「坊主だったからカマかけたんだ〜」
と、それはそれは嬉しそうだったのが可愛くて、ぅちゅっとキスはしておいた(無論だ)。
 …は、ともかく。
(…)
 二遊間は連携が一番緻密なんだ、実際ウチの二遊は胸を張れるぜ。それは全て、日頃の二人の関係の良さを意味していて。
 解ってる。解ってはいるんだ。
 栄口は巣山のことを、一番仲のいい友人だと思ってる。
 巣山だって、栄口のことをそう思っているはずだ。知ってる。当たり前だ。
 例えそうではなかったとして、譲る気など微塵も無いけれど。


 阿部は、部誌を書くフリをして、視線をそっと持ち上げた。
 視線の先には、床に両脚を投げ出して座っている栄口。一緒に帰ろ、と、阿部が部誌を書き終えるのを待っているのだ。手には何かを持っているらしい。腿の上に作った両手のお椀の中を見て、ニコニコ嬉しそうに笑っている。なんだおい、機嫌いいな。
(てか、何持ってんだか…)
 そんなものにまで嫉妬しそうになった自分に、阿部は一つ溜息を吐いた。

 余裕なんて無い。目一杯だ。誰にも渡したくない。誰にも渡したりしない。想いなら、誰にも負けないのに。
 どうしてお前は、オレだけのモンになんねぇんだろうな?
 荷物持ってお迎えくらいやるよ、重いモン持たせたりしねぇし、全力で守ってみせるし。全身で愛してるよ。
 だけど。
 だけど。


(巣山のほうが、並ぶと絵になってるよな?)


「あべ?」
 はっと我に返った阿部の眉間に、みょっという柔らかな衝撃。みょ?何だそりゃ、と知覚する前に、肌色が目に入り、その向こう側に心配そうな大きな目。ああ、栄口の指かコレ、とそこで漸く合点がいった。
「これ、デフォルトになっちゃうよ?」
 うにうにうに、と、柔らかな指先が優しく眉間をこそばす。どうやら、また、皺を寄せていたらしい。
「…おお。」
「終わった?」
「もうちょい」
「そっか」
「ああ…悪ぃ」
「いいよ、だいじょぶ。」
待ってる。
 小首を傾げてニコリと笑う。ああくそ、可愛いな。なんでこんな可愛いんだよ。そんなだから、そんなだから。

『いいよねーあんな彼氏。』

 水谷の口から出た台詞が、突然フラッシュバックして脳を打った。
 巣山みたいな。うっわ、巣山カッコイーvv並んで絵になる。栄口は幸せそうに笑っていて。さり気にフォローが上手くて。
「っっっ!!!」
「わっっっ!!!」
 思わず抱き締めていた。驚く身体の柔軟さを盾に、無理な姿勢を取らせていると解っていながら、ほんの隙間すら悔しくてぐっと力を込める。
 腕の力を弱められなかった。怖くて離せなかった。
 お前が何処かへ行ってしまいそうで。
「…あ、べ…?」
 困惑が鼓膜を揺さぶるのに、耐え切れなくて更に腕に力を込めた。
 そうして暫く、まるでしがみ付くように抱き締めていた身体から、そっと力が抜けて。
 代わりにふわり、優しく背に触れる指先に、泣きそうになる。
 ああ、どうして。
 こんなに愛しいのに。
「…なんかあった?」
「…」
 言えないだろ。言えねぇよな。ますます巣山と差が開く。巣山はあんなにカッコよくキメられるのに。
 言葉に出来ずに唇を噛み締めて、代わりにぎゅぅぎゅぅ抱き寄せる。
「あべ。ちゃんと話して?なんかあったの?」
「…」
 何も無い。かすかに頭を振った。
「…三橋?」
 違う。
「…オレ?」
 違う。違う。お前じゃない。
 情けなくて、悔しくて、腹立たしくて、みっともないのは。
(オレだ…)
 何も出来ない。
 お前のために、オレは、何一つ出来やしないのに。
「あべ。」
(うぉっっ!!)
 突然ぐむっと両側頭に圧力。そのままぎゅっと持ち上げられて、向けさせられた視線の先には大きな目。あれ、栄口さん、ちょっと、怒っていらっしゃいます…?
「ちゃんと話して。何があったの?そういうの、一人で抱え込んだりしないで」
 …微妙に痛いんですが。ああ、ウメボシって結構痛ぇんだな、悪いな三橋、や、お前も悪ぃけどよ。
「あべ」
 他所事考えてたら、バレタ。更に圧がぐっと。 
 や、これ、マジで痛ぇって、ちょ、
「さかえ」
「そうじゃなきゃ」
 思わず開いた抗議の口を、閉じさせたのは、泣きそうに歪んだ顔だった。

「オレはなんのために、あべといるの?」

 眉をハの字にして、大きな目が揺らいで、今にも泣きそうなのに、必死で笑うその様が。
 愛しくて、切なくて、可愛くて、嬉しくて。
 ああどうせ。
 オレはお前に死ぬほど弱ぇよ。







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