[携帯モード] [URL送信]
「みるくイロの空の下で」




じめじめとした梅雨も過ぎ、汗ばむ季節になり始めた頃。

久しぶりに皆で飲みに行こうか――と言い出したのは、仲間内でもお祭り好きの田島だった。大学1年生で野球部所属というポジションは遊んでいる暇もないくらい忙しいはずなのだが、そういうときばかりは要領が良いらしくこうして無理やりにでも時間を作っていた。

いつものように夕食と共に軽く一杯ひっかけて、二次会、三次会へと雪崩れ込むのは変わりなかったが、試験明けで疲労が溜まっていたのか阿部が自宅に着いた頃には、初めはしっかりした足取りだった栄口も気持ちよさそうに阿部の背中で眠り込んでしまっていた。

「栄口、起きろ」
「う、ーん…」

余計なものを一切置いていない阿部の部屋は比較的綺麗で片付いている。綺麗というよりも質素で生活感がないと言ったほうが正しいかもしれないが、ほとんど留守にしているからあまり気にした事もなかった。水谷や田島からは「らしくない」だの「気持ち悪い」だの散々な言われようだったが。

そんな質素にも見える部屋の中央に置かれている自宅から持ち寄った白のカウチソファーに、栄口をゆっくりと寝かせてやると何度か寝返りをうったものの気持ちよさそうに寝息を立て始めた。 何度か声をかけてみるが、返って来るのは寝言交じりのものばかりで、さすがの阿部もため息を漏らす。
元々酒に強い方ではないが、ここまで無茶な酔い方をするのも至極珍しい。

(そいえば、田島に遊び半分で日本酒飲まされてたっけ)

大学へ進んでからお互い一人暮らしを始めた二人は、偶然にも同じマンションに住んでいた。
それが分かったのはつい最近の事だったのだが、近くに住んでいるからといって特別な事があるわけでもなく、何か緊急事態でもなければ部屋を行き来する事はほぼないに等しい。
栄口が風邪を引いたり調子を悪くしていた時に顔を覗かせたら、ビックリしていたが嬉しそうに礼を言われてからもそれは変わることは無かった。――というよりも、付き合い方というものがどんなものか分からないのだ。
阿部はもちろん、栄口に至ってもそれは同じで、たぶん密な付き合い方をした事がないからだと思う。
これが水谷や三橋なら途中で疲れたりうざくなったりして早々に引っ越していたかもしれない。
だが、栄口は普段穏やかな接し方をする割りに意外と淡白で相手の波長に合わせることが得意だから、自然と負担に思ったことは一度も無い。それどころか風邪を引いたときは「もっと頼れ」と叱ったことが有るほどだ。
それほど、彼との近所付き合いはうまくいっていた。

「栄口、水」
「うー…」

ただし、酔っている時は別だ。見かけによらず自分の許容量をまだ分かっていない。恐らく飲む回数も少ないだろうから、それは当然と言えば当然なのだがいつも面倒を見ている阿部にとっては良い迷惑以外のなにものでもなかった。

合鍵を持っているから、栄口の部屋に放り込んでも良いのだが一度酔っ払ったままお風呂に入って溺れそうになり――あわや大惨事になりかけた事があってからは阿部の部屋へ連れてくるようになった。
本当にどこまでも世話の焼ける。

「阿部ー、栄口どうだ」
遅れて玄関から顔を出したのは、終電を逃したからと一緒に泊まりに来た花井だ。
「ああ、寝てる」
栄口が眠り込んでいるのを見て、花井が覗き込みながら苦笑いを零す。
「しかし、意外と酒癖悪いよなコイツ」
「世話が焼ける飲み方するからな。ある意味、水谷や田島のように騒いで朝まで眠り込んでくれた方がマシかも」
阿部の毒舌に、花井もからっと笑った。
「はは、確かに…栄口は色々都市伝説持ってるからなぁ。本人に悪気はないんだろうけど」
思い出すように花井が笑うと、栄口が派手に寝返りをうった。
「ううーん…」
この様子では、しばらく起きそうにないと判断した阿部は、
「花井、先に風呂入ったら?俺、この酔っ払い見てっから」
「良いのか?」
「いつもの事だし」
「じゃ、遠慮なく」
ここは阿部に甘える事にして、花井は悪いなと言いながらバスルームに向かった。





高校の時はなんだかんだで衝突する事の多かった二人だが、意外に仲良くやっているようでほっとする。
三橋ほどではないが、阿部も人付き合いに関しては誉められたものではないからだ。
だが、年を重ねるごとにそれは変化していくのだろう。今では高校のときのメンバーも阿部に頼る事が多くなってきたように思う。昔なら怖がって話しかけられなかった沖に関しても例外ではない。
阿部だけではなく、皆が成長したという証だと分かっているがずっと彼らを見守ってきた花井にとっては嬉しくも寂しくもあった。
特に阿部と栄口とは3年間共に皆を引っ張る首脳陣として共に苦労を分かち合ってきた仲だから、余計に。

「…なんて、それも今更か」
苦笑いを浮かべながら、明日の1限目は何だったかなーと慣れたバスルームで服を脱ぎ始めた。




***



「うー…ん…。あ…べ?」
「起きたのか」

花井が出て行って直ぐ、寝言にしてははっきりしたそれに阿部は黒く縁取られた眼鏡をテーブルの上に起きながら栄口の顔を覗き込む。
すると、規則的に繰り返される寝息が聞こえてきた。
「寝言かよ…」
腹いせにコツン、と頭を軽く殴ってやると寝返りをもう一度うった。
「…あべ」
不意に伸ばされた腕が、阿部の頬をがし、と掴む。無意識なのだろうが、予想外の行動にバランスを崩して栄口の上に倒れこんでしまいそうになるのを、両手でどうにか支えた。
「…っ」
今までにない至近距離で体制を立て直すまもなく、今度は首に腕を絡ませられて――かぷ、と首筋を噛まれた。
「…てっ…おい、栄口っ」
直ぐに離れるだろうと思っていたそれは意外にしつこくて、いやらしい音を立ててちり、っとした痛みが訪れる。
「こ…の、」
今度は容赦なく頭をたたいてやる。
「酔っ払いっ」
「イタッ…って、あれ?」
さすがに、阿部の拳骨で目が覚めたらしい。
栄口は目を丸くして辺りをキョロキョロ見回している。
「俺?なんでこんな所に――って…」
「お前、ふざけるのも大概にしろよ」
「えええ?ナニナニ?俺、また何かしたっ?」
記憶のない栄口が覚えてないのは当然だ。だが、今の口ぶりからすると過去にも何か失態をした事があるのは自覚しているらしい。
「襲われた。キスマークつけたろ」
わざとらしく付けられて間もないそれを見せてやると、栄口の顔色が一瞬にして青ざめてゆく。
「…わ…、マジで?」
「ウソついてどーすんだよ。つーか、責任取れよな」
言いながら、まだ動揺してる栄口の後頭部をグイ、と引き寄せるとさすがに暴れだした。
「せ、責任ってなんだよっ?」
「だから、俺にもつけさせろって話」
「か、関係ないじゃん!」
「俺だけ付けてたら恥さらしだろ」
「二人で付けてる方が誤解招くっつーの!」
叫びながら二人で暴れていると、急に冷ややかな声がその場を静めた。

「お前ら…何やってんだ」

二人が固まって振り返った先には、風呂からあがったばかりの花井が顔を引きつらせて立っていたのだった。




***



「本当に阿部って性格悪いよね」
「…お前に言われたくねーな」

翌日。花井が出て行ってからなんとも気まずい朝を迎えた二人は、それを誤魔化すように憎まれ口を叩いていた。
もちろん悪いのは全面的に栄口で、阿部は巻き込まれたに過ぎないのだが――それでもあんな仕返しはないではないかというのが栄口の主張だった。
だが、それもいいわけじみていると栄口も分かっているらしく阿部に諭されると素直に受け止めていた。
「お前も、酒の飲み方に気をつけろよ」
「…ごめん」
いきなりしおらしくなった栄口に、阿部はバツが悪そうに口元を歪ませた。
昔ならきっと気遣う余裕すらなく、もっと酷い言葉を連ねていただろう。だが、もう阿部も子供ではない。
これ以上の応酬は無駄であると判断したのか、すっかり冷め切ったコーヒーを口に含みながら、
「今日は、休みなんだろ?」
「え?――うん」
栄口の休みの日は大体覚えている。それは、栄口も然りだった。
「じゃ、付き合え。三橋と田島にプロテイン買ってやる約束してっから」
「へえ。そうなんだ。付き合う付き合う」
嬉しそうに笑顔を紡ぐ栄口に、阿部は一瞬眉を顰めた。
「…阿部?」
「いや、なんでもね」

(俺といる時はそーでもねえのに、三橋や田島の名前出すとどうしてこう嬉しそうなんだよ…)

複雑な想いを抱えながら阿部がジャケットを羽織ると、栄口も首を傾げながら阿部の部屋を後にした。

眩しいくらいの日差しと肌にかかる爽やかな風に身を任すように、二人はのんびりと駅までの畦道を歩んで行った。







momomo日和のりんさんにキリリクで阿栄で「阿部はひどいやつだよ」をリクエストして頂きました!ありがとうございます。
巣栄の神様に阿栄リクに暴挙を果たした自分を褒めたいですww大学生阿栄は、いい!!


<back>


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!