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― はじめに ―
今から27年前の1985年、先進5ヶ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)が開かれ、
ドル高是正に向けたドル売りの協調介入を行う事を、日・米・英・仏・西独 の5ヶ国が合意したプラザ合意はあまりにも有名だ。
これにより1ドル240円台だった為替レートは、
1ドル120円台まで跳ね上がり、輸出主導で成長を続けてきた日本経済を円高不況に陥れた。
そこで日銀は金融緩和政策に踏み切り、
1987年には、公定歩合を当時で過去最低の2.5%まで引き下げる超低金利政策を行った。
これにより生じた余剰資金や株式が土地投機へと向かい、
内需主導型の空前のバブル経済が発生したわけだが、90年代に入りバブルがはじけると、
日本は空前の大不況時代へと突入する。
それから20年と少し、日本経済は未だ混迷の中から抜け出せずにいた。
街には失業者や若年無業者、フリーターや派遣の人間が溢れ、
ハローワークは満員御礼という異常な状態が続いている。
政府も新卒期間の3年延長など、この現状を打破する為に試行錯誤を繰り返しているようだが、
目に見える成果は得られていないのが現状のようだ。
失われた20年はなぜ食い止められなかったのか?
フリーターや若年無業者はなぜ増え続けているのか?
それをこれから探っていこうと思う。

― 失われた20年の概要と現状 ―
まず、バブル経済が崩壊した事で起きた事柄を把握していこうと思う。
そもそもバブルが崩壊した理由は、
△1989年から数度に渡り、日銀がそれまで引き下げていた公定歩合を引き上げた事。
△旧大蔵省が銀行に対して、「不動産向け融資を抑制させる総量規制」を実施した事。
△政府が地価税を導入し、売れば儲かるという土地神話が崩壊した事。
以上3点が引き金となったと言われている。
特に「不動産向け融資を抑制させる総量規制」は、銀行が巨額の不良債権を抱える事になる大きな引き金となった。
バブルが崩壊し地価が下落した事で、
銀行の債権が焦げ付き、回収困難な巨額の不良債権が発生し、
債務超過に陥った企業が次々に倒産した。
国際決済銀行(Bank for International Settlements)の所謂BIS規制が、
1992年度末から本格的に適用された事もあり、銀行の貸し渋りや貸しはがしが横行。
株式市場の低迷で新株発行による資金調達(Equity finance)が困難になり、それによって倒産する企業も後を絶たなかった。
辛うじて生き残った企業も資金不足に喘ぐ事となり、
1993年の実質成長率がマイナス0.5%と1974年以来のマイナス成長を記録した。
この頃から、欧米を見習ったリストラという単語が
巷を賑わすようになり、失業者の姿も街に目立ち始めた。
世の中に金融不安が広がり、1995年には兵庫銀行が戦後初の倒産銀行となる。
1996年には、個人向け住宅ローンを貸し付ける役割だったはずの住宅金融専門会社(住専)も様々な不動産投資に貸し付けていたため、大量の不良債権を抱えて破綻。
当時の橋本首相は住専に6950億円の公的資金を議決権がない優先株式を買う事で注入。
橋本内閣が住専国会と呼ばれる所以となった。
この苛烈な金融不安を鎮める為、同年に預金を全額保護する特例措置もとられたが、
三洋証券が1997年に経営破綻した事で群馬中央信用金庫が貸し付けていた無担保コール資金約10億円がデフォルト※1し、無担保コール市※2が疑心暗鬼、大混乱に陥った。
この信用収縮の余波を受け、北海道拓殖銀行が経営破綻、翌98年には日本債券信用銀行、日本長期信用銀行、山一證券などが立て続けに経営破綻し、皮肉な事に金融恐慌の様相を呈してゆくことになる。
この一連の出来事は当時の人々に相当な衝撃を与え、日本経済の失速を実感させるものとなった。

加速する金融不安を鎮める為に、日銀は金融緩和政策に乗り出した。
1990年に6.0%だった公定歩合を2001年には史上最低の0.1%に引き下げた。
民間企業は更にリストラを進め、
新卒者の採用の削減や人員整理を行った為、
失業問題が深刻化する。就職氷河期という言葉が流行ったのもこの頃(1994年)だ。
巷には失業者が溢れ始め、1999年には有効求人倍率が0.39(除:パート)と悪化した。
消費が冷え込む為に物価が下落し、それに伴う収益悪化でリストラも増加傾向にあった為、
デフレスパイラルに陥る事が懸念された。
2000年代に入り、小泉政権が発足すると、2002年2月〜2009年3月までの86ヶ月間、
実感なき景気拡大と呼ばれる、「いざなみ景気」が貧富の差を拡大させる。
この勢いで日本経済は回復軌道に乗るかと期待されていたが、
2007年のサブプライムローン問題に端を発した
米国住宅バブル崩壊によって、多分野の資産価格の暴落が起こる。
リーマン・ブラザーズも例外ではなく多大な損失を抱えており、
2008年9月リーマン・ブラザーズは経営破綻するに至る。
この経営破綻により、リーマン・ブラザーズが発行している社債や投信を保有している企業への影響、
取引先への波及と連鎖などの恐れから、
アメリカ経済に対する不安が広がり、世界的な金融危機へと連鎖した。
日経平均株価も大暴落を起こし、9月12日の終値は12,214円だったが、
10月28日には6,000円台の安値をつけるまで下落した。
株価が暴落したことで日本経済は再び失速し、
日本以外の主要各国も景気の停滞、後退が顕著になることになる。
「婚活」や「ネカフェ難民」「年越し派遣村」等の言葉が流行り、
派遣業が景気の調整弁としての役割を押し付けられている事が社会問題となり、
働けるのに働けない派遣労働者が当時街に溢れていたのだ。

― 人口減少と社会保障の問題 ―
ところで昨今の社会問題の一つである少子高齢化についての話だが、1974年に戦後2回目となる
『人口白書』にて『日本人口の動向』が発表されたのを貴方はご存知だろうか?
その副題は、「静止人口をめざして」というタイトルだったのだそうだ。
つまり昨今騒がれている少子化は、
もとを糺(ただ)せば政府主導の国策だった事が窺える。
発表当時の日本人口は1億1000万人。
のちに団塊世代と呼ばれる世代が出生ラッシュだった
1947〜49年のベビーブームの頃に比べれば、
人口増加率は小さくなっていたが、依然として人口は増え続けていた。
少しでも早く人口増加を停止させ、
増えも減りもしない「静止人口」を実現するために、政府は出生抑制をいっそう強化すべきだと明言したのである。
こうして、日本の少子化は政府主導で動きだしたのだ。
そして去る2005年、日本の人口は36年前の思惑通り増加から減少へと転じた。
なんとも皮肉な話である。この36年の間に日本の医療は進歩し、その結果、長寿と高齢化が進み36年前とは逆に子供が必要になってきたのだから。
更に悪い事に、政府主導で進められたその少子化のせいで、
現在(2005年)は、2人の現役世代で1人の老人を支えている状況なのだが、
それもあと3〜40年後には1人の老人を1人ないし1人未満の数の現役世代で支えなければいけないという試算もある。
単純に倍の負担が未来の現役世代にのしかかる計算になるわけだ。
当然社会保障も今のままというわけにはいかないだろう。
年金や健康保険制度が破綻するかもしれないし、
悪くすれば税収悪化で日本自体が
今話題のギリシャの様にデフォルトするかもしれない。
推論の域を出ないとはいえ、最悪のシナリオはいくつも想定出来る。
問題はそれだけではない、若者の雇用の問題が日本社会に大きな足枷となっている。
それはどういう事か?

― 若者を取り巻く労働問題 ―
厚労省のまとめによると大卒新卒者の93.6%が高卒新卒の96.7%が
企業から無事に内定を得ているそうだが、
若者の3年以内の離職率が中学生で7割、
高校生で5割、大学生でも3割が離職に追いやられている現状がある。
勿論会社に適応できず、自ら離職する者も多かっただろうが、
このデータを「これだからイマドキの若者は・・・」と断じてしまうのは早計だ。
民間企業は企業体力が衰えたところが数多あり、新卒教育すらもままならない企業が多い。
「ウチは違う!」と声を荒げる読者もいるかもしれないが、ちょっと待って頂きたい。
それならば何故「即戦力」等という言葉が最近になって急に流行りだし、
新卒に求められ始めるようになったのか?
何故即戦力を題材にした関連書籍が本屋の書架を埋めるようになったのか?
それは企業の甘えであり、全体的な競争力の低下を示唆する現象に他ならないと思えないだろうか?
もはや日本企業は、本来であれば一人の未熟練労働者も受け入れる体力がないのだ。
欲しいのは熟練労働者であり、本来育てるべきはずの未熟練労働者(がくせい)は、
使い捨ての駒にも等しい存在へと落ちてしまったと考えて良いだろう。
実際労基をかいくぐるために、辞めさせたい新入社員のパワハラは凄まじく、
追い詰められて辞めさせられ、そのままフリーターやニートに落ちる学生は多い。
これは私感だが、自ら辞めたとされる者の半数は企業からの圧力又はそれに準じる力に抑え付けられる形で追い出された者ではないかと思う。
一度ドロップアウトすると、元の場所に戻るのがとみに難しい新卒至上主義のこの国では、
酷い事にそういった人間は失業者としてカウントしない。
失業者の定義をみても、
求職中のアルバイトも統計上は就労者。たとえば1週間のうち、
たった1日働いて賃金を得ると就労者の扱いになるし、職を失った事で家事手伝いをしている場合や、学校に資格を取得しに行くという人も失業者ではないらしい。
求職意欲を失った、仕事に就くのをあきらめた人も失業者とは言わない。つまり失業者にニートやフリーターは含まれないのだ。
そしてその、ニートやフリーターといった潜在的失業者は内閣府の発表によると、
平成15年をピークにほぼ横ばいのようだが、先述した通り少子高齢化が進むこの国では、ニートも例外ではなく高齢化が進んでおり、ニートの枠※3から外れた高齢ニートの存在がグラフから隠される形となっている。
このまま彼らを野放しにしておけば、サイレントテロ※4が進むだけだ。
日本の若者は温厚過ぎるほどに温厚だと言われているが、このような状況がいつまでも続けば、サイレントがサイレントでなくなり、逃げ続ける老人達に、温厚だった若者が、
牙を剥く日も近いかもしれない。そしてすでにその片鱗が各所で実際の事件として起こり始めている※5。もうこれ以上企業に老人はいらないのだ。
就労の機会を奪われ、実力もつかぬまま放り出され、ニートやフリーターとなる若者は多い。若者で構成されたスラム街が出来て、治安が悪化し、荒廃した国となる前に、彼らを救済する事は急務であるといえよう。
もはや若者に対する精神論では収拾がつかない程に事態は悪化しているのだ。

― 今何が必要か? ―
ここまでの話をひとまず、まとめておこうと思う。
まず現在、我が国日本は空前の大不況の只中にいる。
第一の項目ではこの不況の現状と不況に至るまでの経緯を書いた。
第二の項目では、我が国の人口が減少しているという現状と問題点について、
第三の項目では、主題である現在の若者の苦境について語ってきた。
ここで第四の項目に突入するわけだが、この一見関係のなさそうな3つの
「不況・人口減少と少子高齢化・若年無業者問題」は、
それ単体で語るには、あまりにも互いが複雑に絡みあっており、
決して分けて語ることができないものとなっていると考えられる。


この負の連鎖は、いずれどこかで断ち切らなければならないだろう。
ではどこで断ち切るべきか?私は答えは雇用の現状にあると考える。
それはどういう事かというと、まず間違いなく日本に足りないのは雇用の数だ。
椅子取りゲームの席の絶対数が足りないからあぶれる人間が出る。
一昔前なら人間がやっていた仕事を、文明の発達で機械がやってしまうようになったから、人間の仕事が減ったのではないかと思う。
これは経済の発達の過程において生まれ出てしまう余剰労働力であり、不可避なものであるから仕方のない事と断じてしまうのは簡単だが、更なる経済発展を目指すのであれば、この余剰労働力を向かわせる為の、新たなる労働市場が必要だろう。
しかし、成熟社会において、民間だけでの新規市場開拓というのは容易な事ではない。
そこで登場するのが、第3セクターの存在だ。

― 第3セクター設立推進の提言 ―
第3セクターといえば、
1980年代後半に中曽根政権下の「民活法」「リゾート法」などを契機に民官双方のメリットを生かすとして全国的に急増したが、官民の役割分担が不明確であったため、もたれあいによる放漫経営を招きがちでバブル崩壊と共に経営難が表面化大きな問題となった事で有名だが、官民の役割分担を明確にして放漫経営を防止すれば、この企業形態の着想自体は悪くないものだと私は思う。
そういえば、近頃巷じゃ消費税増税論で騒ぎになっているようだ。
私としては、どうせ増税するならその税収で第3セクターの復活と第3セクターによる
失業者の積極雇用を推進してもらいたいと思う。
具体的な企業目的はなんでも良いが、震災復興事業や宇宙開発事業、東京電力と競合させる為の電力事業なんかが良いのではないかと思う。
別に、天下り先を増やす為に作ってほしいわけではない。
箕も蓋もない言い方をすれば、
街中に溢れるニートやフリーターや失業者をプールする為の企業がいると考えている。
全てのニートやフリーターや失業者を雇用するのが無理でも、焼石に水をかけないよりはかけた方がまだ良いと思うからだ。
当然プールできる規模の企業は民間だけでは無理だろうし、官だけでは営利追求のノウハウが甘く、彼の国の様に、国の財政を真綿で首を絞めるように圧迫するだけだ。
官民合体はこの不況を乗り越える為に必要な有効需要の創出に一役買ってくれる事だろう。
「選ばなければ仕事はある」というのも今や昔、「選ばなくても仕事はない」のが今の日本だ。
故に私は第3セクター設立をここに提唱したいと思う。

― 民間企業は若者を切る前に自らの襟を正せ ―
さて、ここまで提案してきた事は官民合体とは言え、主に政府に頑張ってもらいたい事だ。
この大不況を乗り切るには既存の民間企業にも頑張ってもらわねばならないだろう。
まず、私が言いたいのは
≪歳出削減=人件費削減は甘え!それでも切るなら下からではなく上から切れ!≫
という事だ。
暴論だと思う者もいるだろうが、そんな事は百も承知である。
企業は財務状況が悪化してくると、切りやすい末端社員から切ってく事が多い。
皆黙殺しているが、それは倒産しやすくなる環境を自らつくっていることに他ならない。
企業の財務状況が悪化してきたら、まず社長がギリギリまで減俸。
次いで部長、課長と収益が下がれば皆で痛み分けするのが一番良い。
首切りも当然、定退間近の年齢が上の人間からだ。
若手と中堅を切るのは一番最後で良いだろう。
もうウチは既にそうしているというのであれば、この項は無視してくれて良い。
ただでさえ少子化で支える人間の絶対数が少ない昨今、
自分たちが逃げ切りたいからといって、若手を職の現場から追い出すのはあまりにも将来の日本に対するリスクが高すぎるのだ。

― 終わりに ―
ここまで色々な提言を筆者の浅い経験を下に稚拙に書き連ねてきたが、
日本がこれからどうなっていくのかは、正直私にはわからないし、多分誰にもわからない。
経済的にどうなるかの予測はそこらの経済学者にでも任せておけば良いだろう。
私が本稿で主張したかったのは、
社会の誰にも顧みられずに引き籠る若者の存在を世間に知らしめたかったのと、
その若者を「いつまで放逐するつもりなのか」と社会に訴えたかった為に、
ここに筆を執った次第だ。
ニートもフリーターも派遣も正社員も経験した私が、言えるただ一つの真実は、
「若者の静かなるSOSに我々大人が気付かなければ、日本に未来はない」という事だ。
我々大人が老人となったその先の未来がどういうものになるか、私には知る由もないが、
これからの日本を牽引していくのはこれからの若者たちなのだから。(了)

※1:債務不履行の事。債券の元利金の支払いが期日または猶予期間内になされない場合、又は破産、会社更生法申請などがなされた場合、デフォルトとみなされる。
※2:金融機関同士で短期資金の貸借を行う市場
※3:ニートは34歳までの若者を指す
※4:性質的には自爆テロの一種。自らの置かれた社会的状況、又は現在の社会状況に悲観的観測を抱きながら、その状況を現実として受け入れようと諦観した人々が、「消費しない」「子供を作ら(れ)ない」「働かない(働けない)」「死ぬ(或るいは引き籠る)」といった。
行動をとる事で、社会構造に深刻なダメージを与える、人々が意図しないテロの事。
※5:秋葉原通り魔事件などはその最たる例だろう。犯した罪は許されるべきではないが、
彼を生み出したのはこの国の現状だ。亡くなられた方は被告に殺されたのではなく、国に殺されたに等しい。彼は加害者であると同時に被害者でもあるのだ。

参考文献
・『センター試験決定版 政治・経済 の点数が面白いほどとれる本』 石井 克児著
中経出版発行
・『2100年、人口3分の1の日本』歴史人口学者 鬼頭 宏著 
メディアファクトリー新書発行
・フリー百科事典
Goo辞書
http://dictionary.goo.ne.jp/
Yahoo辞書
http://dic.yahoo.co.jp/
一分雑学
http://www016.upp.so-net.ne.jp/zatsugaku/keizai/buble2.html
金融用語辞典
http://www.findai.com/yogo/index.html
ベア速 やる夫で学ぶ「失われた10年」
http://vipvipblogblog.blog119.fc2.com/blog-entry-216.html
山師ニュース
http://yamashi3.livedoor.biz/archives/51334455.html
日本俗語辞書
http://zokugo-dict.com/
厚生労働省HP
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/jakunensha-houdou.html
ニートの数 内閣府
http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h22honpenpdf/pdf/b1_sho2_4.pdf#search='
コトバンク
http://m.kotobank.jp/



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