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「キスを、したい」


夜更けを迎えつつある高級住宅地、それにふさわしい様なしんと静まり返った空気。いつもと変わらない、そら。
けれどただひとつ違うのは、彼と私の存在と、そして、なにもかも。
今日、そしてこれから。
この国の命運を掛けた戦いが、人知れず始まろうとしていること。

キスをしたい、と彼は言う。

別れ惜しい気持ちは私も同じだ。

だって、もしかしたらこれが今生の別れ。

「リザ」

誓いのキスを、と彼は言う。
何が誓い。何がキス。
誓うまでもない、私は、彼を、
―――愛しているのに。

それでもと、切なく細められた彼の瞳を見つめて思うのだ。
誓いのキス。
何を? 何を。

「……………御武運を」

結局口から出たのはそんな言葉、彼はそれでも満足気に微笑むから、私はそっと彼の唇に自分の右手を重ねた。

別れゆく貴方に私の口紅は似合わない。
去りゆく貴方に私の口紅は似合わない。
だから、だから、だから、

―――手のひら越しに、そっとキスを。



「―――行ってくる」





手のひら越しにキスをして、そして私は忠誠を寄す。


手のひら越しにキスをして、そして貴方はすべてを捨てる。








2006.01.21.投


手のひら越しにキスをして。







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