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過去ログ。
昔やってたパソサイトの日記に載せてた散文たちです。
オリジやら鋼やら、なんか色々。




【無題】
その本を開くと、必ず思い出す景色が有る。
原色でまとめられた、何とも言いがたい色調の部屋。しかし二つ並んだベッドはとても高級なモノで、それを客である自分達に貸し出すこの家の人々は相当なお金持ちなんだろう、等と頭の片隅で考えつつ、
夕刻。南側にある大きな窓からガラス越しに射し込む夕日。
照明のスイッチは手を伸ばせばすぐに届く位置にあり、それでも今の体勢を崩すのが何となく嫌で、照明の無い部屋は、何処と無く薄暗い。
隣のベッド、同じ様に本を読む年下の少女も特に何も感じていない様だったため、また静かに活字に目を落とした。
八月、此処は未だ冬故に空気は冷たく肌寒かったが、本を読むには丁度良い。ペラリ、と規則的にページを捲る音だけが、この部屋で反響していた。
「…此処に居られて、良かったです。」
不意に、集中して本を読んでいたはずの彼女に話し掛けられる。同時ににこりと微笑まれ、
…そうだね。
そう返した声は思った以上に綺麗に、響いた。






【砂漠を駆けし紅い焔。】


彼は、士官学校時代から派手な生徒だったらしい。
成績優秀、整った顔立ち。
しかし教官には好かれぬ、生意気な性格。
リザは士官学校に入学後すぐに、同期の女生徒達の噂話で彼の名をを耳にした。

ロイ・マスタング。
“焔の錬金術師”。

…所詮、名ばかりの人間だろうと思っていた。
噂話に、よくあるパターンだと。
大した事の無い話。
ただそれに、尾鰭が付いて回っているだけの下らない話。


だから、イシュヴァールに出兵して、初めてまじまじと彼の目を見つめて。

彼の眼に、灯された輝きに――

―――戦慄、した。





……もう何年も昔の話。
リザが砂漠を駆ける紅い焔に魅せられた、

…そう、ずっとずっと昔の話―――――





【砂漠を駆ける紅い焔。―2― 】



『君は余りにも美しすぎるなぁ』


―――何と言われたのか、最初理解出来なかった。
いやそれよりもその台詞はこんな所で聴くような台詞ではない気がして、こんな所で送られるには余りにも現実離れした台詞の様な気がして、リザは一度大きく瞬きしてからショットガンのスナイパーレンズから顔を離した。
きょろきょろと辺りを見れば、やはりそこは射撃練習場の中で。
砂漠のど真ん中に建てられた、戦線基地の中の小さな簡易テントの練習場。確かここは、イシュヴァールまであと数キロ、戦線の最前線の筈では無かったか。
そう憮然として振り返れば、声を掛けてきた上官は、リザの背後に立っていた。
「…ヒューズ、大尉」
「おお。憶えてくれているとは嬉しいな、ホークアイ少尉」
「…未だ、少尉ではありませんよ」
笑顔を浮かべて話し掛けてくる、そこまで親しい仲になったつもりはない上官。
リザは未だ、少尉としての尉官を持ってはいなかった。見習いの尉官候補生、と言った所か。
「…何か、ご用ですか」
「あぁ、そうだった」
眉間に皺を寄せるリザに、上官の対応は軽い。
「リザちゃん、確かアイツに見惚れてたろ?…ほら、マスタング少佐」
「…………!」
見られていた。
寄りにもよって、この、口の軽そうな上官に。
そう顔に出ていたのか、彼は苦笑を浮かべ手を横に振る。
「あぁ、大丈夫だよ誰にも言わないから。それより…」
にやり、と。
含みを持った物言い。
思わずごくりと唾を飲み、リザはきゅっとショットガンを握った。
結果。
彼の口から出たのは、思いもよらぬ言葉だったが。


「アイツに会わせてやるよ。…ついてこい」






【砂漠を駆ける紅い焔。―3―】


「……は?」

上官に向けるには、流石に余りな返事だったと、声に出してから気が付いた。
「行くぞ」
え、何、何が起きていてこの人は何故、
…リザは軽く混乱した。
私の腕を引っ張ってここから出て行こうとしていて、何で私は何も言えずに黒いタートルネックの半袖シャツと軍服のズボンしかもペチコートは付けていないラフな格好で引き摺られているのか。
急すぎて何が何だかよく判らず、言葉を忘れ腕を引かれたままのリザを、上官ははた目にも明らかに警備の仕方が違う将校用テントに、引きずり込んでいった。

テントの中に居たのは、たった一人の将校だけだった。
漆黒の、整えられた髪。鋭く、真直ぐに光る切れ長の目。
ぱっと見昔噂されていた通りだとリザはふと思い、しかしよくよく見れば彼の姿は、リザの目には何処かやつれた様に映っていた。
テントの端に設置されていた二人掛けのベンチにやさぐれた様に座り、何処か焦点の定まらぬ眼で、ぼうっと国家錬金術師の証――大総統府の紋章の入った銀時計を、見つめている。




【実話。】


「これは、私の昔通っていた学校の、図書室に残された怪談なんですけど…」

――山、山、本の山。
本だらけのシェスカの自室である。あくせくと働くロスを尻目に、本来ならば片付けなければいけない張本人・シェスカは、ようやく見えた部屋の床に俗に言う体育座りをしながら蝋燭を片手に持ち、何やら怪談話を始めた。
手を止め、ごくりと唾をのむブロッシュ。ロスは無言で、そんな彼の後頭部をぱこんと叩いた。
「…何?何の話?」
ため息を吐くアルフォンスと対照的に、わくわくと近寄ってくるエドワード。気を良くしたシェスカは、話を続ける。
「それは、雨のしとしとと降る夕暮れ時でした…」
情感たっぷりな物言いである。
「その日、警備員さんがいつものように見回りをしていると、図書室の中からごそごそと物音がしたらしいんです…」
「ほうほう」
興味津々なエドワードである。
「『誰も居ないはずなのに』と警備員さんは訝しがり、彼が意を決してドアを開け、目を凝らすと…………其処にはっっっ!!」
「ギャーーーッ!!」
雰囲気に耐え切れなくなったか、ブロッシュが奇声を発した。
それで更に調子に乗る、シェスカ。
「茶髪の黒縁眼鏡を掛けた少女が、本を抱えて彼をにやりと見やっていたのです〜〜〜〜!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!止めて下さい〜〜〜!!」
頭を抱え、ぶんぶんとブロッシュは首を振った。
「そして翌朝、その図書室からは百冊ほど、ごっそりと本が消えていたとか……」
にやり。
シェスカは決まった、とばかりに笑みを浮かべた。
…と、ロス。
「あぁ、だからこの一山は、全て図書室の備品の判子が押してあるのね…」
ぽつりと言って、どさどさとブロッシュの前に本を落とした。
「茶髪の黒縁眼鏡を掛けた少女、本はちゃんと返しなさいね?」
「えっ!?何で私だと!?」
びくり、と驚くシェスカに、エドワードから一言。
「お前しか居ないだろーがッ!」






【無駄に長いハボロイ・リザ視点】


「司令官が自ら闘って何が悪いと言うんだ!」
「そーいう返答に詰まる事言わないで下さい、困ります!」
「困るって何だ!何が不満だ!」
「だから不満とかそういう訳じゃありませんけど、俺はあんたが司令官なんだから、しっかりして下さいと言ってるんです!」

スカーの一件の所為で、セントラルのお偉い方から市街の警備を見なおす様にとの通知が来、今日で三日。
珍しく司令部に籠もり働き詰めの上官の為にと、ほんの少し席を外し、彼の好みの味に調節したコーヒーをいれた。そして戻ってきてみれば、廊下まで響いてきた聞き慣れた声に…リザは思わずコーヒーをその場に垂れ流しそうになったのである。
紛れもなく、ロイとハボックの喚き声。頭が痛くなり、リザは目眩を覚える。
もう夜半過ぎ、東方司令部内に確かに人は少ない。しかしそれは日中に比べて、と云うだけであり、事後処理に終われる兵士達は普段よりむしろ多い位だ。司令官とその副官がほぼ対等に言い争っている声が廊下に響き渡るというのは、流石にいただけないだろう。
先刻自分がここを出たときにはハボックは未だ居なかった。豪腕の錬金術師である某少佐が破壊した市街の補修部隊として、街に居た筈だった――ので、あるからして。
…席を外す機を間違えたか。
はぁ、と溜息を吐く。リザ自身、彼らの関係は熟知しているつもりなのだが。
彼女は直ぐ様体勢を立て直し、何時もの様なポーカーフェイスを作り直し、こほん、と咳払いを一つして――
ノックもせず、勢い良く執務室のドアを開けた。






――たわいもない話だ。
あの時。スカーに向かっていくロイに、リザが足払いを掛けていなければ、自分がその様にするつもりだった…と云う、ハボックの主張から事が始まって。
何を言う、お前は私の事を信頼していないのか、あぁそうかお前も私を無能だと思っているのだな―――と、ロイが返して。
違いますよ、司令官があんな所であんな風にキレて先陣切らないで下さいと言いたかったんです、とハボックが下手なフォローを入れた所為で話がこじれ――
後は冒頭に続く、と云う訳なのである。
ずず、と気まずそうにコーヒーを啜るロイの目の前の副官用のデスクにつき、こちらも気まずそうに煙草を吸うハボックに冷たい視線を送りながら、リザはイライラと苦言を吐き続ける。
「悪かった、以後気を付けるから…」
「以後って何です?」
「あ、あの、中尉、俺が悪いんスから…」
「少尉は黙っていなさい」
きっぱりとしたリザの物言いに、ハボックは小さくハイ、と呟いて縮こまった。
「まったく…ご自分の立場と云うものをわきまえて下さい、大佐?」
「いや、わきまえているつもり何だが…」
「わきまえて下さい。」
「…判った…」
リザには適わないと悟り、うなだれるロイだった。

――彼らは知らないだろう。
自分の分のコーヒーを飲み干し、なるべく不機嫌そうになるようにカップをデスクに叩きつけるように置いて…リザは書類に目を落とす振りをして、考える。
自分が彼らの関係を、ほぼ全て知っていると云う事。
それを判っている上で、あえて話題に出さないと云う事。
何時か、何かの時迄の弱みとして握っておこう……そう思い、リザは今度こそ、書類に目を通し始めた。
自分だけが感じる、あの、ロイのすぐ横に立ったときの煙草の移り香に、思いを馳せながら。



【第一回おお振りSSの巻】


「……しょっ!しょっ!…こ〜で――――しょッッッ!!」
――幾度も続いたアイコの末、やっとの事で決定した、『第一回コンビニ肉まん争奪戦』、勝者は。
「よっしゃぁぁぁぁッ!勝っっっったッ!!」
西浦高野球部・背番号4、因みに1年9組―――田島悠一郎だった。



「よしッ、花井の奢りな!…じゃ、肉まん二つとピザまん二つ、あとフカヒレまん一つ!」
にかっと笑う田島に、レジの前で突如繰り広げられ始めたジャンケン大会に惚けていた店員が、はっとして中華まん用の保温機を開け、トングに手を伸ばす。
「ちょっ待て、そんなに食うのか!?」
そこで慌てたのは花井梓だった。
このジャンケンは花井自身が言いだしたもので、確かに勝った方が中華まん奢り、とも言った。言ったが、まさか五つも。
しかも田島は悪びれた顔一つせず、笑ったままで店員から商品を受け取って、外で待ってる、と言い残して出て行ってしまった。
「…下らねぇ約束、すんじゃなかった……」
これで親からあずかった、自分の分の食事代はパア。残りは自腹だ。
はぁっと溜息を吐き、小銭を吐き出し軽くなった財布をズボンにぐいっと押し込んで、花井は田島の後を追った。







【荒川女史に脱帽した日。】


「……何だ、髪、上げたのか?中尉。誰かと思ったよ」
執務室に入ってきたリザの髪型の変化に、最初に気付いた人間は、彼女の上官だった。
開口一番にそう言って、彼は笑う。
「あ、本当だ。何か有ったんスか?」
「特に何も。…似合いませんか?」
軽く訊ねてくる部下に手近に有った灰皿を渡し、リザが笑う上官に刺々しく訊ねながらバレッタで纏めた髪に触れるような素振りをすると、彼は顎に手を当て、わざとらしく唸った。
「うーん…中々、だな。――いや、単に短いよりも、そっちの方がうなじが色っぽ――――」
「即死させて差し上げましょうか?大佐」
ジャコ、と音を立てて拳銃を構えれば、上官は『軽い冗談だよ』等と言ってまた笑って。
はぁ、と溜息を吐いてから、リザはドサリと書類の束を上官のデスクに重ねた。
「これが、本日の分の書類です。昨日の分の未提出分も含みますので、なるべく早めに上げて下さい」
「あぁ…なるべく、な。だが何で急に、髪型を変える気になったんだね?」
興味津々という眼。じろりと冷たく彼を一瞥し、リザはしれっとした態度で答えた。
「その書類、サボらないで終わらせたら…教えてあげ無くも無いですが」
「努力しよう」



――とまぁ、結局リザの上官は、ここぞとばかりに本領発揮し、昼前に書類を全て上げるという快挙を成し遂げたのだが……
彼女の口から理由を教えてもらえることは無かったという。




…言える訳が無い。
緊急時に貴方を護る為には、長い髪は邪魔だと思ったから、なんて。






【BEGIMITE】


朝、あたしの仕事も一段落した頃だ。
暫らく前からエドが朝食を食べに下に居て、ならばアルも一緒に居るだろうからコーヒーでもいれてもらおう、いやその前に朝ご飯かと考えつつ、ダイニングに出てきてふと気付けば……
テーブルでエドが固まっていた。
ばっちゃんとアルは?と訊ねれば、出掛けた、と短い返事。
終始じっと、あるモノを睨み付けて動かない。
「エド?」
またエドの大嫌いな牛乳でも睨んでいるのかと思ったら、違った。
一口だけ食べたと思われる食パン。
そしてその表面に塗りたくってあるのは、あたしも見覚えある焦げ茶色のペーストだった。見ればテーブルの片隅に、確かにペーストの入った小瓶が置かれている。
「エド、何?どしたの?」
「ウィンリィ……何だよこれ……!」
ぎぎぎ、とあたしに視線を向けて、エドは冷や汗ダラダラ。
もしかして、と思いつつ、あたしは何食わぬ顔で答えた。
「あぁ、それ?美味しいでしょ!ベジマイトって言ってね、葡萄を発酵させてペーストにしたヤツなの」
「コレが美味い!?」
「そうよぅ!」
信じられない、とエドは声を上げた。
一昨日の買い出しで見つけたソレは、結構貴重な輸入品だ。あたしはメチャクチャハマったんだけど、どうやら好き嫌いが激しく別れる食べ物だと、ばっちゃんの反応で判っていた。
エドもダメだったか。
「良いわよ、無理に食べなくて。あたしが食べたげる」
ひょいっと掴んで口に入れる。この酸っぱさがたまんないのにな。
ゲロゲロ、とばかりに顔をしかめたエドに、あたしはもう一口パンを口に含んでから顔を近付けた。
エドは一瞬物凄い勢いで顔を歪め、それでも直ぐにあたしが唇を触れさせたからぐっと目をつぶって。
口移しで食べさせて、エドが飲み込むのをまって感想をきく。
「ね?美味しいでしょ?」にこりと笑ってやるとあからさまにエドはたじろいで、
「……まぁ、先刻よりマシ……」
そう言って顔を赤らめた。






※ベジマイトは実在します。



【ラストコール。】


何故だろう。
それは直感だった。

鳴り続く電話のベル。
人通りの多い病院のロビーに設置されているにかかわらず、誰も全く気に留めず。
私宛ての電話だと。
取り上げた受話器から聞こえてきた声に、戸惑うこともなかった。


「もっしもーし」
「…相変わらず騒がしい奴だ。」
人の気も知らずに。
「ああ、なんてったって毎日やることもなくて、美味いもん食ってばかりだからな。なんならお前も来るか?」
「ああ、近いうちにそうなるかも知れんな。」
いや、多分“かも”じゃない。
「そりゃお前さんの部下が喜ぶな、面倒な上司がいなくなる。」
…そうだな。
全くもって、その通りだ。






あの電話は、現実のものだったのだろうか。
あの声は、本当にあいつのものだったのだろうか。
今となっては、私に知るすべは無い。


「――大佐?」
「…いや、何でもない。」
リザの切った林檎と、ブラックハヤテ号の顔。
はっとして目の前にあったそれは、今はもう、片目でしか見ることは出来ないけれど。
それでも。
生きている、自分がいる。

――お前の処に行くのは、まだまだ先の様だ。

天国に居る友に、思いを馳せた。






【雪が降る。】


たった二人で。

雪を見ながらコーンポタージュなんか飲んでみるのも、良いと思った。

たった二人で。

馬鹿なこと言い合って笑うのも、良いと思った。

たった二人で。

この教室で。

変な均衡を保ったまま、

あと、一刻。



【すいません………】


「何でそんなモン…喰えるんだよ」
「は?」
深刻な口調で語り掛けてくる、テーブルの向こう側にいる人物にはまったく目を向けないままに…銀時は間の抜けた返答をした。
行動の理由はなんて事なく、ただ目の前に高くそびえるチョコレートパフェに挑み続けているだけ、なのだが。
しかしそのパフェが問題だった。はた目にも、お世辞にも美味しそうなんて言えそうに無い代物だったのである。
2リットル程なみなみと水が入りそうな細長いグラス…もはやバケツに近いものに、コーンフレークやらカステラやらバナナやらがギッシリと詰まり、挙げ句の果てにチョコレートアイス三段重ねの上からチョコレートソースがたっぷりと掛けられている。
ソレを平然と食べている銀時の姿を見て、思わず口を押さえてしまう人間は多かろう。そしてもちろん今目の前で繰り広げられる“その”光景に、幾ら『鬼の副長』等と二つ名が付いた所で普通の人間である土方が、やはり耐えられる訳も無く。
「何でそんなモン喰えるんだ、オメェは」
土方はにわかに顔色を悪くしつつ、もう一度吐き捨てる様に呟いた。
――返事は、無い。

『甘いものを喰いたい。』
そう言って屯所を訪れてきた銀時に、『その心意気に惚れやした』等と言って甘味処に山崎を送ったのは、他でもない沖田総悟である。
だが山崎が買ってきた甘味は、甘味処主人特製・銀時パフェ(ダサいネーミングセンスだ)だったのである。
何もこんなものを。
しかも何で俺の部屋で、向かい合って二人きりで食わせてやる必要がある?
『土方さんの仕事はやっておきますぜィ』
…いらぬ世話だ。大きなお世話だ。
一時でも早く、食い切ってくれ――そう願わずにはいられない。
「後で二人とも殺してやる…」
そうぼそりと呟きながら、それでも土方はただこの場に留まり続けるしか出来ないのであった。








【本読み飽きた。朝飯喰いたい…。】


「だから駄目だッつってんだろ!?」
「暇だ暇だ暇だぁぁぁぁぁぁッ!」
ばたばたと布団の中で暴れる少女に、少年はついに怒声を飛ばした。
「平熱より三度も上がってんじゃねえか!」
「大丈夫なの〜ちょっち頭痛いし首重いし身体だるいし間接痛いし目が回るけど大丈夫なの!」
「駄目だろそれは…」
「だって今日セールなのよ今まで手に届かなかったあれやそれやこれが買えるかも知れないのよ!」
ぼかぼかぼか、と右肩の辺りを叩かれる。
少年は呆れ顔になった。
「いや、それ俺に効かねぇから。お前のが寧ろ痛いだろ」
そんなの周知の事実だし、その前にコイツが知らないなんて事、天地が引っ繰り返ったって有りえない。
「良いからあたしは買い物に行きたいの!!」
「駄目だ寝てろ!」


彼らの押し問答は、少女の祖母が余りの煩さに怒鳴り込んでくるその時まで…続く。






【ヒカリヲ捜シテ。】


光を遮るように、砂埃が舞った。思わずきゅっと閉じた目蓋に、乱反射した紅い夕焼けが映る。
イシュヴァールの日は、短い。
「…冷えてきたな」
自分の左隣で小さく身体を震えさせるその姿が余りにいとおしく、故に何故だか頷けないままに、たなびく外套の端を押さえ、唇を結んだ。
目の前の、砂で出来た小さな墓標は、もはや何も語らない。




殺戮は、突然だった。
イシュヴァール側が投入してきた少年レジスタンス。その一人が軍テントに侵入し、将軍の命を狙い、背後よりライフルを発砲した。
流れ弾による死者三名、負傷者一名。
――将軍は、無事。

リザとロイがその場に居合わせたのは偶然だった。
正午を大分過ぎた時間。部隊は遅い昼食を取りに、テントに戻っていたのだ。
だがその場で、ロイは殺人兵器としての『任務』を強要された。
命を狙ってきたイシュヴァール人ならば、例え子供だろうとも関係ない、と。
きつく唇を噛むロイの背後の定位置で、狸ジジイ等とリザは悪態を吐いた。が、興奮した将軍に届く筈も無い。いや、寧ろ届いては困るのだが。
兵士にがっちりと地面にねじ伏せられた少年を、将軍は一瞥してテントから這い出て行った。
殺戮を命じた張本人で有るくせに、それは。
命のやり取りにモラルも何も有るものかとは思うが、しかしそれは許せる行為では無い。
自分の手を汚さなければ良いのか。
命じただけで一つの命が消える。その現実を、理解しているのか。
――吐き気がする…!
カッと頭に血が昇り、腰のホルスターに手が伸びたリザを、しかしそれを押し止めるロイの口から零れる偽りの言の葉。
「下がっていろ」
“下がっていろ”
“下がっていろ”
脳内に谺して、不安要素は増えるばかりで。
だがしかし此処は『戦場』。
ただ今は、この荒れ狂う気持ちを押さえることしか、リザに出来る事は無かった。
今直ぐにでも、彼を抱き締めたい衝動に駆られたとしても。
ただ、そこに佇むしか。


―――焔が、揺れた。








墓と呼べるものでは無い。
少しだけ掘った地面に、少年だったものを埋めた。
墓標である印は、水を掛けて唯少しだけ湿った地面。
黙祷を捧げる代わりに、涙を流す代わりに、少年の為に捧げた水。それもすぐ乾ききってしまうだろう。
けれど軍人である自分達に出来るのは、それ位しか無かったから。
―暫らくの沈黙の後、ロイは何かを振り払う様にきびすを返した。
「…帰るか」
「――はい。」
彼の横顔に浮かぶ、微かな苦悩。
自分より、彼の方が辛い事など判っている。
判っているからこそ、自分に何も出来ないのが、辛い。
先に立って歩き出したロイの背中を静かに見つめながら、リザは墓標に向かい、小さくポツリと呟いた。

「…ごめんね…」


私たちは、生きてゆく。








2004.10.〜2005.02.投
2006.09.09.ログまとめ

なんかおおふりとか書いてたようです。吃驚。
ログ2につづきます……。











あきゅろす。
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