指先で触れた肩はまだ幼さを残していて、お日様のようにあたたかい。
ほほう、これがすなわち子供体温というやつか。などと妙に納得しながら、政宗は黄色い物体を腕の中に閉じ込めた。閉じ込めて、ん、と眉根を寄せた。
色も、あたたかさも、まるで春の陽だまりを連想させるのに、どうも感触がいけない。柔らかい印象のはずが、実際に触れてみると石のようにごつごつしている。

黄色い物体―――家康は、腕の中でモガモガと意味不明な言葉を連ねては、政宗よりも短い腕を精一杯伸ばし、ゆるく背を叩いてくる。
痛くも痒くもない抵抗を受け止めながら、まるでじゃれついてくる黄色い猫のようだと口元を綻ばせた。

家康は、はっきり言って小さい。本人も気にしているようなので、直接口にしたことなどないが、やはり小さいと思う。
小さいのだが、筋肉だけは見事に鍛え抜かれていて、見た目も手触りも中々に逞しい。その陰には、低身長という不利を乗り越えるための、家康の並々ならぬ努力が隠されている。
何かが欠けている分、他の何かでそれ以上に補う。この乱世で生き抜くには必要不可欠な切磋琢磨。これも、いずれは天下を治め、平和をもたらすために蓄積された力だと思えば、ごつごつした感触も何となくだが愛おしく感じられた。


「あの、独眼竜…く、苦しいので放してはくれないか…?」

「Ah, sorry!なーんか抱き心地良さそうだと思ってよ、つい」

「はは…、いや、構わんよ」


構わん。
そう言うなら、もう少し抱っこしていても良いものだろうか…。人肌恋しくなるこの季節、小さくて、あたたかい家康は最高の行火だった(暖が取れるのなら、多少の堅さは気にしない)。
期待を込めて見つめていると、家康は複雑な表情を浮かべて視線を泳がせた。そっと手を伸ばしてみるが、今度は避けられてしまう。
女ならともかく、男に抱き締められて喜ぶわけもないか…という考えで自己完結した政宗は、「悪いことをしちまったな」と内心反省していた。
小さいが故に随分幼く見えるが、これでいて政宗とは二つしか違わない。元服も済ませ、立派な男としての矜持もそれなりに備わっているはずなので、たった二年早く生まれただけの者に子供扱いされては、いい気分もしないだろう。


「悪かったな。もうしねーから、安心しな」

「す、すまん…。だがワシは別に、怒っているわけじゃないんだ。ただ……」

「ただ?」


怒らせたと思い、政宗にしては珍しく素直に謝罪の意を述べるが、肝心の家康はどうやら怒っているわけでもないらしい。
頬を紅葉のように赤く染め、おろおろと慌てた様子で両手を振る彼は、ますます幼く見えた。


「ただ、あと少しだけ、待ってはもらえんかな、と…」

「待つ?何をだ?」

「とにかく、待ってくれ。二年だ。あと二年……その時こそ、ワシはお前を…」


赤い頬とは対照的に強い眼差し。その隔たりは肌に浮かんだ痣のように、身体のどこかに薄く、しかし確実に跡を残すような感覚を纏っていた。
知っている。誰よりも天下の平和を願う家康の心根を、政宗は知っている。だが、それとも少し違うような雰囲気は、政宗を混乱させた。まるで日の本よりも大切なものがあるかのような……



結局、その正体が何か分からぬうちに、家康の宣言した二年という月日は流れていった。政宗は二十一、家康は十九になる。
家康とは、あれ以来一度として会っていない。文のやり取りこそ頻繁に行っていたが、いくら茶の席に誘っても、約束は二年後だと断られ続けてきたからだ。彼には彼なりの考えがあるのだと分かってはいるが、少し寂しい気もしていた。
政宗はいつしか、家康を自分の弟のように扱っていた。実弟である小次郎を亡くしているお陰か、その感情もひとしおだったのかもしれない。
政宗も家康も、お互い対等な関係でいることを条件に同盟を組んでいた。それが、軍の大将だというのに弟扱いされては、やはり家康もいい気はしなかっただろう。

今日、家康が奥州にやってくる。家康の秘めたる心情がようやく明らかになる。
政宗手ずから豪勢な料理の支度をし、迎える準備は万端だ。


「政宗様。徳川家康殿がおいでになりました」

「そうか。通せ。俺もすぐに行く」

「はっ」


政宗の執務室の戸が静かに開かれ、竜の右目である小十郎から家康の来訪が告げられた。
長いようで短かったような、短いようで長かったような、そんな年月を経て、二人はようやく再会を果たす。
客間まで距離のある回廊を歩きながら、二年前の家康の姿を思い起こした。まだ小さくて、腕の中に収めると幼子のように頬を染めた家康。そして、最後に見せた、あの強い力を宿した凛々しい眸。彼の内面から滲み出る強さも内心気に入っていた。
成長期であり、あいつも少しは背が伸びただろうかと心を弾ませながら、辿りついた客間の戸に手をかける。スッと滑る音と共に開かれた襖の先には、予想外に見慣れぬ男が座っていた。


「………あ?」

「ど、独眼竜!」

「え…っと、誰だ?」

「な!!ワシのことが分からんのか?!」


黄色い衣装に身を包んだ精悍な顔つきの男は、衝撃を受けたように目を見開いた。凛々しい眉は情けなく「ハ」の字を描いている。
男の、筋肉隆々の腕は政宗のそれよりも遥かに太く、腹筋も綺麗に分割されている。一目で鍛え抜かれていることが分かる身体つきは、同じ男として僅かな嫉妬心を生むのだが、それ以上にどこか懐かしさを覚えた。
小十郎は確かに、家康が来たと言った。小十郎が政宗に嘘をつく必要がないし、そもそも彼が政宗に嘘をつくはずがない。つまり、目の前のこの男こそが、徳川家康その人で間違いないことになる。


「……家康、か?本当に?」

「ああ、そうだ!よかった!わかってくれたのか!」


約束通り二年の歳月を超えて現れた家康は、成長…というよりはむしろ進化していた。もちろん政宗にも過去に成長期というものは存在したが、ああ、少し背が伸びてきたなという程度で、これほど急激に変貌を遂げることはなかった。まるで蛹から羽化した蝶ではないか。
襖に手を添えたまま呆然と立ち尽くす政宗を心配してか、家康が立ち上がり歩み寄る。その姿を目の前にすると、彼の大きさが更に際立つ。筋肉もさることながら、身長もとっくに追い抜かれていた。見上げなければ交えることができない視線に、悔しいというより寂しくなった。
これだけ育っているのだから、以前のように政宗の腕では、すっぽりと包み込むことも叶わないだろう。


「久しいな独眼竜…会えて嬉しいよ」

「どこのどいつが久々の再会にしたんだよ。俺は何度も会おうと提案したよな?」

「はは!それもそうだな!全てワシのせいだ。だが、期間を空けたからこそ大きな喜びが味わえるというものだろう?」

「HA!よく言うぜ。…まあ、三河からここまでご苦労だったな。飯用意してっから、まずはdinner timeといこうぜ」

「ああ!実は腹ぺこだったんだ!ありがたいっ」


思わず舌鼓を打ちたくなるほどの豪勢な食事に箸を伸ばしつつ、酌を交わし合いながら、文だけでは伝えられなかったことを語り合った。話題は互いに尽きないが、家康の食欲もまるで底なしだった。装っていた白飯はみるみるその嵩を減らし、何度も空になる茶碗は政宗の茶碗より一回りは大きくて、むしろ丼に近い。
この筋肉を維持するにはこれだけの食事量が必要なのか……と妙に納得しながら、政宗自ら飯を装ってやった。
つやつやと光り、あたたかな湯気を立ち上らせる米と、それを無邪気にかき込む家康は、どこかが似ている。飯を盛ってやった大きめの茶碗からふと視線を上げると、家康のどんぐり眼とかち合った。

あの時と、同じ瞳がそこにはあった。


「家康……?」

「独眼竜。覚えているか?最後に会った日のことを」


最後に会った日とは、つまり二年前のことを指している。政宗はあの日のことが引っかかっていて、モヤモヤとした日々を送っていた。そろそろ種明かしでもしていただきたい気分だ。
家康の話を促すように、政宗は無言で頷いた。家康は嬉しそうに頬を緩め、そしてまたあの真剣な顔つきを披露する。幼さを残す笑顔とは裏腹に、確固たる意思を持つ眼差しは誰よりも大人びて見えた。


「あの時ワシはお前に言った。“二年待ってくれ”と。そして今日が約束の日だ」

「…待った、つーかなんつーか……まぁ確かに二年経ったよな」

「あの日のワシは、まだ子供だった。だからどうしても言えなかった。だが、心身共に成長した今なら言える」

「何を」

「政宗を抱きしめたい、と」


お得意の南蛮語で言い返す余裕はなかった。むしろ何を言われたかさえ瞬時には理解できなかった。だから自分の名前をさらりと紡がれたことにも気付かない。
まっすぐな視線から逃げるように食事の乗っていた家康の膳を見ると、きれいに平らげられていた。それは軽く脇に避けられ、ぼんやりした頭が覚醒する頃には、政宗の片側だけの視界を家康が占領している状態だった。


「何言ってやがる」

「言葉の通りだ。昔のワシではお前を抱きしめてやることができなくて、それが悔しかった。政宗に抱きしめられるのは好きだったが、非常に照れくさかったんだ」


あの時家康が政宗の腕を避けた理由が、漠として頭の隅に浮かんでくる。
彼は、男としての矜持を守ろうとしていた訳でも、政宗と女とを比べていたわけでもなかったのだろうか。


「家康…アンタ、まさか」

「ああ。察しの通り、お前が好きなんだ、政宗。もちろん盟友としてではないぞ」

「……!」

「だから……いいだろう?」


これまで、どれだけの修練を積んできたのだろうか。手当てされてはいるものの、伸ばされた手はボロボロだった。その手がそっと頬に触れ、政宗の白い肌を優しく撫でていく。ざらざらしているが、家康の人柄を象徴しているようにとてもあたたかな掌だった。
肩を滑っていったそれは背に回され、身体ごと力強く引き寄せられる。あ、と一言声を上げることさえできず、家康の逞しい腕にすっぽりと包まれていた。かつて政宗が家康にそうしていたように。

見た目も声もすっかり変貌しているが、ぬくもりと優しさと政宗への想いは、家康の中で何一つ変わることなく息づいていた。


「お前は怒るかもしれんが、本当はずっとずっと、こうしたくて堪らなかった。だが、お前に釣り合う男になりたい気持ちが勝ってしまった」

「過去のことをどうこう言っても仕方ねぇ。最終的に大事なのは“今”だ」

「お前らしいな。その潔さ、ワシも見習わなければ」


これまでと少し形は違うが、求めていた家康のぬくもりを結果的にはこの身に受けている。あたたかい。こうして抱きしめられるのは一体いつ以来だろうか。抱きしめることはあってもその逆はめったになくて、慣れぬ行為にむず痒くなるが、かといって悪い気は全くしなかった。
しないどころか、このままずっと抱きしめていてほしいと、本当は愛情に飢えている心と身体が家康の腕を求めてやまない。


「俺から学ぶ必要なんて、家康、アンタには何ひとつねぇよ」

「え?でもワシは…」

「誰かの色に染まる必要はねぇんだよ。家康は家康だ。変わるなよ、このまま」

「政宗……」


優しさと力強さを兼ね備えた腕の中は、とても心地が良い。
いつかこの手が日の本を平和へと導くのかもしれないと、まどろみに沈みそうになる頭の片隅でぼんやりと考えていた。










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アンケート三位だった家政です!!
た、大変お待たせしました……!これを書いてみて、腹黒タヌキな権現は到底書けないことに気づきました(笑)。
家康はピュアな感じで政宗さまを攻めてほしいです(*^^*)
ピュアっ子×鈍感っ子は大好きだぜww

今回勝手に二人の年齢操作をしてしまいました。すみません。
BSR2のとき→政宗さま十九歳、家康十七歳
BSR3のとき→政宗さま二十一歳、家康十九歳
2と3で二年の年月が経過しているという設定。家康より二歳年上な政宗さまが書きたかったんです(笑)。



2011.11.18


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