奥州筆頭として各地にその名を轟かせている伊達政宗は、豊臣政権が蔓延る中、唯一服従を拒んでいた。
逆らう者は武力で捻じ伏せ、日の本をその手にせんとする豊臣に抵抗する術も戦力もなく、今やほぼ全土の国が豊臣秀吉の下に屈服している中での抵抗。
だがこれまで、子供じみた意地と我侭で抗戦している訳ではなかった。奥州をたった数年で平定してみせた政宗の実力は確かなもので、攻め込んでくる豊臣軍勢を何度も退けている。
政宗には信念があった。民を守り、いずれはこの恐怖政治を終息させるという信念が。
「誰もが笑って暮らせる世を創る」と、小さな農民の少女にそう誓ったのは記憶に新しい。

折れるのは簡単だ。屈服せよと言わんばかりに、幾度も奥州へ押し寄せる豊臣の大軍に白旗を揚げれば、それで全てが終わる。だがそれは本当の終わりではないと、政宗は分かっていた。根本から改善しなければ、降伏しても何の意味もない。だから諦めなかった。
この国を守れるのは俺しかいない。誰一人、傷つけさせやしねえ!
豊臣が奥州に侵入するたび、政宗は民を、そして国を守ろうと躍起になった。自分の身を顧みず、その身を戦場に置いてきた。
戦に於いて家も土地も、家族さえも失う民に比べたら、刀傷のひとつやふたつどうってことはない。民の命を背負い、正に竜の如く彼は六爪を振るい続けた。


順調に見えた戦……それが唐突に終わりを告げたのは、ほんの数日前のこと。
その日も政宗は軍を率いて自ら先陣を切り、進攻を始める豊臣軍の牽制に当たっていたのだが、その日はちょうど間が悪かった。政宗の体調が思わしくなかったのだ。


(Shit...!こんな大事なときに限って始まりやがるとは…!)


いつもの蒼い羽織に包まれている下腹部を押さえる。鈍い痛みを訴えてくるその箇所に加え、頭痛や眩暈も相俟って苦しい中、どうにか敵兵を薙ぎ倒していた。
そんな政宗の鈍い刀捌きの様子を、敵方の斥候が目敏く見つけ秀吉に伝えており、今が好機とばかりに大将自らが出向いてきたのだ。
身体が不調を訴える状況で、天下統一を目前に控えた覇王に敵う筈もなく、敢無くここで奥州は豊臣の軍門に降ることを余儀なくされた。



*****



「おい竹中っ、これ解きやがれ!こんなことされなくても、俺は逃げねぇっつってんだろーが!!」

「いけないね、女の子がそんなに口汚く罵っては」

「…っの、やろ……!!」


民や伊達軍に手を出さないこと、そして軍事政権を廃止することを条件に出すと、意外にもあっさり承諾され、それに伴い政宗は大坂城に連行されていた。
お陰で被害を最小限に食い止めたものの、客として招かれた訳ではない政宗は、牢の柱に縛り付けられ身動きが取れずにいる。
そんな政宗を嘲笑うでもなく、にこやかに見つめてくる半兵衛は、政宗が“彼”ではなく“彼女”だということにも気付いていたという。これまで男として戦乱の世を生き抜いてきたが、まさかここにきてそれが露呈されるとは思ってもみなかった。
わざとらしく胸を際立たせるように縛られている身体は、今や陣羽織も鎧も剥ぎ取られ、純白の単衣に包まれているだけ。縄で圧迫されている政宗の胸元で、ふっくらとした二つの隆起がその存在を主張している。


「全く君には参ったよ。だいぶ梃子摺らせてくれてありがとう」

「HA!雨の日も雪の日も、毎回毎回ご苦労だったな。偉大なる豊臣軍ご一行様のお相手が何度もできて、伊達軍一同光栄だぜ」


皮肉に皮肉を上乗せして返す政宗の物言いに対しても、半兵衛はその優雅な笑みを崩さなかった。
崩すどころか、更に嬉々として艶やかな唇を押し上げる様を見て、俺よりこいつの方が女で通るんじゃねぇのかと、ぼんやり考えた。


「君が体調を悪くしていて助かったよ。そうでなければ、こうも簡単にはいかなかったからね」

「そりゃ良かったな」

「月ものだったんだって?具合悪くなるのって、やっぱり二日目くらいから?お腹、我慢できないくらい痛いの?」

「いくらなんでも、女にするにゃ野暮な質問ってもんだろ」

「へえ、君にも一応女だという自覚があったんだ。一安心だよ」

「Leave me alone...もう俺に構うんじゃねぇ、この女顔の仮面野郎!」

「やれやれ、奥州の雌竜は御機嫌斜めだね…」


男にとって女顔とは禁句だと思っていたが、そうでもなかったのか。罵られても尚涼しい笑顔を貼り付けている半兵衛は、やはり中性的で美しい。
ただ、天才軍師と持て囃されるだけはある。美しい見た目とは裏腹に、発する言葉の陰に幾多もの棘を含ませ、己の手を汚さず相手を四方八方から追い詰めるこの男に、口喧嘩では勝てる気がしなかった。
剣でならぜってー負けねぇけどな!!無駄に対抗心を燃やしてみるが、その勢いも燃え尽き、口走る前に塵芥となって消え失せた。
何故なら、奥州で政宗を降伏させた張本人である豊臣秀吉その人が、薄暗い牢までわざわざ足を運んできたからだ。


「半兵衛、その女をあまり虐めてくれるな。いずれ我が伴侶となる者ぞ」

「やあ秀吉。虐めていたんじゃなくて、話し相手になってあげていたんだよ。こんな所に独りで縛られているなんて、気が滅入ってしまうだろう?」

「お前は、我以外には時折辛辣よ」

「嫌だなぁ。僕は君のために頑張っているのに」


政宗は心の中で「おいこの猫被り野郎が!!」と叫んでいた。ついでに蹴りを入れてやろうとしたが、難無く避けられてしまう。
それどころか半兵衛に当て損ねた足を掴まれ、捲れ上がった単衣の間から太腿が空気に晒された。生白いそれは、薄暗い中でもぼんやりと浮き上がる。
途端、これまで鳴りを潜めていた女としての羞恥心が一気に膨れ上がった。全身の血流が心臓ではなく顔に向かっているかのように、頬が熱を帯びる。
グ、と脚に力を入れて抵抗を試みるが、びくともしない。見た目が華奢でも、こいつはやはり男なのだと痛感せざるを得なかった。やはりどうしても、力では男に勝てない。
半兵衛は政宗の足首を掴んだまま「足癖が悪い子はお仕置きが必要かな」と、にこやかに、そして妖艶に囁いた。表面では笑っているが、目が笑っていない。ぶっちゃけ怖い。


「やめぬか半兵衛」

「ふふ、ごめんごめん、冗談だよ」


いや冗談じゃねえだろ…逸る胸に困惑しながらもこのときばかりは、半兵衛を窘めてくれた秀吉に思わず感謝してしまった。
が、ほんの少し前の、秀吉の台詞を思い出す。
聞き間違いでなければ、確かに口にしていた。伴侶、と。
伴侶、すなわち男女が婚姻し、生涯を共に歩むもの…と認識している。そしてそれは恐らくというか間違いなく政宗へ向けられた言葉だった。


(もしかしてもしかしなくても、豊臣は俺を嫁にしようってのか…そうなのか?!)


困惑を隠せない政宗の縄は、秀吉自らの手によって解かれた。





*****





そして今、秀吉と政宗は何故か風呂を共にしていた。というか、秀吉に持ち運ばれて脱衣所で身包み剥がされ、素っ裸のまま湯船まで持ち運ばれたのだ。
有無を言わせない行動も随分腹立たしいが、秀吉は腰に一枚布を巻いているというのに、女性である政宗に何も隠させないとはどういう了見なのか。しかも、うら若き女性の裸体を前にしても、秀吉は何の反応も示さない。示さないどころか荷物扱いを続けているではないか。
幼い頃はともかくとして、年頃になってからというもの、誰にも見せたことのなかった色白で柔らかい身体。それをあっけなく人前に晒す破目になるわ、こうも雑に扱われるわで、流石の政宗も女としての自信を喪失しかけていた。
秀吉に色目を使う気は毛頭ない。だけど、だからと言って、こんなにも淡白な対応をされると、「俺って全然魅力ねぇのかな…」と落ち込んでしまうわけで。
そんな政宗の重臣たちは、政宗が女であることを勿論心得ていた。だからこそ、雌の匂いを嗅ぎ分けた要らぬ虫が付かぬよう大事に大事に教育し、結果、色恋沙汰に疎く、男慣れしていない男勝りな乙女へと進化したのである(ちなみに伊達軍の男たちは政宗の中では別格だ)。


「で?なんでアンタと俺が一緒に風呂入ってんだよ?」

「問題はない」

「いや、問題あるだろ?!俺がアンタの首を狙ってたらどうするつもりだ?!」

「先の戦で汗をかいたであろう。存分に洗い流すが良い」


素っ裸で男と二人きりという状況に、政宗は内心ひどく怯えていた。それを悟られまいと強気に言い放ってみるが、覇王豊臣は何処吹く風である。
敵の大将に対して言うにも変な話だが、敗れた将相手とはいえ無防備を晒すなと、政宗は秀吉にそう忠告したかった。しかし当の秀吉は政宗の言葉を全て聞き流し、暢気に手拭で顔を拭っている。馬耳東風、という四字熟語が浮かんだ。あ、馬というか猿か。しかも大猿。いやもうそんなことはどうだっていい。
嫁にすると言っていたが、それはあくまで秀吉が勝手に口にしているだけだ。例え捕虜になろうとも、秀吉の嫁になる気など政宗には更々なかった。


「もっと近う寄れ」

「…遠慮しとく」

「頑なな娘ぞ」


ザ、と音がした。直後、湯船に起きた大きな波に、政宗のほっそりとした身体はゆらゆらと揺れる。
常人よりも体格の良い秀吉は湯船の中で膨大な体積を占めていて、彼が少し動くだけでも湯が波立ち、浴槽から滝のように流れ落ちていく。
白い湯気が立ち登る中、秀吉の大きな手が政宗に向かって伸ばされた。身体は咄嗟に逃げを打つが、こうも波に揺られては思うように動けない。
背後から掌が回された。秀吉は恐らく腹部にそれを回すつもりだったのだろうが、大きすぎる掌は政宗の胸の膨らみまで余裕で包み込んでしまった。両の腕でキュッと挟み込めばくっきり谷間ができる豊満な胸は、ボヨヨンと秀吉の手に当たる。


「…や、め……」

「震えておる。怖いか、我が」

「………」


女の繊細な乳房に触れようが構わない秀吉に、いつしか両腕で抱き込まれ完全に拘束された身体。だが掛けられる声は存外柔らかい響きを伴って、政宗の胸の内に甘く溶け込んでいく。
男女の係わりに於いて政宗が持つ知識では、女の裸を前にした男は皆獣になり、襲い掛かってくるものと思い込んでいたのだが。しかし、秀吉は違った。だんまりを決め込んだ政宗を襲うでもなく、何を強要するでもなく、ただ静かに彼女の身体を腕に囲ったまま。
湯の流れも治まり満ちる静寂の中、鼓動だけが張り裂けんばかりに騒ぎ立てた。

嘗て、父親とこうして湯船に浸かった子供の頃を思い出す。男女の性も何も分からなかったあの頃、湯の中で溺れないようにと過保護な父親に抱きかかえられるのが好きだった。無償の愛情を与えてくれる、あの温かな腕が好きだった。
…俺は、アンタに愛されているのか。これ以上罪もない人間を手にかけるなという申し出にも、二つ返事であっさりと承諾したのはそのためなのか。


(だから、アンタの腕は、こんなにも…)


厚い胸板におそるおそる頭を預け、少し身体の位置をずらしてみる。こうしてみると秀吉の腕には力が入っていなくて、簡単に身動きを取ることができた。胸に耳を押し当てると、彼の身体に相応しいほどに重く響く鼓動が心地いい。
怯えていた自分が嘘のように、秀吉に心も身体も許している。似合わない仕草でそっと背を撫でる掌が、とても、愛おしいと思った。



それからひと月後、政宗は秀吉と契りを交わした。
お陰で嘘のように平和を取り戻した日の本、その中心となる大坂城にて政宗は秀吉を支え続け、豊臣の繁栄に努めたのだった。










----------


アンケート「その他」にて、多数お声を寄せて頂いた秀政です。
まさかここまで秀政に投票いただけるとは思ってもみませんでした!ありがとうございます(^^)
他にも小太政や松政などご意見を頂きましたが、秀吉様お相手希望が圧倒的に多かったので、今回は秀政で書かせていただきました。
実際、投票数は三政がぶっちぎりでしたが、コメント数では秀政の方が若干多かったです。いつのまにかアンケも二位までのし上がり、覇王の意地とプライドを垣間見た瞬間でした(笑)。

三政もそうなんですが、マイナーを書き始めると結構燃えてきます。
秀政、機会があればまた書いてみたいです!!



2011.8.2


コピーボックスです。
携帯の方はこちらからお持ち帰りください。
長すぎたので、前半後半に分けました。

↓前半

↓後半



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!