*話の都合上女装表現があります。苦手な方はご注意ください。 「!」 男達の動きが止まった。 その合間に扉はますます大きな音を立て、やがて外れてしまう。 ドスン、と倒れた扉。 その先に立っていたのは、 「貴様ら、そこで何をしている」 「へ、陛下・・・!?」 険しい表情をしたアルギュロスだった。 彼の背後から差す日差しが眩しく感じられて目を細めつつ、懸命にその姿を見上げようとしたアスベルを見下ろした彼の眼差しが、途端に冷え切っていった。 「もう一度問う。貴様ら、そこで何をしていた?」 「そ、それは・・・」 口籠ったのは武官だったが、彼はたちまち腰が抜けたようにへたり込んだ。 一歩、アルギュロスが室内に入ってきた、たったそれだけで辺りが震えるような錯覚を覚える。 ―――彼は、王は激怒しているのだ。 怒りの矛先が己に向けてのものではないといえど、背筋が粟立つような殺気まで感じてしまう。 怒気に当てられて固まったアスベルの髪が、不意に鷲掴まれた。 「いっ・・・!」 「へ、陛下。貴方の天下もこれまでだ・・・!」 男だった。 アスベルの背を踏みつけ、仰け反った喉に槍先を押し当てている。 肌に触れた無機質な冷たさに、しまった、と血の気が引いた。 王の怒りに呑まれていたとはいえ、みすみす人質になってしまうなど。 「こいつを殺されたくなければ大人しく王の座を寄越せ。・・・まぁ寄越さなくても妃が王のせいで死んだとなれば、貴様の威厳もお終いだがな!」 「陛下、いけません!」 痛みに眉根を寄せながら、アスベルは否の言を唱えた。 「このような人に、王座を渡しては・・・っぐ!」 「煩い!女は黙っていろ!」 ガッと勢いのついた踵で背を打たれる。 余りの痛みに息が詰まった。 咳き込もうとする生理現象を必死に抑える。 今咳き込んでしまえば、その反動で槍の刃先が喉を裂いてしまう。 す、とアルギュロスが目を細めた。 「王の座をやれば、妃を解放してくれるのか」 「ええ、ええ。私を王にしてくれればね」 「陛下!」 このままではアルギュロスが自分のせいで王座を退いてしまう。 やめさせたいのに、原因は自分であるという不甲斐なさ。 そして、アルギュロスから言葉が放たれる。 「よかろう。貴様を王にしてやろう」 「よく決断してくれました!」 歓喜に男の手が僅かに緩んだ。 アスベルの喉から浮いた矛先。 「―――ただし」 瞬間、アルギュロスの姿が消えた。 次いでドン、という打撃音。 アスベルの背にかかっていた重力が消えた。 ガラン、と矛が転がり、喉元の冷たい感触が離れる。 はっとして身を起こせば、たった一瞬の間に男の身体はアルギュロスの手によって壁に縫いつけられていた。 「は・・・?」 何が起こったのか、男は理解していない。 否、目にも止まらない早業を瞬時に理解出来る当事者はいないだろう。 男の首を鷲掴み、まるで壁に押しつけるように力を込めたアルギュロスが軽蔑を滲ませた声音で言う。 「オレよりも強かったらな」 「ぐっあっ」 男が放り投げられる。 棚の書物を巻き添えに床に転げ落ちた男は、気絶したのかそのままぐったりと倒れ伏した。 アルギュロスが振り返る。 「無事か、妃よ」 手を差し伸べられ、アスベルははっと我にかえった。 「申し訳ございません!」 慌てて平伏す。 「陛下のお手を煩わせるなど・・・!」 女性ならこの状況に何も出来ないのはわかるが、女性の姿を装い、妃にされた身分といえど自分は男なのだ。 にも関わらず、容易く人質になり、王であるアルギュロスに助けられるなどあってはならない。 だが恐縮するアスベルを、アルギュロスは怒鳴りつけるような事はしなかった。 伏せていた顔を取られ、力強い手で上向かされる。 耳元に寄せられた唇、 「無事で良かった」 「・・・え?」 囁きよりも小さな、だが確かに聞こえた言葉にアスベルは目を瞠った。 しかし次の瞬間には腕を回され、身体を抱えられてしまう。 「帰るぞ、我が妃よ。・・・貴様らはこの愚か者共を牢に入れ、すべて吐かせろ」 はっ!と揃えた声で返したのは、部屋に雪崩れこんできた兵達。 次々と男達を縄で締め上げる光景を尻目に、アスベルはアルギュロスによって退室をさせられたのであった。 「アスベル、無事で良かった」 アスベルを妃の部屋へ送り届けたアルギュロスが、そのまま執務へと戻っていった後。 王の手によって運ばれるという二回目の体験に内心恐れ多く恥ずかしい気持ちで気落ちしていたアスベルの元に、シェリアが駆け寄ってきた。 「シェリア、お前や他の女官達に怪我はないか?」 「ええ。アスベルのお陰で皆無事よ」 気にかかっていた事への最良の返答に、そうか、と安堵の息をつく。 そんなアスベルに、だけど、と眦を吊り上げるシェリア。 「もう人質になるような事はやめて。アスベルに何かあったらと思うと心配で心臓が止まるわ」 「ごめん・・・」 心配させてしまった事を素直に詫びるアスベルだが、一方で次に同じ事があったらまた自身を盾にしてでも女官達を守るだろうと自分の行動を確信している。 そんなアスベルの性格を理解している幼馴染は、これ以上怒り詰める事はなかった。 かわりに酷く思いため息をつかれたが。 「それにしても陛下ったら凄かったわよ」 騒動で乱れてしまった髪に櫛を通しつつ、シェリアがごちる。 「アスベルが男達に攫われたって助けを求めにいったら、血相変えて飛び出していっちゃったのよ。愛されてるわね、アスベル」 「何で陛下が助けに来てくれたのか不思議に思っていたけど、シェリアが呼びに行ったのか・・・」 あの場に王としての責務に追われている筈のアルギュロスが現れた事に何故?という疑問があったのだが、そういう裏があったとは。 「でも何で陛下だったんだ?普通、こういうのはまともな武官達に助けを求めるんじゃ・・・」 「陛下から言われていたのよ。アスベルに何かあったら、武官達じゃなくて陛下に真っ先に助けを求めろって」 「・・・そう、か」 何だか今回の事を見越したかのような命だ。 これ以上深く考えても仕方がない気がして、アスベルは息を吐いた。 |