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》夜の遅くを走る


家のドアを開けると、おかえりなさい、とエプロンをつけた姉が笑顔で駆け寄ってきた。
お義父さん、帰ってきたよー
姉はそう言うと、あたしが持っていた家出道具を奪い取る。
今日ね、シチューだよ、もう冬だもんね、早く入りなよ
玄関に母の靴はなかった。
お母さんは?
まだ帰ってきてないよ
いつから?
あんたが居なくなる三日前から

姉の後をついてリビングに入る。
ぎちちが、こちらを向いて、おかえり、と笑った。
笑った。
気持ち悪い、あたしは口元を押さえると、ぎちちから視線を逸らす。
ぎちちの視線が体にまとわり付くのがわかる。
帰ってくるのではなかった、瞬間的に後悔した。

ご飯いらない。

姉もぎちちも自分の部屋に引っ込むあたしを見て、ため息をついていた。
あたしはベッドに入り込み、込み上げる吐き気に耐える。
息苦しいベッドの中、杉田さんに会いたい、と思った。
家中がしんとしているのがわかる。
姉もぎちちも、きっとあたしに気を使っているに違いない。
なんて居心地が悪い。
杉田さんがあたしの頭を撫でる。
杉田さんがあたしに当たらないように煙を吐く。
杉田さんがあたしの為に甘いコーヒーを入れてくれる。
杉田さんは眠れないあたしの横にただ居てくれる。
ベッドから這い出ると、窓際に杉田さんが立っていた。
「眠れないのか」
あたしが頷くと、こっちにおいでと手招きをする。
優しい顔で笑う。
手にしていた短くなった煙草をサッシで潰す。
「僕はヤエが羨ましいよ」
あたしが?
そうだよ、と言った杉田さんは泣きそうで。
彼独特の無言。
あたしまで泣きそうになる。
杉田さんの無言の中から、あたしの頭を撫でて、その温もりにあたしは目を細めた。

もし、この世界が犯罪もない嘘偽りのない、綺麗だけの世界なら、きっと僕は存在しないだろう。
僕はこの世界を怨んだこともなければ、哀しい物だと考えたことはないけれど、
きっと綺麗だけの世界なら僕は存在しないだろう。
それはきっと君も同じで、僕らはここで生きていけない。
綺麗な世界は汚れがなさすぎて、きっと苦しさしか、そこにはないだろうから。
だから、僕らはここにいるんだ。
だから、ヤエはここにいるんだろ。


杉田さんに会いたいなぁ思った。
杉田さんはどこにも居なかった。
杉田さんはもう家に居て、いつものように窓際に立って、溜め息ともとれる煙を吐き出しているのだろう。

杉田さん、
ヤエ、
杉田さんはヤエと言って、目を細めて笑う。
死なないのか、
死にません。
そうか、
杉田さんは?
死ぬよ、
…、
いつかね

午後11時、
明日は杉田さんに会いに行こう。
いつの間に、杉田さんはここに居たのだろう。
あたしは可笑しくなって笑う。

死にません、死にません、死にません。
杉田さんの孤独に触れたいと、真っ暗な空を見上げて願った。




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