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 もうこんな時間だ。
 布団に入ってからもう五時間になる。五時間前は夜中の一時だった。今日も眠れない一日だ。
 私はなぜか誰かの隣では眠れなくなっていた。隣にはシュンが寝ている。私たちはお互いに服を纏っていなく、裸。五時間前、情事を終えた私たちは疲れた体を布団の中に潜らせて、シュンはあっという間に眠りについた。微かないびきをかいているシュンの体は温かい。
 シュンと私は別に付き合っている訳ではなく、浜田ブリトニー風に言えばPM。友達以上恋人未満。要するにセックスフレンド。彼氏がいる訳ではないし、シュンにも彼女がいる訳でもない。週に何回か会っては、情事を重ね、朝方シュンは帰って行く。そして大学でまた顔を合わせ、何事もなく過ごす。そんな付き合いはもう半年を迎える。
 初めは大学に入って初めてのゼミの飲み会でシュンに出会い、別に性欲を解消したい訳でもないのだが、流れで一人暮らしする私のアパートでセックスをした。それだけで、なんとなく私たちは体を重ね続けていた。きっとお互いに好意を抱いているのではないが、火照った体を触っているうちに離れられなくなっていた。居ても居なくても関係ない。空気のような存在。それなのに眠れないのはなぜだろう。ひとりのときも眠れないが、布団に入って三時間ほどで眠りにつける。しかしシュンが隣にいるときは余計に眠れない。なぜ眠れないか、それは私にもわからない。
 シュンはいつも私に背を向けて寝ている。それがなんだか寂しいと思うのは何故だろう。
 シュンが寝返りをうつ。体は仰向けになって、私は寒かったからスウェットを着ると、シュンの顔を覗き込む。シュンの寝顔はしょっちゅう見ているが、なんだか可愛いと思っていた。
 それからしばらく経って、シュンはゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
 シュンは笑顔を作ると、目をこすりながら起き上がる。さむっと声を上げたから床に置いてあった洋服を差し出す。ありがとうと言いながらパーカーを羽織り、ベッドから降りてジーパンを履いた。そして私の隣で正座をする。
「またサオリ寝てない?」
 私は頭をかくと、首を縦に振り、笑顔を作る。
「なんで寝れないのかなぁ」
「俺がいるから寝れない?」
「そういうわけでは」
 言葉を詰まらせる。
 なんで? なんでそんな顔するの?
「なんでそんな顔するの?」
 シュンが顔を歪ませていた。辛そうな、ショックを受けたような。
「なんでもないよ」
 そう言って顔をそっぽ向ける。
「なんで、顔背けるの?」
「サオリにこんな顔見せたくないから」
「なんで?」
「サオリさっきからなんでって言い過ぎだよ。俺帰るわ」
 立ち上がりコートを羽織り玄関まで向かうシュンを小走りで追い掛ける。
「俺、サオリが好きなんだよ」
 シュンは私に背を向けてそう呟いた。そうしてスニーカーを履く。
「俺さ」
 かがんだまま泣きそうな顔で私を見上げた。
「もうサオリには会えない」
 そう言って玄関を開けて出て行く。玄関が開いた瞬間、朝の冷たい空気が入ってきて、身震いをした。
「シュン!」
 叫んだけれど、その声は届かない。
 私は、どうすればいいのかわからなかった。シュンは空気のような存在だと思っていた。居ても居なくても関係ない、そう思っていたはずだった。なのに、シュンに好きと言われ胸が痛くなり、もう会えないと言われて、息がうまく出来ないような、そんな感覚に襲われた。息は出来ているが、なんだか苦しい。
 私はとっさに靴も履かずに、外に飛び出る。シュンはアパートの階段を下ったところを歩いている。
「シュン!」
 まだ朝早いから、きっとこの大声は近所迷惑だろうが、そんなこと毛頭ない。頭はパニック状態にある。何も考えられない。自分が何しているのかもわからない。
 そんな状態で階段を下り、目を丸くして私を振り向いたシュンの体に横から抱きついていた。
「さ、サオリ?」
 シュンは私の肩を押さえて少し遠ざけるが、私は嫌だと言って今度は正面に抱きつく。
「そんなこと言わないで」
 そうしていつの間にか泣いていた。
「俺、勘違いじゃない?」
 私は何度も頭を縦に振る。
 ちょうどシュンの胸に私は顔を埋めていた。シュンからは、懐かしい匂いがする。いつも私を抱くシュンの体から漂う、微かな匂い。何の匂いだかはわからないけれどこの匂いは私を落ち着かせてくれる。
「シュンに居て欲しい」
 シュンは私の背中をポンポンと叩く。その一定のリズムがまた心地よい。
 私がシュンの背中に手を回すと、シュンは私を強く抱きしめる。
 その日、私とシュンは大学を休み、ふたりでベッドの中に入った。セックスをしたかどうかは、みなさんのご想像にお任せしますが、ふたりでベッドに入っていつもと違うのは、シュンが私を抱き締めていてくれたと言うこと。シュンはあっという間に寝に入ったが、私もそんなシュンを見て、安心してすぐに眠りについた。
 今まで眠れなかったのは、シュンが背中を向けていたから。今日は初めての胸の中。あなたの胸の中なら眠れるのかもしれないと、私は眠りにつきながら思った。
 懐かしいシュンの匂いは、もう今は亡きお父さんの匂いだと気づくのはもう少し後のお話。


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