》最後の夜
ずっと探し求めていたものは、あっさりと杉田さんに否定されてしまった。
なんだかもやもやとした悲しみが襲ってきて、脱力感が私を苛む。
探し求めていた温かい家庭は結局は白々しいほどの作り物だと、杉田さんはさらりて言いのけて、あっさりとあたしを傷つけた。
ねぇ杉田さん。
何?
ん、なんでもない。
あたしは息をついて、そうだ、と思った。
言ってはいけない。
いつだか杉田さんはついた嘘は最後まで突き通さなくてはいけないと言っていた。
だからあたしは嘘を突き通そう。
あたしの名前は春海由紀、それは最後まで秘密だ。
あたしと杉田さんは近づきすぎてしまった。
あたしは杉田さんにもたれすぎて、杉田さんはあたしを羨みすぎた。
これ以上そばにいてはいけないと思った。
きっと杉田さんもわかってる。
今日が最後の夜だということを。
杉田さんは、また明日と小さな声で呟いた。
あたしは生きるのに必死で、杉田さんに甘えていた。
杉田さんは何度もあたしに死なないのか、と聞いてきた。
必死に生きている姿は滑稽だったのだろう。
何度も何度も聞いてきたのは、彼がひねくれて、家庭に疑問を持って、きっと彼はとっくの昔に生きることを放棄したのかもしれない、そう思った。
あたしたちは最後の夜をふたりで過ごした。
温かい夜。
最後の夜。
明日起きたら荷物をまとめて出て行こう。
もう学校にも行かない。
実家にも帰らない。
あたしは自分ひとりで生きていくのだ。
ひとりで生きていかなければ。
ぬるま湯に浸かりすぎていた。
逃げていた。
あたしは弱すぎた。
強くならなければならない。
杉田さんのこと、本当に好きだった。
だけどこの好きはきっと、彼には届かない。
不幸をぶら下げたあたしを羨んで、
不幸を欲しがって、
あたしと似ているようで似ていなくて、だからそばにいてはいけないんだ。
一緒にいてはいけないんだ。
あたしは静かに涙を流した。
大丈夫、杉田さんはきっと生きていける。
死なない。
そんな勇気はない。
あたしも死なない。
死にたくなんかない。
あんなぎちちや姉や母や友人たちみたいに、あんなふうには生きたくない。
愛してる。
そう呟くと、夜が静かに幕を下ろす。
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