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》絵本のような世界

ねぇ…
杉田さんを呼ぶと、杉田さんは笑った。
なんでこんなときに笑うの、ひどい。
あたしは杉田さんの頬に手をあてると、鼻水をすすった。

あたしばっかりでずるい。
杉田さんの話も聞かせて。

杉田さんはじゃぁ寝れるように布団に入ろう。
もう夜遅いから。
杉田さんは窓を閉めると、あたしを寝室へ招く。
あたしも杉田さんも寝間着を着ずに布団に入る。
ベッドでふたり並ぶのは初めてだった。
あたしは杉田さんの手を取る。

今夜だけは許して。
そう言うと杉田さんは手を握り返してくれた。

あなたの生い立ちって悲しいものなの?

そういうわけじゃないんだ。
悲しいものじゃない、ただ悲しいものにしてえけば、君からの同情も引けるだろうと思って。

あたしが同情すれば杉田さんは嬉しい?

嬉しいから言うんだよ。
僕の父と母はきちんとした恋愛結婚だよ。
ふたりが愛し合ったから僕が生まれた、ふたりにたくさんの愛を注がれて育ってきた。
何不自由なくね。
欲しいものは買ってくれたし、両親は仲がよくて、家はいつも綺麗で、足りないものなんて僕の家の中にはなかった。
ホームドラマにでもなりそうな温かい家だったよ、あそこは。
だけど僕はあの家から早く抜け出したかった。
温かい家を恨んで、悲しんだ。
なぜだかヤエにわかるか?

あたしにはわからない。
あたしはそんな温かい家に産まれたかったし、憧れていたから。

それでいいんだよ。
それが普通なんだ。
僕の家はね、確かに温かかった。
でも芝居じみているんだよ、何もかもが。
両親の仲の良さも、綺麗な家も、熱いご飯も不自由なう暮らしも。
全部だ。全部が芝居じみているんだよ。母も父も妹も、誰かに用意された台本通りに動いているようにしか見えなかったんだよ。
仲のよい家族を演じて、笑顔を絶やさないで、あの家の中で僕だけに台本が渡されていなくて、だから僕だけが浮いているんだ。
違うかな、もしかしたら僕も台本通りに動いているのかもしれない。
眠っているうちにもうひとりの僕が起き上がって台本を読んでるのかもしれない。
それほどに芝居じみているんだよ、あの家は。

杉田さんは悲しい人ね。
あたしは杉田さんの手を離すと、胸の前で手を組む。

ただね、君のあこがれている生活にも、きっと君の求めているものは何もないんだ。
わかるか? ヤエがあこがれている生活を手に入れたとする。
それでもその生活を続けていれば不満がでてくるんだ。今の現状に満足しない、求めてやまない。
わかるか? ヤエの求めているものは実現しないんだ。
そんな生活、求めるだけ無駄なんだよ。


今日の杉田さんはいつも以上に饒舌だ。
あたしは目を瞑る。
杉田さんの幼い頃を思う。
彼は悲しい人だ。
あたしは思った。
彼は幸せすぎたのだと。
それから逃げたかったのだ。



あきゅろす。
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